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パンデモニウムへ III

パーティ名の表記に間違いが発覚したので修正を加えました。

一部加筆を加えました。

二日酔いに苦しむリベラが目を覚ましたのは、翌日の10時過ぎだった。

ちょうど、結鶴がスマホをいじりながらバスルームから出るところだ。

上着を着崩している結鶴の首に、つや消しの黒曜石みたいな質感のチョーカーが一際目立つ。

髪から滴る水がチョーカーに沿って鎖骨まで流れるところが特に艶ぽく見える。

いつも中性的に振る舞う結鶴がさらにかっこよく見えてしまいそうで、「いかんいかん」とリベラはものすごい勢いで頭を振った。

「おお。おはよう。朝食は冷蔵庫の中だから適当にチンしてくれ。じゃお休み」

と結鶴はリベラに作りたて…とは程遠いけど確かに今朝に作ったフレンチトーストと焼きベーコンの在処を教え、一直線に部屋に向かおうとした。

「髪くらい乾かしとけって。風邪引くわよ」

冒険者の肉体性能が普通の人間より優れているかどうかについては諸説あるが、医学を専攻とする結鶴は「大差ない」と結論している。この通り、リベラの二日酔い事情が普通の人間とほとんど変わらないのがいい証拠だ。

「…はあ」

姉貴づらするリベラに言われてはもう仕方がないと観念する結鶴は面倒がる態度を隠さずにいるけど、銀色の光が髪を包んでは髪が風に吹かれたように浮かんで、十数秒後に落ちたときにはすでに乾かしていた。

「う~何度見てもしゅごいな…CAD(シーエーディー)もないのに」

感嘆の気持ちばかりあふれるリベラをよそに、結鶴は今度こそ一直線に部屋に向かった。

「うっさい」

と言い残して。

冒険者は異能力者だから当然、異能力を自由自在に操れると思うかもしれないが、現実はCADの補助がなければ術式すらろくに組めない冒険者が大いに、いる。冒険者の高次元物質化能力に年齢制限はないが、冒険者という肩書は大体、卒業と同時に降ろされるものだ。もはや学生時代のバイトやサークル活動の一種に近い。だから将来性を考えながら時間をかけて腕を磨くより、限られた時間の中でできるだけ強くなった方が現実的だ。CADの補助に頼るのもまあ、必然の結果と言えよう。結鶴のように鍛錬を積み重ねる冒険者の方が異端なくらいだ。

「…っと、病院で大学デビューしたくなかったら今日は禁酒だからな」

部屋に一度戻った結鶴だが、思い出したようにリビングに戻ってリベラに禁酒令を出した。

「へーい」

とゲームに没頭するリベラは顔もあげずに返事した。

まあ二人の事情はさておき、問題なのは今日の任務だ。

夕方にリベラと合同の任務に出向かう予定の彼女だが、ご覧の通り、目の下に見事なくままでついている。

リベラの二日酔いも気になるが、結鶴のほうが先に睡眠不足で倒れてしまいそうだ。

一週間前、幕張浜辺のコスコモール上空に重力及び魔力の異常が検知された。それによってエクストラワールドからの侵攻が確認され、現地確認の結果、ダンジョン「パンデモニウム」の形成が判明した。

それぞれ学校に通っていた結鶴とリベラは教員に呼び出されて任務を言い渡された。

大災害以降、モンスターの侵攻はまずエクストラワールドに通称「ダンジョン」の異空間を形成し、クエスト名と攻略可能期間が自動的に設定され、攻略可能時間内に踏破できない場合、モンスターはエクストラワールドを抜け出し、現実世界に出現する、という形式で定着している。

よって、従来のダンジョン攻略は出現とともに規模を測定し、その規模からダンジョンの難易度をある程度予測し、それに似合った冒険者を速やかに派遣して討伐させる、という流れで進行される。早急の討伐に越したことはないが、例外はゲームのつきものである。

ダンジョン内に出現する敵の強さは事前で知ることはできないが、ダンジョンの規模ならば観測である程度把握できるようになっている。規模に応じて、出現する敵の量が多かったり、強かったりする。一般的なダンジョンに侵入時間や攻略人数に制限はないが、幕張に出現した「パンデモニウム」の場合、現地調査の結果、侵入時間は夜の10時から朝の4時になっている。異例なダンジョンで騒がれるのを避け、かつ慎重にダンジョン攻略すべく、政府は仕方なく少数精鋭の討伐パーティを派遣するにした。可能ならばその場でダンジョンを踏破、無理ならばダンジョン内に存在する「安全エリア」でダンジョンを抜け出し、情報を持ち出す。ダンジョン慣れの冒険者にとっては変哲のない任務だ。

結鶴の睡眠を妨げない程度の、いつも任務。

「おお…おやすみ…」

と渋々手を振ったリベラが再び結鶴の顔を見た時はもう午後の4時すぎのことだった。



いつも睡眠不足に困らせている結鶴がたったの6時間で眠気を晴らせるわけがなく、リベラに挨拶するよりも先に毎日の命綱である自動コーヒーメーカーに一直線だ。作るのはフルーツ味の炭酸コールドブリューコーヒー。どうやら彼女の今日の気分はりんごらしい。

