第二十三話 トーニャのお仕置き
アンを連れてステージから降りると、そこにはノアが一人で待っていた。僕が初めて見る、怒ったような表情をしている。
「リオ様、お怪我はありませんか?」
「ノアのお陰で傷一つないよ。」
ノアは僕の答えに安心したような笑みを見せるが、慌てたように表情を引き締めた。
「それは何よりです。ですが、今回の様な危険なことはもうしないでください。」
「ごめんなさい。もうしないよ。」
僕が素直に謝るとノアは表情を緩めた。幼児が暴走した魔獣に近寄って行ったのだから、ノアにとっては不安な光景だっだろう。実際、ノアがいなければ危なかった。これからは気をつけよう。
「それにしても、よく召喚魔術で魔獣が暴走したときの対処法を知っていましたね。誰に聞いたんですか?」
「なんとなくやり方がわかったんだ。」
ノアなら僕がウソをついていないことが分かると思い、僕は素直に答えた。それを聞いたノアは少し考え込んだ後、口を開いた。
「……なんとなくですか。通常より適性の高い魔術師の中には勘で魔術のやり方が分かる者もいるという話を聞いたことがあります。リオ様もそれかもしれませんね。」
「ふーん。」
あれは勘というよりも知っている知識を思い出しているような感覚だったけど。というか僕の適性についてもだけどノアは何か僕に隠し事がある気がする。
まあ、それについては気にしない方針でいくと決めたからいいや。それよりも今の僕には優先すべきことがある。
「トーニャはどこ?」
僕のせいで怖い思いをしたであろう少女に謝らなければならない。これが今の最優先事項だ。
「トーニャ姉様!」
ノアの案内で会場の入り口付近で待っているというトーニャの下へ向かった。そして、何やら興奮した様子で話をしているトーニャとエレナを見つけ、僕は声をかけながら走り寄った。
「あ、リオ――――」
「トーニャ姉様、さっきはすみませんでした!」
僕の姿に気付いたトーニャが声をあげたが、それを遮って僕はトーニャに謝った。
現れてすぐに頭を下げた僕をトーニャはキョトンとした様子で見ている。何のことかわかっていないようだ。見かねたノアが補足してくれた。
「トーニャ様、先程アンが暴走して襲いかかったことをリオ様は謝罪しているのです。」
「あ、そうよ!ちょっとアン!お仕置きするからこっちに来なさい!」
トーニャの言葉に、さりげなく僕の背後に隠れていたアンが前に出てくる。何だかいつもより動きが遅い。
トーニャはアンが近寄るといきなり両手でつかんで粘土の様にこねくり回した。これがお仕置きか。
「人を襲ったら悪いスライムになっちゃうわよ!それでロベルト様に退治されちゃうんだから!もうあんなことしちゃ……。何だかいつもより硬いわね?」
叱りながらアンをこねくり回していたトーニャが途中で怪訝な声をあげる。
「あー。たぶん怖がってるんじゃないですかー?スライムって警戒するときは硬くなりますから。」
傍で様子を見ていたエレナがそんなことを言った。
アンをよく見ると確かに元気がないように見える。触ってみるとエレナの言うとおり、いつもより硬い感触が返ってきた。
さっきのアンの暴走は僕のせいだ。アンは悪くないことを説明しないと。
「トーニャ姉様、さっきのアンの暴走は僕のせいなんだ。」
「リオのせい?」
僕の言葉にアンを見つめていたトーニャがこちらを向く。
「僕がアンの召喚に失敗したせいで暴走したんだ。だから、アンは悪くないんだよ。」
それを聞いたトーニャはアンをもう一度見つめた。視線の先のアンは縮こまっている。
「それならアンは許してあげる!」
そう言ってトーニャはアンを抱きしめた。アンも安心したのかいつものようにプルプルと震えている。
「その代わりリオをお仕置きするわ!」
まあ、そうなるよねー。僕もトーニャには悪いと思っているからここは慎んで受けよう。
「そうだね。トーニャ姉様に従うよ。」
「……それってなんでも私のお願いを聞いてくれるってこと?」
いや、お仕置きに従うってつもりで言ったんだけど。でも、危ない目にあわせてしまったし、トーニャが望むならそれでもいいかな。……なんでもの部分に不安を感じるけど。
「それでトーニャ姉様が許してくれるならいいよ。」
「いいわ!リオも許してあげる!」
トーニャは満面の笑みで僕にそう言った。
その後、上機嫌のトーニャと共に屋敷へ帰った。帰り道ではさっきの召喚魔術について興奮した様子で色々と聞かれた。さっきエレナと話していたのも僕の召喚魔術についてらしい。トーニャは僕に召喚魔術の適性があったことをとても喜んでいた。
「これでもうリオンの呪いなんて言えないわね!」
「そんなこと言われたの?」
確かに、一部では陰でそんなことを言う者もいるが、元々ただの言いがかりの様なものだ。イレイシア王国ではそれなりの力を持っているボーティス家に、面と向かって言う者はさすがにいないと思うんだけど……。
「前にパーティでマルティムの娘が言ったのよ!」
マルティムというのは有名な召喚魔術の名家だ。ボーティスとは同じ伯爵家ということもあり、ライバルの様な関係だ。
召喚魔術の名家とボーティス家がライバル関係と言うと仲が悪そうな気もしてしまうが、別にそんなことはない。むしろ、共にイレイシア王国を守る戦友とお互いに認識しており、両家の仲も良好だ。
確かに、ボーティス家は召喚魔術に対してコンプレックスを持っている。だが、それは決して他家の召喚魔術に対してのものではない。偉大な英雄であるリオン・ボーティス個人に由来するものだ。ボーティス家以外の召喚魔術師に対して特別な感情を持っている者はいない。
そして、そのコンプレックスも僕に召喚魔術の適性があったことにより少なからずなくなるだろう。もっとも、それは僕への期待がそれだけ重いということなので素直に喜べないんだけど。
「そんなこと言ったらその子が怒られるんじゃない?」
現在のマルティム家の当主は、魔術学院にいたころからの父の友人だと聞いたことがある。その人も優秀な魔術師で、父とはお互いに鎬を削っていたらしい。人格者らしく、領民からの評判もいいそうだ。
何だか話だけ聞くと父に似ているので、性格面は怪しい気もしてしまうけど。少なくとも、良好な関係であるボーティス家への中傷を許す人物とは思えない。
「ええ!すぐにマルティムの叔父様が飛んできて叱りつけていたわ!アイツったら涙目になってたのよ!」
トーニャはそう言ってニヤニヤする。泣いているマルティムの娘を思い出したのだろう。
そんな話をしながら歩いていると屋敷が見えてきた。だが、何か様子がおかしい。屋敷の前には騎士達が並んでいた。




