第三十二話 弟と妹
初めて森に行くという話が出た日から三カ月が経ち、ようやく森に行く許可が降りた。その翌日、さっそく僕たちは森に向かっている。
「街の外ってこんな感じなんだね!」
初めて見る街の外は見渡す限りの草原だった。遠くの方では牛の様な動物が草を食んでいるのが見える。元は生粋の都会育ちである僕にとっては、中々感動的な光景だ。テレビで見たモンゴルの草原とかに似ている。
「リオは街の外に出るのは初めてなの?」
「うん、初めて。トーニャ姉様はけっこう外に出るの?」
「ふふん、私は王都にいったこともあるわよ!」
僕とトーニャは街の外の珍しい光景にはしゃぎながら歩いている。ノアとエレナは、そんな僕達の様子を見ながら後ろをついてきている。というか、この二人は森に行くというのにメイド服のままでいいのだろうか? ちなみに、僕とトーニャはちゃんと森を歩くのに適した、動きやすいように作られた長袖と長ズボンを着ている。
「これから僕達が行く森ってあそこ?」
僕は遠くの方に見える森を指さしながら聞いてみた。ここからは結構距離があるので、森の端から端まで見ることができる。確かに、それほど大きな森ではなさそうだ。
「ええ、そうですよ。名前はハイアの森です。ハイアの街の近くにありますから」
僕の質問にノアが答えてくれる。
「そういえば、魔獣の正体って何だったの?」
ふと、これまで森に行けなかった理由を思い出した。
「それが、結局わからなったんですよー。騎士団が一週間捜索しても不自然なものは何もなかったそうです。目撃証言もそれ以来なくなりましたしねー」
「恐らく、住処を移したのでしょう。被害もありませんし、既に捜索は中止されています。念のため、今日まで森に行くのを遅らせましたし危険はないでしょう。本来は騎士団が出張るような案件でもないですしね」
確かに、何の被害も出ていない魔獣を騎士団が調査するのは違和感がある。謎の魔獣ということであれば、騎士団より先に冒険者ギルドが調査しそうだ。
「何で騎士団が調べたの?」
トーニャも僕と同じようなことを思ったみたいだ。
「ギルドから話を聞いたロベルト様が騎士団の訓練の一環として引き受けたんですよー。小さな森とはいえ、冒険者に依頼するには結構な人数が必要ですしねー。森で一週間キャンプしたらしいですよー」
「キャンプ!? リオ、私たちも今日は泊まりましょ!」
隣を歩きながら話を聞いていたトーニャがキャンプという単語に反応する。気持ちはよくわかる。いいよねー、キャンプ。僕も友人や両親と一緒に山でキャンプをしたことがある。温泉もあるところで、父が久しぶりに一緒に入ろうとか言いだした覚えがある。断固拒否したけど。
「さすがに無理だよ。僕達、何の用意もしてないし。」
僕達が持ってきているのは昼食くらいだ。暗くなる前には戻る予定なので他には何も用意していない。
「ですねー。それに、あの森でも夜はちょっと危ないですしねー」
「むー、残念ね!」
エレナの言葉を聞き、トーニャはふくれっ面をしつつも文句を言わずに諦める。前から思っていたけど、トーニャはかなりいい子だ。何かやりたいことがあっても、我儘を言わずに我慢してくれる。この歳の子供にしては聡く、分別もある。
「ノア、僕達が大きくなったらキャンプしてもいいかな?」
いい子の願いを叶えてあげたくなり、ノアに聞いてみた。
「そうですね……。お二人はまだ幼いので今は無理ですが、もっと体が大きくなったら大丈夫だと思いますよ。その頃なら、お二人も魔術師として成長しているでしょうし」
「ホント!?」
「良かったね、トーニャ姉様」
ノアの言葉にトーニャは大喜びしている。
「ええ! 私、絶対それまでに中級魔術を使えるようになってみせるわ! キャンプでいっぱい魔獣を倒すの!」
「え?」
何で魔獣? そりゃあ、襲われる可能性はあるだろうから強力な魔術は使えた方がいいと思うけど。トーニャの言い方では、まるで魔獣を倒すことそのものが目的みたいだ。
「私も冒険者をしていたときにはよくキャンプをして夜行性の魔獣を倒しました。」
ノアまで懐かしそうにそんなことを言う。あれ?
「ですねー。私も騎士団の訓練について行ったことありますよー」
「……キャンプってバーベキューとか川遊びしたりするものじゃないの?」
「リオ、キャンプは遊びじゃないのよ! 夜の森は危険なんだから! あ、倒した魔獣は食べたりするからバーベキューはやるわよ!」
……どうやら、僕が想像していたキャンプとはかなり異なるみたいだ。キャンプって、レジャー目的じゃなくても野外に泊まればキャンプっていうから訳し間違えた訳ではないと思う。でも、野営って言葉の方がたぶんイメージに合う。
トーニャがやりたいのも魔獣退治を含めた野営訓練の様なものなのだろう。そういえば、発端になったのも騎士団の訓練だった。
「……キャンプって危なそうだね」
「そうよ! 大事なしゅぎょーなんだから!」
トーニャが目をキラキラさせながら言う。ああ、頑張り屋だなー。やっぱりトーニャはいい子だ。
「どうしたの、リオ?」
突然自分の頭を撫で始めた僕をトーニャはキョトンとした顔で見ている。
「トーニャ姉様は偉いなーと思って」
「お姉ちゃんだからね!」
妹ってこんな感じなのかなー。自分よりも背の高いトーニャの頭を背伸びしながら撫でつつ、僕はそんなことを思っていた。




