第二十二話 魔力試験終了
アンを中心として現れた魔方陣はよく観察してみると二重になっていた。地面から少し浮いた位置に一つ目の魔方陣があり、その少し上にもう一つの魔方陣があるのだ。
二つの魔方陣はよく似ているが、完全に同じではない。そして、下にある方の魔方陣が消えたと思ったら、アンの姿が掻き消えた。
だが、次の瞬間残っていた方の魔方陣にアンが出現した。召喚魔術は成功した。問題はアンの暴走が治っているかどうかだ。
「アン、大丈夫?」
僕がアンに声をかけると、アンはいつものようにプルプルと震えてそれに応えた。……どうやら上手くいったようだ。先程のように周囲に襲いかかる様子はなく、僕の言葉も通じている。
「アンはもう大丈夫なのかい?」
こちらに近づいてきた父が尋ねてきた。僕がそれに頷くと、父はホッとしたようにに息を吐いた。そして、真面目な顔をする。
「後始末は僕がしておくから、リオちゃんはノア達と一緒に先に屋敷に戻ってなさい。後でお説教するからね。」
「……うん。」
僕はまだ何が起こったのかよくわかっていない様子の観衆に頭を下げると、ノア達と合流するためにアンと共にステージを降りたのだった。
ステージ上から去る息子とアンを見送り、危険がなくなったことを告げてその場を収めた。今は試験が再開され、他の受験者がステージで試験を受けている。そんな中、僕は先程のことについて思い出していた。
暴走するアンにリオが近付いたときは本当に肝が冷えた。ノアがいて助かった。彼女が魔術を使って援護してくれなければ恐らくリオは死んでいた。いや、彼女がいなければその前に僕がアンを殺していただろう。
僕だってそんなことはしたくない。一年も一緒のやしきですごしたのだ、アンに対する愛着も当然ある。結果的にはリオの行動でアンは助かったのだが、親としてはあんな危ないことをして叱らないわけにはいかない。
屋敷に帰ったらリーシアと共にリオに説教しなければ。そういえば、今までリオに対してそういったことをした覚えはない。普段のリオはよい子だから、説教をすることがなかったのだ。さすがは僕のリオちゃんだ。
リオの無意識の召喚魔術によって起こったアンの暴走はリオ自身の手で解決された。だが、このまま何もなかったように済ませるわけにはいかない。王国から正式に寄こされた試験官がいる以上、この事故の原因となったリオには何らかの措置が取られるだろう。とはいえ、別に罪に問われたりする訳ではない。むしろ、その措置はリオにとってプラスになる可能性が高い。
「……それにしても、リオちゃんは信じられないことをするな。」
リオがアンを呼び出せたことにも驚いたが、その後の再召喚は今でも信じられない。
最初の召喚は恐らく事故の様なものだ。リオは無意識のうちにアンを喚んでしまったのだろう。普通はこんなことは起きない。通常、召喚魔術を使用するには事前に召喚する対象と契約し、その際に決められた契約呪文を詠唱しなければならないからだ。
だが、リオはアンの名前を呼んだだけで召喚してしまった。原因についてはいくつか思いつくことがある。
恐らく、何らかの偶然によってリオ自身も知らない内にアンの魔力を取り込んでいたのだろう。正式な契約では、召喚対象の魔力を召喚者と一部交換するのだ。アンは普段からリオの魔力を吸っているため、リオがアンの魔力を取り込めば一応召喚は可能になる。それによって、正規の契約を行なっていないにも拘わらず、アンを召喚可能な状態になったのだろう。
そして、魔力操作試験で自身の魔力を意識したことでその魔力に気付き、アンの名前を呼んでしまったことで召喚魔術が発動してしまったのだろう。
だが、詠唱していない上に召喚魔術を発動する意思もなかったことから、あのような暴走状態で召喚されてしまったのだ。
アンはリオによく懐いている。召喚魔術は召喚対象が心を開いているほど容易になる。そのため、アンのように普段から共に生活している場合、召喚の難度は下がる。
過去にも今回のような召喚事故は何度か起きたことがある。召喚魔術の適性が高い子供が、アンのようにペットとして飼っている生物を意図せず召喚してしまうパターンが多い。召喚者に懐いている事が仇となり、詠唱を行っていない呼びかけにも拘らず召喚対象の方から召喚に協力してしまうのだ。
