第70話:To Be Chosen
_
インターハイ東京都支部予選
男子棒高跳びの結果は以下の通りとなった。
第1位 伍代 拝璃(羽瀬高・高3) 記録:5m10cm(2)
第2位 江國 途識(継聖学院・高2)記録:5m00cm(3)
第3位 若越 跳哉(羽瀬高・高2)記録:4m95cm
第4位 高薙 皇次(継聖学院・高2)記録:4m90cm
第5位 高薙 宙一(継聖学院・高3)記録:4m85cm
第6位 柏宮 寛汰(継聖学院・高1)記録:3m70cm
上位6名までが、次なる東京都予選大会への出場ができる為、今回出場の6名は全員都大会へ出場となった。
_
一方の男子100mのタイムレース決勝は、泊麻のライバルであった、継聖学院の都築の後輩である猪尾 穂取や司波との戦いとなった。
結果、全体で七槻が10.63で2位、蘭奈が10.78で3位とそれぞれ都大会への切符を手にしていた。
女子100mのタイムレース決勝では、惜しくも高津が全体の10位で入賞出来なかったものの、丑枝は見事8位に入賞し、何とか都大会への切符を手にした。
そしてもう1人。
男子200mへと出場した音木は、持ち前の実力を存分に発揮し、決勝では組1着の全体では2位へと入賞。
これにより、3年生は全員都大会への出場を決める事となった。
_
こうして、支部予選を終えた羽瀬高陸上部は、次なる東京都予選大会に向けての準備を始めていた。
キーンコーンカーンコーン…♪
4限目の授業が終わり、昼休みを迎えた。
若越は教材を片付けると、昼ご飯の準備に取り掛かろうとした。
すると、前の席に座る三伯が振り返り、若越の顔を覗き込んできた。
「…なぁ、どうだった?支部予選は。」
「…あぁ?…まあ、都大会には進めたよ。…負けたけど…。」
若越は、ぶっきらぼうな態度でそう答えた。
三伯はその様子に、若越の心境を見通したかのような様子で更に質問を続けた。
「…あれか?例のマネージャー先輩の。桃さん…だっけ?
負けたって、伍代先輩にって事?」
容赦なく撃ち込まれる、絶妙に核心を突いた三伯の質問に、若越は呆れた顔で答えた。
「…まあ、それもそうだけど。あの人だけじゃないよ。」
「…ふぅん。"ライバル"って奴?」
「ま、そんなところかな。…ってか、そろそろ部室行くわ。今日の昼はミーティングも兼ねてるから。」
「…へぇ、ミーティングなんてするんだな。頑張れよ!」
そこまで交わすと、漸く若越は三伯から解放された。
"ミーティング"などという大それた言葉を使ったものの、本当はいつも通り蘭奈、紀良、高津、巴月とお昼を共にするだけであった。
ただ、今日は支部予選の反省会も含まれていた…。
_
若越が部室に辿り着くと、既に他のメンバーは揃っており、何やら蘭奈と紀良がいつも通りの掛け合いを始めていた。
「…うぉぉぉぉぉ!都大会は絶対10秒前半で優勝してみせるっ!!」
「…はいはい。分かった分かった…。さっきからそれ、何回目?」
次のステージへの闘志を燃やす蘭奈と、その様子に呆れている紀良の光景も、もうお馴染みになってきていた。
「でも何でだろね、こんなガキっぽいくせに、本番だと人が変わったかのような姿で走るよね。
…あっ、若ちゃんやっほー。」
遅れて顔を出した若越に気がついた高津が、そう言って若越を招き入れた。
「…確かに、杏珠のいう通りかもな。でもそれは、若も同じな気がするぜ?」
紀良も若越の姿を確認しながら、高津の会話を続けた。
「あーそれね、玻菜さんも言ってたかも。
若ちゃん、本番になると狼みたいに怖い顔しながら、背中に翼が生えたように軽々跳んでるように見える時あるって。」
高津は、桃木の事を思い出しながらそう言った。
その言葉に、若越は少し反応したものの、何か余計な一言を言いそうになったのでグッと口を紡いだ。
その様子に気が付いてたのは、巴月だけであった…。
「…でも、みんなそうなんだけど、やっぱり跳哉くんが1番、この1年間で進化してるかもね。」
巴月はそう言って、若越のフォローに回った。
恐る恐る、巴月は若越の顔色を伺ったが、依然若越は平静を装っている。
「…ん、そうか?みんな着実に進化してるだろ?
