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第二十四話 だって似てたから……

 屋敷の前には魔力試験の警備に行かなかった騎士達が整列していた。いったい何があったのだろうか?騎士達の中に見覚えのある少年を見つけたので訊ねてみることにした。一年前に見た泣き顔が印象的だったからよく覚えている。

「なんでこんなところに集まってるの?」

「あん?なんだこのガキ――――」

 若い騎士がそこまで言ったところで僕の後ろにいたエレナと目が合った。すると、途端に騎士の顔が青くなり、挙動不審になる。どうやらエレナを見て僕の顔を思い出したらしい。……トラウマと一緒に。

「リ、リオ様!?も、もう帰ってらしたのですか!?」

 騎士は直立して姿勢を正した。

「そんなことよりさっさとリオ様の質問に答えてくださいねー。」

 口をはさんだエレナに騎士がビクッとする。何だかエレナの機嫌が突然悪くなった。たぶん、最初に言い掛けた言葉が聞こえていたのだろう。一年前のことも含めてこの騎士に対する印象はかなり悪いみたいだ。

 騎士はエレナを気にしながら恐る恐るといった様子で答えた。

「そ、それが、リオ様のペットのブラックスライムがいなくなったそうです。その捜索のために奥様から招集をかけられました。」

「あ。」

 やばい、それは考えてなかった。

 



「アンちゃん!?どこにもいないからとっても心配したのよ!」

 屋敷の前で僕と共に帰ってきたアンを見るなり、母はアンを抱き締めた。突然いなくなったアンを心配していたようだ。……悪いことをしてしまった。

 既に騎士団には戻ってもらった。今は騎士団長だけが事情を確認するために残っている。

「母様、説明するからとりあえず中に入ろうよ。」

 母がアンを抱きしめて動かないので、屋敷の中に入るように促した。

 

 居間に場所を移し、僕がアンを召喚したことや魔力試験の結果などを二人に話した。属性魔術の適性がなかったこと、逆に召喚魔術の適性があったことには二人とも驚いていたが、喜んでくれた。だが、暴走中のアンに不用意に近づいたことについては怒られた。

「まったく!暴走中の魔獣に近寄るなんて二度としちゃだめよ!パパが帰ったら二人でお説教するわよ!」

「はい……。」

 父にも同じようなことを言われたので説教は避けられないようだ。僕が悪いから仕方ないんだけど。今はこれで済ましてくれるようだ。母は厳しくしていた表情を緩めて話題を変えた。

「でも、リオちゃんは召喚魔術師になるのね。召喚魔術は珍しいし役に立つから冒険者がパーティを組むときは人気なのよ。」

 母は召喚魔術に対する拘りなどはないようだ。まあ、母は嫁いできたのでリオンへの思い入れもないだろうし、性格的にも気にするとは思えない。


「それにしても、いきなり魔獣の召喚に成功するとは驚きましたね。」

 そう言ったのは騎士団長だった。

「でも、あれは事故みたいなものだよ。それに暴走しちゃったし。」

 僕の言葉に騎士団長は首を振る。

「確かに、最初の召喚はそうかもしれません。ですが、二度目の召喚はリオ様の意思で行われたものですよね?」

「うん。」

 騎士団長の言葉に僕は頷いた。

「それなら、リオ様はアンの召喚に成功したと言えるでしょう。魔獣の召喚は召喚魔術師の目標の一つといわれるほどです。リオ様の歳で可能な者はほとんどいないでしょう。」

「そうなの?」

「はい、上級召喚魔術師を名乗るための条件の一つですからね。私も中級なので使えませんよ。」

 魔獣の召喚はそんなに難しいのか……。上級といえば魔術師として一流と言える実力の筈だ。

 僕がアンを召喚したとき、会場の人たちは何が起こったのかよくわかっていない様子だった。普通に考えれば、僕が魔獣の召喚などできるとは思わないだろうからあの反応も当然だ。もしかしたら、今も何が起こったか理解していないかもしれない。




「それにしても、どうしてリオはアンを喚べたのかしら?」

 説明を終え、居間でノアが出してくれたお茶を飲んでゆっくりしていたときだった。トーニャがふと疑問に思ったように言った。

 現在、居間に残っているのは僕、ノア、トーニャ、エレナの四人だけだ。騎士団長は事情の確認も済んだので仕事に戻り、母はアンを連れて自分の部屋に行った。たぶん、居なくなったアンが戻ってきたので構いたくなったのだろう。アンも嬉しそうにプルプルしながらついて行った。

「リオ様が天才だからじゃないですかー?」

 トーニャの疑問にエレナが答えた。いやあ、天才なんて照れるね。

「そうじゃなくて、私が言ってるのは何で契約もしてないのに喚べたのかってことよ!」

 そういえばそうだ。何故か契約してもいないのに僕の中にはアンの魔力があった。

 基本的に、召喚魔術を使用するときは事前に対象と契約し、そのときに決めた呪文を詠唱しなければならない。詠唱を省略することは一応可能なのでそこはいい。再召喚のときも何とかなったし。

 問題は契約だ。僕はアンと契約した覚えがないのに、アンの魔力は僕の中にある。もっとも、全部先程頭に浮かんだ謎知識を元にして考えているので、前提が間違っている可能性もある。

 まあ、トーニャが疑問に思った以上、少なくとも召喚に契約が必要という部分は間違っていないようだけど。でも、早急に魔術について学んだ方がいいな。この謎知識がすべて正しいという保証はない。

「……二週間ほど前、寝ぼけたリオ様がアンに齧りついていたことがあります。もしかしたら、それが原因かもしれません。すぐに吐き出させましたので体調には問題ありませんでしたけど、魔力は取り込んでいたのかもしれません。」

 僕が考え込んでいるとノアが言いにくそうにそんなことを言ってきた。

 ……え?

 それを聞いたトーニャとエレナが僕と距離をとる。ちょっと待ってください。

「ちょっと待って!僕、そんな記憶ないよ!?」

「リオ様はずっと寝たままでしたから……。」

 ノアがウソを言うとは思えないので信じるしかないのだが、受け入れがたいことだ。なんで僕はアンを食べたりなんか――――

 ふと、少し前に見た夢を思い出した。それは前世の夢だった。友人と一緒にバケツプリンのごとく巨大な水羊羹を食べるという夢だ。起きたときは気分がよかった気がする。夢とはいえ、懐かしい人に会えたからだ。

 だが、気分良く起きた僕を迎えたのは、何故かしきりに僕の体調を心配するノアと、プルプルというよりブルブルといった様子で僕に近寄らずに震えているアンだった。

 不思議に思ったが、どちらの様子も少し経つと元に戻っていたので今まで忘れていた。……恐らくあのときに寝ぼけてアンに齧りついたのだ。

 事実を受け入れざるを得なくなった僕が皆を見ると、トーニャとエレナは相変わらず距離をとっており、ノアは気まずそうに目を逸らしている。

 


 水羊羹と似ていたから間違えたのだという僕の言い訳は、この世界に水羊羹が存在しないという悲劇から誰にも理解されなかった……。

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