杞憂 ーキジンノウレイー
ばたばたばた……
ガサガサガサガサ……
足音と草を掻き分ける騒音に、耳がピン、と立つ。
顔を上げた拍子にふさり、と豊かな尾が揺れる。
「母!母!!」
程なく聞こえた声は彼女の娘のモノ。
「母!!ここにチビいるでしょ!!」
「騒がしいぞ、末娘」
くあっ
「母」は返事の代わりに大きく欠伸をして末娘を見やった。
両脇に息子を二匹抱え、頭の上に一匹乗せた状態で、息せき切って飛び込んできた末の娘はセーラーフクからジャージに着替えた状態だった。
「だって、家の中はナシって皆で決めたんだよ!」
「そもそも、見つけたのか?」
ふさり、と尾が不機嫌に揺れる。
「そんなの決まってんじゃん!」
そう叫ぶや否や、末娘は両脇の仔らを放り出し、母の後脚の前で膝を着き、その大きな尾を娘は両手で持ち上げた。
キュゥ…
ニヤリと笑う娘に怯え、耳を伏せ、尾を股の内に隠す息子を高々と抱き上げた娘は、勝どきの声を上げた。
「捕ったどーーー!!」
キャン!!
ジョロロローーー……
「「あ」」
奇しくも娘と「母」の声が重なった。
抱き上げられた末から2番目の仔は咄嗟の末娘の行動に驚いてか、今にも泣きそうな表情で粗相した。
*
仔等が生まれて2度目の満月をそろそろ迎える頃、小さなそれらは恙無く育っている。
特に彼女の腹から生まれた仔らの成長は著しく映った。
閉じていた目は開き、四肢は頼りないながらも地を踏みしめ、駆け回る。
元気が有り余るのは大変良いことだが、縄張りの外へと出てしまうのは頂けない。
そんな時、いつも真っ先に気付くのは末の娘だった。
末の娘は最後に生まれたにも拘らず、一番賢く面倒見もいい。
おかげで子育ては随分と楽な思いをさせてもらっていた。
その中でも娘が「チビ」と呼ぶ4番目の仔は末の娘には比較的従順で、良く懐き、良く恐れた。
(しかし、いくらなんでも寝床での粗相は頂けない)
彼女の唯一と言える心配の種は臆病過ぎる4番目の息子だった。
「娘、お前の末の兄は臆病だと、何度言い聞かせれば理解する?」
「抱っこしただけでしょ!」
2本足と4本足の違いこそあれど、ギャンギャンと吠える様はまだまだ子供だな、と「母」は心中で嘆息した。
娘の腕の中でぶるぶる震える息子は今にも泣きそうな顔でじっと母親たる彼女に助けを求めている。
(これもこれで問題か……)
彼女はそんな息子の首を咥えて娘から取り上げる。
「あっ!ダメだよ、母!甘やかしは良くないんだから!」
「母の顔に免じて許してやれ」
そっと息子を地面に降ろすと臆病な息子は穴を掘るかのように彼女の身体の下に潜り込もうとする。
「そんな甘やかしてばっかりだとニートになっちゃうよ!」
腰に手を当て憤って見せる娘に彼女は首を傾げた。
「ニート?」
「働く事もしないで親に養ってもらうダメな大人の事だよ」
「ハタラク?」
彼女はますます首を傾げて見せた。
末の娘はこの世の理を知らぬ癖に妙に博識だ。
「自分でお金……は関係ないか……、大きくなっても自分は何もしないのに母から餌をもらうだけの生活をする事だよ」
「ふむ、理解した」
彼女は大きく頷いた。
「しかし娘よ、その心配は杞憂に終わる」
今度は娘が首を傾げる番だった。
「巣立ちの時は平等に訪れる。巣立ってなお自ら餌を獲らねば時を待たずしてこの森に還る事になろう」
それを聞いた娘の表情が大きく引きつったかと思うと、娘は彼女の腹に手を突っ込んだ。
何事かと驚きと共に静観すれば、彼女の腹の下で震える小さな身体を引っ掴み、怯え、暴れる兄を引きずり出した。
「……娘……?」
その行動の意味が全く読めず、面食らいながらも彼女は勝ち誇った表情の娘を見た。
「だったら、尚更鍛えなきゃね」
ニヤリ、と口元を歪めた妹を見て、4番目の息子は再度盛大に漏らし、足元の3匹らは己の妹を見上げた姿勢のまま固まった。
「さあ、今度から厳しくいくからね!!」
おー!! と4番目の息子を小脇に抱え、右拳を突き上げながら、やや及び腰の残り3匹の息子を引き連れて末の娘は外へと歩き出した。
それを見送った彼女はくあっと大きく欠伸をし、再び寝る姿勢に入った。
どうやら此度の仔等は余計な心配などせずとも強く、逞しく育ってくれそうである。




