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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
70/82

第69話:Won't Lose Yet

_


インターハイ、東京都支部予選。

男子棒高跳びは、5mの跳躍の3本目の試技までもつれ込んだ…。



「…3本目だ、後がない。

余計な事は考えずに、いつも通りの若越らしい跳躍で行けば大丈夫。」


最後のアドバイスを伺う若越に、有嶋は優しくも厳しい口調でそう言った。


若越は、分かりました。と軽く頷くと、再び5mのバーの待つ棒高跳びピットへと戻って行った。



「…有嶋さん…若越くん、大丈夫ですかね…?」


隣で2人の様子を見ていた桃木が、心配そうに有嶋の顔色を覗きながらそう言った。


「…大丈夫かどうかは、本人次第だよ。

…でもね、俺はこのシチュエーションが2()()()なんだ。」


そう言う有嶋の、若越を見つめる目は、どこか遠くの何かを同時に見ているようであった。


「…()()()は、結局日本記録更新だったっけな…。全く、ここまで同じとなると、毎回懐かしい思いにさせられるぜ。」


そう語る有嶋の目は潤んでいた。

すると、間髪入れずに伍代が有嶋の元を訪れた。



「…有嶋さん、3本目の跳躍で、俺…。」




_



古びて固まった外装が剥がれ始め、その内に秘めたる黄金の翼を広げようとする若越の前に立ちはだかる、大きな壁。



(…若越さん、若越さんなら大丈夫。

新歓の時、私が心掴まれた、あの若越さんの跳躍…。

もう1度、私にあの景色を見せてください…。)



観客席から見守る弓ヶ屋の目には、涙が今にも溢れそうな程に溢れていた。

心配そうに見つめる彼女の目に映るのは、必死に冷静さを保とうとする、若越の姿。




『…わ、若越さんっ!…あっ…あの…。

わ、私…応援してますっ!…若越さん…の事…。』


今朝、若越たちが競技に向かう前、弓ヶ屋は必死に若越にそう伝えていた。


『…ありがとう。期待に応えられるように…。』


若越はそう言いかけると、ふと何かを考え、首を横に振った。


『期待を越える姿を見せるよ。必ず。』





(…なんて事言った癖に、あと1歩…。あと1歩前に出れねぇ…。)


助走路に立つ若越は、遂に自らの心の内でそう弱音を吐いた。

風はない。女子のレースが間も無く始まってしまう為、その前にいい風のタイミングを測って跳躍を成功させなければ。という焦りが、若越の尾を引く。


(…頼む…風…風さえ後押ししてくれれば…っ!)


有嶋や桃木の助言を元に、再び成功のシュミレーションは組み上がっていた。

それに、新入生歓迎会のパフォーマンスやその後の練習でも、5mの跳躍には僅かな自信がついていた。


それでも、本番は違う。


大会の空気感、3年生たちの意地と矜持、ライバルたちの圧、歓声と拍手。


全く微動だにしない吹き流しに、我慢の限界が訪れたのか、若越はため息のような深呼吸をして、遂にそのポールの先を高く振り上げた。



(…行くしか…ねぇか。)




(…お願い…若越さん…っ!)


観客席の弓ヶ屋も、思わず胸の前で硬く結んだ両手に顔を近づけて、目を閉じた。



(…頼む…。)


有嶋も、祈るように若越を見つめた。



その時、僅かに若越の背を押すような追い風が訪れた。


「…行きまぁぁぁぁぁぁぁっす!」



若越がそう叫んで走り出した頃には、吹き流しが完全な追い風を示していた。


助走のスピードも、テンポも申し分ない。

ポールを突き出すタイミングも、踏み切り位置にも大きなズレは見られない。


若越は強く、力強く左足で地面を蹴った。



ポールが元の形に戻る頃には、若越の体はバーの上を越えようという位置に差し掛かっていた。




『…跳哉、空は引っ張ってはくれない。

自分から、地面を押し返して、重力に反くイメージだ。』



バーを越えようという時、ふと若越の脳裏に浮かんだのは、中学時代に貰った、亡き父からのアドバイスであった。


その時、若越の体は浮遊力を失って強い重力に引きつけられた。

腹部とバーの距離が一気に近づき、そして接触した。



(…何で…っ!…何で今…こんな大事な事を思い出したんだ…っ!)



重力に反く事が出来ない若越の体は、そのままバー諸共マットに落下した。





_




再びバーが5mの高さに戻されると、江國は何やらぶつぶつと呟きながら、助走路に入った。



(…助走路、踏み切り位置、ポールは問題ない。

ここからの高さ、残りは俺自身の技術…。

…これを跳べば、前回の自分を越えられる…。)



両手にタンマグを馴染ませると、江國はそのまま一気にポールを持ち上げた。


「…行きます。」



ゆっくりとスタートを切った江國の動きは、2本目までのパフォーマンスと然程変化はない。

逆を返せば、それだけ毎回"同じ動きを体現している"という事になる。


踏み切り、ポールの流れに沿って浮き上がった江國の体は、5mのバーの上に向かった。

余白は十分。姿勢のブレもない。


しかし、ポールを掴んでいた右手だけが、最後に残されてしまった。



(…負けて…たまるか…っ!)