それに、俺と陸には過去の結果もある。
だから、先輩たちと同じか、それ以上に全国は意識してるよ。なぁ?」
若越はそう言って蘭奈の顔を見た。
蘭奈は激しい同意を、首を大きく縦に振る事で存分に表現していた。
「…全国かぁ。もう負けちゃった俺が言う台詞じゃないかもしれないけど…。
見せてくれよ、2人の全国大会での姿。
2人がどんな風に戦うのか、こんなに近くで見れるのは、めちゃくちゃありがたいからな。」
「もちろんっ!任せとけってぇんだ!」
「…ああ、必ず。」
蘭奈と若越は、それぞれ自信げな顔をしながらそう答えた。
「…ってか、めちゃくちゃ真面目な話の最中に、こんな提案するの申し訳ないんだけど…。」
すると突然、高津がそう言って会話に割り込んだ。
一同は、彼女に視線を集める。
「インターハイ終わったら、夏休みじゃない?
来年はもう、3年生になっちゃうし、今年のうちに皆んなが良ければ、思い出作りにどっか遊びに行かない?」
高津の唐突な提案に、一同は困惑した表情をしていたが、蘭奈だけは唯一すぐに目を輝かせていた。
「いいな!行こうぜ!どうする?海とか川とか、バーベキューとか??」
蘭奈は立ち上がり、興奮気味にそう言った。
すると、思い掛けずにそれに続いたのは、若越だった。
「…8月の中旬に、花火大会のお祭りがあったよな?それでも行くか?」
若越の提案に、一同は同意を示した。
「いいね!そうしましょ!そしたら、花火大会に向けてインターハイ頑張らないとね!
私も精一杯、みんなを応援する!」
巴月は弾けそうな笑顔を見せながら、そう言って皆を鼓舞した。
「…そうだな。全国出場枠に選ばれる為に、勝つしかないな。」
若越は、皆に聞こえるか聞こえないかの声で、そう呟いた。
こうして、夏の思い出を作る為の約束を果たした2年生たちは、より一層インターハイに向けて気合を入れる事となった…。
_
一方同じ頃、1年生の教室では…。
昼食を終え、浮かない顔をしながら窓の外をぼんやり眺めていたのは、弓ヶ屋であった。
「…もー、千聖ったら。今日ずっとそんな感じだけど…どうしたの?」
クラスメイトの睦小路は、頬を膨らませて不満げな表情で弓ヶ屋にそう言った。
「…はぁ…。若越さん、かっこよかったなぁ…。」
そう呟く弓ヶ屋は、完全に恋する乙女の表情であった。
薄ら白い雲が浮かぶ青空に、彼女が思い浮かべていたのは、昨日まで行われていたインターハイ支部予選での、若越の跳躍姿であった。
「…もう、またそれか…。」
睦小路も何となく、その様子には気がついていたが、もう何度聞いたか分からない弓ヶ屋の若越への思いに、最早呆れた様子であった。
「…若越さん、このまま全国大会まで行っちゃうのかな…?」
「…さぁ?どうだろうね。
都大会には緑川学園の選手たちも出てくるだろうし、南関では明伯とか日立とかの競合もいるだろうから。」
睦小路から語られる現実的なデータなど、弓ヶ屋には全く届いている様子はなかった。
弓ヶ屋は、不思議そうな顔で睦小路の話を聞いているものの、恐らく心ここに在らずであった。
「そうなんだ…でも、若越さんなら勝てる気がするなぁ…。」
両頬に手を当てながら肘をつき、目を閉じて若越の顔を思い浮かべる弓ヶ屋。
そんな弓ヶ屋に、睦小路は最早お手上げ状態であった。
「…何を根拠に…ってか、そこまで若越さんの事好きなら、告っちゃえばいいのに。」
諦めかけた睦小路は、ついつい極論を言い放ってしまった。
"告っちゃえばいいのに。"の言葉に、弓ヶ屋の顔はみるみる赤く火照ってしまった。
「ななななななっっっ!なっ!えっ?はぁっ!?
