出産ーウマレイズルー
暗い闇の中に私はいた。
こぽり
口から零れた吐息は泡となって上ってゆく。
ああ、これは…
いつもの夢だ…。
こぽり
安堵の吐息が漏れる。
暗い暗い水底…
そこまで考えて、思考が止まる。
違う
覚えた違和感がジワジワと背中を這い上がるのがわかった。
その違和感の正体の認識を私は咄嗟に拒んだ。
それは言わば本能的な危険回避に似たものだった。
けれど同時に脳裏に答えが閃く。
これはユメじゃない
がぼっ
遅かった。
認識した途端、身体が肺呼吸を思い出した。
それ以前が何呼吸かと問われれば、わからない。
肺が酸素を欲し、水中から抜け出す為に足が水を蹴り、腕が水を掻く。
辺りは闇。上を目指しても光は一向に見える気配がない。
不安が焦りを生み、焦りが忍耐を削る。
それでも私は必死で足掻いた。
何故水中にいるのかとか、そんな疑問がよぎる隙もなかった。
どれくらい上昇したのか、うっすらと柔らかな丸い灯りを見つけ、私は水を掻く腕に更に力を込め、足で水を蹴った。
*
静かな夜だった。
ぴくり
彼女は僅かに身動ぎ顔を上げた。
今宵は満月。最も力が強まる時であり、新たな命がこの世に生まれるにはこの上なく適した夜でもある。
中でも彼女の眼前に広がる湖は、この森に息づくモノ達の聖域でもあり、中立地帯でもある。
危険な魔獣や獣が多く息づくこの森の中で、子を生むには最も安全な場所でもある。
かくいう彼女も出産という一仕事を終えたばかりである。
彼女の子供達は即席で作った寝床で団子状になり寝息を立てている。
小さな身体が折り重なる様に、窒息や圧迫の心配など無用と言わんばかりの我が子らの逞しさに彼女は苦笑する。
ざぶり
「ガボふっ!!」
彼女は黒い瞳を大きく見開いた。
それは突然の事だった。
静寂を破り、湖から顔を出し、激しく咳込みながら彼女の前に這い出したそれは、人間の姿をしていた。
全身ずぶ濡れで、瞼も碌に開けぬその様は、大きさこそ違うものの、生まれ出た赤子そのものだった。
彼女が驚きに開かれた瞳を緩め、湖から這い出てきたそれの瞼に舌を這わせ、拭ってやれば、瞼を押し上げたそれは彼女と同じ黒い瞳を大きく見開き、甲高い声をあげて大きく仰け反った。
彼女はそれを見て笑うと、呆然とこちらを見つめるそれに、己の腹から生まれてきた子等同様に声をかけた。
「初めまして、我が末の子よ。汝の誕生を心から祝福しよう」