「痛い…」

当然ながらの偏頭痛に襲われる結鶴。コーヒーを飲みながら寝癖の付く髪に手を当てた。

二度寝してからずっとソファーに横たわりスマホゲームしていたリベラが二度目の「おはよう」を言ってきた。すると、結鶴の口元が少し緩み、「おお。おはようリベラ」と軽く返事した。結鶴がどう思っているかはさておき、リベラはこの瞬間が好きだ。地元にいる妹と暮らしていた頃のような感じがして、とても心地がいいからだそうだ。冒険者として生きると決めた日から間もないうちに、リベラは妹の元へ離れた。姉貴として結鶴の面倒を見るようになってからは、リベラはその時から実の妹と離れる寂しさを埋めていた。

他人からすれば結鶴は手のかかる子だが、リベラにとってそこが可愛いと感じているらしい。

「…飲んでないよな?」

カフェインで脳が起動したのか、結鶴はすぐにリベラの状態を確認した。

「いやいやいやさすがに飲むわけないし」

激しい戦闘と言う名の運動の前に(まじで吐くから)あまり食べないようにしている二人はいつも栄養食で我慢している。訓練やダンジョン内の休憩時間にでもと持ち歩きするくらいだ。冒険者の間でも流行っている習慣のため、冒険者向けの運動ドリンクや栄養食の広告が尽きない。冒険者がCMに出たり、アンバサダーに選ばれたりもする。いや、大いにする。

「血液からアルコール抜かれるの怖いし」

とリベラはあの時の結鶴の顔を思い出すだけで声が震えた。

「私だってあんな面倒なこと二度とごめんだ」

さらに結鶴が逆ギレ気味で、リベラは体まで震えた気がした。



ドタバタの…これは朝と言えるだろうか?で一番面倒なことは支度だと結鶴はいつも思う。

OOTDは昨日と同じ黒のジャケットに黒のインナー、黒のショートパンツに黒いパンプス。バイクで長時間移動することを考えて、オーバーニーに似た冒険者向けの黒いプロテクターも着用した。

所持品はショルダーバッグの中。それとは別に、黒い帯で透明なレッグバッグをつけている。これも冒険者向けに開発したものだ。ジャケットには風をイメージした「アヴァロンの清き風」、結鶴が所属する冒険者パーティのエンブレムと通っている学校・方尖石学園関連のエンブレムと、バイトしているカフェのエンブレムがつけられている。冒険者管理条約により、冒険者の武器であるCADを始めとする全ての武装を格納するバッグやケースなどの容器は全て透明であるべしと定められている。その反発か、それらにマークやエンブレム、ロゴといったものを入れることが不文律となり、もはや一種のギャング文化になっている。リベラの場合、パーティなど参加していないため、所属する冒険者科のエンブレムと大学関連のエンブレムがつけられている。

結鶴のレッグバッグには結鶴が徹夜でメンテした愛用のカード型のCADと、任務のために調整した情報収集用の二つの彫刻入りの六角形の小型CADが入っている。メダリオンをイメージして設計されたその市販の六角形のCADは最近の人気商品で、結鶴もその外見に負けて買ってしまっている。

ちなみに透明なレッグバッグもかなりの人気商品で、着替え終わったリベラもつけているくらいだ。

時々泊まりに来るリベラの私物はバルコニーに収納されているため、リベラは着替えとヘルメットを取るついでにレッグバッグも取り出したわけだ。中にあるのは結鶴と同じカード型のCAD。これは二人揃って買ったらものだが、リベラのはペンギンをテーマにして設計されたもので、結鶴のは真っ白のだが、今はパーティのエンブレムがついている。そしてリベラのレッグバッグにはもう一つ、アクアマリンと錯覚させるような球体のCADが入っている。実は、このCADたちをリベラは昨日普通にコンビニのビニール袋に入れて持っていたが、さすがの結鶴も注意する気すらならない。通報されてもだいたい検討書程度で済む問題に配る気力もないのだから。

ちなみに、リベラのOOTDもまた複数着持っている昨日とおなじ白いシャツとズボンだが、バイクでの移動を考えてコートを身に着けた。

「お?いつものCADじゃん」

とリベラは部屋から出てきた結鶴のレッグバッグを観察したが、

「昨日杖で行くって言ってたが」

と案の定酔っていたから聞いても頭に入らないし、覚えていないだろうと結鶴は観念した。

「そうだっけ?」

とリベラの行動で予想が裏付けられた。

「そうだよ。あれはまだ調整中だから持ち出すつもりはない」

結鶴は先に外へ向かおうとした。

「残念。特別な任務だから見れると思ったのに」

「使えないヒーラーでごめんな」

リベラはそのあとに続いたが、出る前に振り向いて「いってきまーす」と行儀よく残した。

「いってきます」

イヤフォンをつけている結鶴も慌ててリベラに続いた。

飲みくれるリベラに運転ができるわけはなく、二人で行動する時はだいたい予備のヘルメットをつけて結鶴のバイクに乗って移動している。

Aランク以上の現役冒険者に対して生活面での様々な規制が緩くなっているため、ちょうどAランクの結鶴はその恩恵にいつも感謝している。が、民衆の情緒を考慮してのことか、冒険者にとって必要のないヘルメットの着用が必須である。

夕焼けを眺めながら海岸を走るのが心地よく、さすがのリベラも風景に目を貼っている。

風と波の音と海鳥の鳴き声がとうの昔に死んでいた結鶴の心に安息と静寂をもたらしていることは、黙っておこう。

結鶴が所属するアヴァロンの清き風(A refreshing breeze of Avalon)は方尖石学園に通う生徒たちによって結成する学生冒険者パーティである。そのため、リベラは卒業(大学への進学)とともにパーティを抜けた。

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