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High-/-Quality  作者: hime
【第2章:推進】
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46/106

第45話:Four-way Battle

_


4m85cm、3本目の試技。

挑む皇次は、吐き捨てるように「行きます。」と叫ぶと走り始めた。


踏み切り、空中動作まではこれまで同様にやってみせたが、逸る気持ちからかバーは完全に皇次の体に触れていた。


バーを巻き込みながらマットに落ちた皇次に、審判員の赤旗が無慈悲に振られた。



「…チッ…クソッ!」


皇次は舌打ちをしながら、怒りと悔しさの入り混じる感情を込めて、マットを叩きつけた…。



_


バーの高さが4m90cmに上がった。

この時点で残るは、宙一、江國、若越、伍代の4人。

暫定では、試技順で1位若越、2位伍代、3位宙一、4位江國となっていた。


上位3枠の次なる関東大会への切符を賭けた争いは、未だその結末が予想できずにあった…。



(…ここで越えなきゃ、勝ち目はねぇ…。)


助走路に立つ宙一は、冷静を装っていた。

重圧さえなければ、なんの気無しに越えられる高さも、その重荷が宙一の邪魔をする。


風が少し大人しくなり、吹き流しの動きが止まった。


「…行きまぁぁぁす!!!」


宙一は意を決して走り出した。

その脳内には、後輩の言葉が巡っていた。


『俺は自分に勝ち続ける。それによって手にする勝利は、俺にとって何の価値もねぇんだよ。』



(…江國(あいつ)の言うことは一理ある…。

他者と比べて勝ち負けを気にしていては、1番勝たなきゃいけない自分自身には勝てやしない…。)



宙一は、その言葉を胸に迷いを振り捨て、全力で助走路を駆け抜けた。


踏み込んだ左足で宙(そら)目掛けて跳び立つと、バーの上目掛けてその体を捻りながら高く宙に浮いた。



しかし、そのバーの上を体が越えるより先に、重力が宙一の体に重くのしかかる。

腹部が触れたバーは、激しくしなりながら宙に浮かび上がり、そのまま宙一の体と共にマットへと落下した。


審判員の赤旗が上がる。


よろめきながらマットに立ち上がる宙一だが、その顔は依然として諦めたようには見えていなかった。



(…まだだ…勝つんだ…自分にっ!)



_


江國は険しい表情で、再び架けられたバーを見上げた。


(…今日は、1本で。ミスはしない。)


支部予選では、この4m90cmを1回失敗している。

2回目でクリアしたものの、江國自身はそれに納得はしていなかった。



助走前に大きく息を吸って、それを吐き出した。

覚悟を決めた目つきになると、江國は軽く跳ね上がるとそのまま走り出した。



江國の覚悟は、確実な跳躍として表れた。

バーと体との間に空間を保ちながら、その上を越え、そして落下する。


江國がマットに着地した時、審判員は勢いよく白旗を上げた。

ここで江國が、一気に全体の1位に躍り出た。



江國は、狙い通り1本目で成功したにも関わらず、表情ひとつ変えずに依然険しい顔のまま、ポールを受け取り控えテントに戻ってきた。



(…これで終わりじゃない。本当の目標は、ここから…。)



その後、続く若越も1本目で成功。

伍代は1本目を失敗し、宙一と共に2本目で成功を収めた。


この時点で、江國が一気に1位に逆転し、それに続く2位が若越、3位に試技順で宙一が選ばれる事によって、伍代が4位まで下がってしまった。



4m95cm。

バーが高くなるにつれて、順位決定が近づいていく。

1本の失敗も許されない、四つ巴(よつどもえ)の戦いは佳境に入る…。



その1本目、宙一は失敗。

続く江國は、90cm時の跳躍同様お手本のような華麗な跳躍を見せ、クリアした。



助走路の若越に、緊張が走る…。


_


男子棒高跳びの争いが佳境を迎える中、トラックでは男子100m決勝の準備が行われていた。


電光掲示板には、決勝に進んだ8名の名前が掲載されていた。



"6 蘭奈 陸 羽瀬(1)"