すると、江國は肩から大きく右腕を後方に振り戻し、バーに触れそうになっていた右腕を無理矢理引き剥がした。


観客席から歓声と響めきの声が溢れ出る。


結果、バーは全く動く事なく5m上空に取り残され、江國の体のみがマットに激しく落下した。



審判員が白旗を上げた事により、江國の5mの跳躍成功と、自己ベストの更新が同時に記録された。



「…江國がやったぞ!」


「…何だあの2年…凄すぎるだろ!」


「羽瀬高は残り伍代だろ…?棒高の羽瀬高と継聖学院の対決、まだわかんねぇな!」



周囲は口々に江國の5mの記録について盛り上がった。

しかし当の本人は、全く喜ぶ様子も安心した様子も見せてなかった。


(…これで漸く、大台突入ってところか…。まだまだ先は長くなりそうだ…。)


早くも江國は、そんな事を脳裏に浮かべながら次なる跳躍の準備へと向かった。



_




一方、トラックでは女子100m予選が始まっていた。


江國の跳躍による響めきが落ち着いた頃、先にレーンに入ったのは丑枝であった。



(…最後くらい、先輩らしい姿ってやつを、杏ちゃんや巴月ちゃんたちに見せてあげないと…ね。)


静かに胸に手を当てながら、丑枝は胸中でそう呟いた。

頭に巻かれた鉢巻の裏には、そんな後輩たちからのメッセージが刻まれている。


ふと横を見ると、スタートの隣では男子棒高跳びが佳境を迎えており、助走路には同じ色のユニフォームを着る伍代の姿があった。


跳躍中の記録を示す掲示板には、"5m00"の文字が表示されている。


(…感謝してるよ、伍代。あんたがいなかったら、全国大会の景色をこの目で見る事もなかったと思う。

…ううん、意識すらしてなかった。

だけどあんたと七槻、それに音木もかな、毎日のように"全国、全国!"って言ってるから、いつからか私も憧れるようになっちゃったよ。

…でも、それは本当に感謝してる。

強くなろうとする時は、嬉しい事ばかりじゃないけど、それを乗り越えて強くなれた時、めちゃくちゃ嬉しいんだよね。)



『…On Your Marks…。』



合図と共に、丑枝を含めた8人の選手はそれぞれスターティングブロックにスタンバイした。



(…私には、まだまだ全国って世界には辿り着けそうにもないけど…。)



『…Set…。』



8人の腰が上がると、一瞬の静寂が広がった。



(…この目の前のレースくらい、"勝ちたい"って思うようにはなっちゃったよ…っ!)



パァァァァン!!!






棒高跳びのピット、助走路で跳躍のタイミングを見計らっていた伍代の目に、水色のセパレートタイプのユニフォームの選手が映った。



(…うっしーか…。頑張れよ。)



パァァァァン!!!



号砲と共に走り出したその組の選手の中で、1歩前に飛び出していたのは、丑枝であった。



その姿を確認すると、伍代は深呼吸をしてポールを握り直した。



(…負けてられねぇな、俺も。)



吹き流しは、若干の横風を示していたものの、伍代は気にせずにポールを持ち上げた。


5mの3本目の試技。


ここを落とせば、支部予選の優勝を江國に譲り、若越と同着の2位。

ここを越えても、江國とは次の高さで一騎打ち。



伍代は右足を1歩後ろに引くと、いつもはそのまま走り出すところを、今回は僅かに溜めの間を作った。


その時、トラックのゴールラインを越える丑枝の姿が横目に映った。

どうやら、彼女は1着でゴールし準決勝へと駒を進めたようだ。



「…行きまぁぁっす!」



丑枝の勝利を目にした伍代は、そのままの勢いで走り始めた…。




_




その後、女子100mは高津も共にタイムレース決勝へと進出。

100mに出場していた七槻、蘭奈、紀良、丑枝、高津は揃ってタイムレース決勝へと駒を進めた。



レースを終えた5人は、その足で男子棒高跳びの観客席へと向かった。

100m陣を応援していた短距離ブロックの1年生たちも、フィールド陣のいる棒高跳びの観客席に合流した。



「…いやぁ、どうなってますかね?棒高っ!」


「まあ、拝璃と若越が揃って5m越えて、継聖学院に完封勝利してたら最高だけどな。」


蘭奈と七槻がそう言い合ってる後ろで、丑枝と高津は2人の理想話に呆れた顔を見せていた。


5人が皆の集まる席に辿り着いた時、丁度伍代が助走路を駆け出し始めていた。

その光景に、5人は呆然と立ち尽くすしかなかった…。



伍代の挑戦する記録と本数を示す表示は、

"5m10 [2]"

となっていた。


そして伍代は、宙に投げ出された体をポールを軸に上下前後回転させると、バーの上に体を

滑らすかのように、その上を越えていった。


「…おいおい、嘘だろ…。」


その光景に拍手歓声を忘れた七槻は、目を見開いたままそう呟いた。

昨年度のインターハイ全国大会において、宙一が越えられなかった九皇院第一のメンバーの壁に相当する高さを、伍代は跳んでみせたのだった。


マットに着地した伍代は、マットの反発を利用してそのまま立ち上がると、右拳を高らかに掲げた。

それに呼応して、観客席からはまるで全国大会で優勝したかのような大歓声と拍手が巻き起こった…。




_




(…やっぱり、あの2人には追いつけないのか…?)



日陰になったテントの下で伍代の跳躍を見ていた若越は、目の前で歓声に包まれる伍代の姿を見て悔しさを滲ませていた。


テントの少し外では、江國ですら伍代の姿に目を向けている。



(…負けたくない。…負けたく無いはずなのに…伍代先輩と江國に追いつけない…。)



若越の視線の先に映る、江國と伍代の姿。

2人はすぐそこにいるはずなのに、若越にとっては届きそうで届かない場所にいる2人。



春が次第に夏になりそうな雰囲気の日差しは、そんな2人を照らしながら、若越の目に眩しい光を運んでいた…。




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