しかし、過去に召喚されたのはほとんどが小動物の類だ。暴走してしまったとはいえ、魔獣であるブラックスライムを召喚することは難しい。
召喚魔術は召喚対象の持つ魔力によってその難易度が異なる。下位とはいえ、魔獣であれば上級クラスの実力がなければ召喚は難しい。たとえ、暴走状態の召喚だとしても呼び出すには中級以上の力が必要だろう。
ここまでなら、リオの適性の高さから起きたことだとまだ納得できた。問題はその後の再召喚だ。
あの召喚は上級魔術師、もしくはそれ以上の実力を持つ者でなければ不可能だ。僕自身は召喚魔術師ではないが、召喚魔術については何度も調べたことがあるので断言できる。
あの召喚はアンの協力がなく、詠唱すら行われずに為されたものだ。しかも、暴走も起こらない完璧な召喚だった。あれは一流の召喚魔術師にしかできないことだ。
そして、何より不思議なのは何故リオが再召喚を行ったのかだ。アンの暴走は召喚に必要な行程を省略したことが原因だ。そのため、正しい行程で再召喚すれば暴走も収まる。
だが、何故それをリオが知っていたのか。リオには召喚魔術の知識などほとんどない筈だ。それなのに召喚ミスによる暴走時の対処法を知っていた。
ひょっとしたら、ノアが教えたのだろうか。彼女は召喚魔術も使えるので、暴走時の対処法も当然知っている筈だ。ノアはリオの適性について何か気付いているような様子だった。もしかしたら、召喚魔術の適性があることに気付いていて、あの対処法を教えていたのかもしれない。
僕がそんなことを考えていると試験官がこちらに近付いてきた。彼は今まで、王国に今回の事故を魔道具で報告していたのだ。試験官は彼の部下が引き継いでいる。
「試験官殿、今回はこのようなことになって本当に申し訳ない。」
僕はそう言って頭を下げた。すると、試験官は慌てた様子を見せる。
「あ、頭をあげてください、ボーティス伯爵!あれは事故ですのであなたに責任はありません!」
「そう言ってくれるのは助りますが、あれは私の息子がやったことです。責任は私にあります。それで、王国の判断はどうでしたか?」
僕の問いに慌てていた試験官は表情を緩める。
「ご安心ください。怪我人もおらず事態もすぐに収拾されたため、王国からの罰則などはありません。あのスライムについても今は危険がないと報告したので大丈夫でしょう。」
その言葉を聞いて僕はホッとする。罰則などについては明らかな事故な上に被害もなかったので心配していなかったが、アンについては少しだけ心配だったのだ。可能性は低いが、危険とみなされて討伐の命令が出る恐れもあった。
「ただ、ご子息に対しては何らかの指示があるかと思われます。今回のことは再召喚の件も含めて報告しましたので。あれ程の才能であれば、王立魔術学院に強制入学させられるかもしれません。」
「それはありそうですね。」
その可能性は非常に高い。このイレイシア王国においても召喚魔術師の数は少ないのだ。事故を起こしたとはいえ、魔力試験を一度で合格し、上級召喚魔術師クラスの実力を見せたリオを王国は放っておかないだろう。
試験前、冗談交じりに王立魔術学院に行くことを進めたが、リオにとってプラスになるのは間違いない。それに、あそこには姪であるトーニャも行きたがっていたので丁度いいかもしれない。
今回のことでリオに対する期待は大きなものになるだろう。そのことに対する不安は今も残っている。だが、リオは英雄リオンを超えると言っていた。そして、その才能の片鱗も今回の事故で見せてもらった。
あの再召喚を見て、僕はさらに期待してしまったのだ。自分の息子は本当にリオンを超えるのでないかと。そんな僕は、リオがよく言っているようにきっとどうしようもない親馬鹿なのだろう。
僕がそんな風に考えて苦笑を洩らしていると、ステージでは最後の受験者が試験を終えようとしていた。そろそろ、閉会のあいさつをしなけらばならない。僕はそう考えてステージの方へと向かった。