こ、こ、告るぅぅぅ???」
目を回すとはまさにこの事。と言わんばかりに、弓ヶ屋の瞳が縦横無尽に泳いだ。
慌てる弓ヶ屋の様子に、睦小路は少し焦りながら、何とか落ち着かせようと試みた。
「…ま、まあ、今すぐにってわけじゃないけど…。
あ、そうだ。」
睦小路は何かを思い出したかのように、コソコソとスマートフォンを操作し始めた。
学校内での使用は禁止されている為、睦小路はバレないように素早く画面を操作すると、あるSNSの動画を弓ヶ屋に見せた。
「…ほら、これ。8月に花火大会あるじゃん?
これ、これ誘って行ってきなよ。
…あっ、そうだ!折角なら浴衣!浴衣とかどう?
着るなら一緒に探しにいくよっ!」
その動画には、盛大な花火の様子や縁日の様子が映し出されていた。
その様子を見ながら、睦小路の方が少し盛り上がりながら、弓ヶ屋にそう説得し始めた。
「…えっ…ええええっ!!!…で、でも…若越さん…私と行ってくれるかな…。
…ってか、私、上手く話せるかな…?」
折角の睦小路の提案に、弓ヶ屋は急にシュンとして完全に自信を無くしていた。
「…何言ってんの?まだあと3ヶ月あるんだよ?
それまでに支えるように、若越さんに近づけばいいんでしょ?全く…。」
キーンコーンカーンコーン…♪
昼休みのひと時は、瞬く間に過ぎ去ってしまった。
次の授業開始5分前の予鈴が、教室に響き渡る。
「…あっ、浴衣。浴衣は今度絶対、探し行くからねっ!
あんた絶対、浴衣着たらめっちゃ可愛いからっ!」
睦小路はそう言い残すと、自分の席に戻って次の授業の準備を始めていた。
1人になり、弓ヶ屋はぼんやりと期待に胸を膨らませながら、若越との夏祭りの様子を妄想していた。
(…若越さんに…一緒に行く相手に…選んで貰えるように…か。)
弓ヶ屋は心の中でそう呟くと、授業に向けて切り替えた。
_
昼休み後の5限目の授業。
科目は、古典であった。
得意科目の授業であったが、若越の心は授業そっちのけで、次のインターハイ東京都予選大会にあった。
(…全国出場枠に、選ばれる…かぁ…。
次は都大会。田伏さんと森がいるのか…。
…次は負けない…伍代先輩と、江國に…。)
ぼんやりと見つめる黒板には、『平家物語 扇の的』の一節が書かれていた。
古典教室がその節を解説しているのを、耳を傾けて聞いてはいるものの、頭の中はインターハイの事が
大半を占めていた。
~目を見開いたれば、風少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。~
ふと、黒板に書かれたその一節に、若越は自然と目を奪われた。
"目をかっと見開いて見ると、ありがたい事に風も少し収まり、的の扇も静まって射やすくなっていた。"という意味を、若越はすぐに理解していた。
(…ふぅん。現実も、こう簡単に風を操れたら、楽勝なんだろうなぁ…。)
若越は心の中でそう呟くと、窓の外の青空を眺めた。
そうこうしている内に、支部予選から数週間が経った。
次なる舞台、"東京都予選大会"の幕が今、開こうとしている。