蘭奈の名は、第6レーンに表示されていた。



その光景を、観客席から丑枝と巴月が見守っていた。

するとその時、丑枝のスマートフォンにメッセージが通知された。


「…あっ…。」


丑枝がそのメッセージに気がついたのを、巴月も横目で確認した。

丑枝は何も言わずに、そのメッセージ画面を巴月に見せた。

送信先の相手は、兄である勝馬であった。


"…わりぃ。もう少し休みたいから、蘭奈の応援頼む。"


七槻は、どうやら音木と合流していたようであったが、その姿を見せる事はなかった。

兄の所在が明らかになった事に安堵しつつも、姿を見せない事に、巴月は怒りと悲しみが入り混じった感覚を胸に感じていた。


「…って事だから、今は彼の応援に集中しましょ。」


丑枝はそう言って、スマートフォンの画面を切った。

丑枝は、彼女なりのフォローで巴月を支えようとした。

巴月にとってそれは、兄や桃木とはまた違った1歳年上の先輩からの優しさとして受け取っていた。


「…ありがとう…ございます。彩さん…。」


丑枝は、優しい笑顔を見せた後、真剣な眼差しでトラックに視線を移した。

兄や伍代、桃木とは少し違う彼女の雰囲気は、どことなく音木に近いものがあると、巴月は感じていた。

しかし、音木ともまた違う。巴月にとって丑枝は、近いようで遠く離れたお姉さんのように思っていた。


「棒高跳びも、いよいよって感じみたいね。伍代も若越も残ってる。けど、継聖の連中も、2人残ってるみたいだね…。」


巴月たちからは対面で行われている棒高跳びの様子も、遠目ながら2人にも見えていた。


同級生が2人、目の前に聳え立つ大きな壁をよじ登ろうと、必死になっている。

その姿が、巴月の心をキツく締め上げているような感覚を、彼女は持っていた。


(…私にはもう…2人がいる場所には行けないんだ…。でもそれは、私が自分で閉した運命だから….。)



_


強く踏み切った若越の体は、ポールの湾曲に合わせながら上下反転し、その足先の狙いを、バーの上に狙いを定めた。


ポールが元に戻ろうとする勢いが、若越とバーとの距離を一気に縮めていく。



(…宙一さん、江國、そして伍代先輩…誰にも負けるわけにはいかないんだよぉ!)


若越が右手のポールを手放すと、その体がふわっと浮かび上がり、バーの上をすり抜けていった。

しかし、ポールを手放した右手の軌道上に、バーが迫っている。


(…やべっ!)


修正は間に合わない。

右手で勢いよくバーを弾くと、若越諸共バーはマットに落下した。


審判員の赤旗に、観客席からは落胆の声が聞こえてきた。



若越は舌打ちで悔しさを露わにしながら、マットから降りた。

顔を上げた先には、自信満々の表情の伍代がいる。


(…次、必ず越えて…5mで決着つけてみせますよ…伍代先輩…。)





(…悪いな…若越。俺は先に行ってるぜ。

必ず、着いてこいよ。)



「…行きまぁぁぁぁぁぁぁっす!」


伍代の迫力が、周囲を圧倒する。

その気迫、助走の走り、踏み切り動作、空中動作全てを見入ってしまうような雰囲気を放つ伍代は、その場の空気を自分のものにしてみせた。


伍代がそのバーの上を華麗に越えると、大きな拍手と歓声がバックストレート側にて響き渡った。


江國、伍代が1本目で4m95cmを成功。

残されたのは、宙一と若越。

先に越えた者が、その先への大きな一歩を手に入れることができる。



4m95cm、2本目の試技。



再び宙一は跳躍失敗に終わった。

若越は僅かなチャンスの予感を感じていたが、浮ついている余裕はない。

自分も再び失敗すれば、そのチャンスは遠のくまでだ。


そう自分自身に言い聞かせながら、若越が助走路に入ろうとした時、会場のアナウンスがホームストレートで行われる男子100mの選手紹介に入った。


_



『…第5レーン、渡辺くん、江戸川。』


蘭奈の隣で名前を呼ばれたその選手は、手を上げて深々とレーンにお辞儀をした。

観客席からは彼の同校のチームメイトたちの歓声が聞こえてくる。


「ファイトォー!渡辺ぇ!!」


「しょーさん!ファイトォォ!!」


しかし、会場を渦巻く歓声など蘭奈の耳には届いていなかった。

渡辺が横で「よぉし!」と深呼吸をする声すら、蘭奈には風の流れる音や虫の羽音程度にしか感じられなかった。

それだけ、蘭奈の集中力は極限の状態にあった。


『…第6レーン、蘭奈くん、羽瀬。』


「蘭奈ぁぁ!!ファイトォォォ!!」


「ぶちかませぇ!!陸ぅぅ!!」


ホームストレート側の観客席では、長距離ブロックメンバーと丑枝、巴月が集まって蘭奈にエールを送っていた。

しかし、巴月は黙ってスタートの蘭奈の姿を見ているだけであった。

兄への心配と、思い返される過去の自分の事の不安から、声をかける事が出来ずにいた…。


「…負けんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


すると、羽瀬高メンバーのエールから少し遅れて、聞き覚えのある声がそう叫んでいた。

何処からか、七槻がそう叫んでいた。羽瀬高メンバーは辺りを見回すも、その姿は見つけられなかった。




(…なんだ、勝馬さんいるんだ。良かった。)


スタートラインに立つ蘭奈は、そのエールに安心した。

そして大きく息を吸い込んで叫んだ。


「っっっしゃぁぁぁぁぁっ!!」


猫の威嚇のようにそう叫び、周囲の選手を圧倒する。

しかし、蘭奈のゴールを見つめる眼差しは、"虎"のように鋭く光っていた。

会場では、大きな歓声が沸き起こった。


その後も、続々と選手が紹介されていく。


『第8レーン、村上くん、都大附属。』


男子100mに出場する、8人目の選手の名が告げられた。

身長180cm以上の長身のその選手は、ハーフのようで日本人離れした洋風な顔立ちをしていた。

爽やかな雰囲気の彼は、観客席からの声援を受けてスタンドとレーンに向かって大きく2回礼をした。



(…やっぱり、残ってたよね。)


観客席の巴月は、その選手の姿をじっと見つめていた。

どうやら、巴月はその選手を知っているようであった…。



『…On Your Marks…。』


会場が静寂に包まれて、選手や観客が息を飲んだ。

東京都代表として、新人戦関東大会へ進出する3名が決まる、決勝戦。

緊迫した空気に放たれる号砲から約10秒後、その結果は明らかとなる…。



_


男子100m決勝のスタートラインナップがアナウンスされる中、若越は4m95cmの2本目の試技に入った。


2本目だろうと、失敗は許されない。1本目の僅かなミスは、既に大きな痛手となっている。


1本目同様、強く踏み切って浮き上がった若越の体は、ポールの湾曲に合わせながら上下反転し、バーの上に狙いを定めた。


高さは申し分ない。

あとは、1本目でミスをした最後の右腕がバーを越えるのみ。

その時であった。


「っっっしゃぁぁぁぁぁっ!!」


対面のホームストレート側から、叫び声が聞こえた。

蘭奈のものである事は、跳躍中の若越にも分かった。


(…俺だって…っ!!)


若越は、ポールを手放した右腕を大きく頭上まで上げてバーの上を通過した。


マットに着地した反発を利用して、そのままマットの上に立ち上がった若越は、右手でガッツポーズしながら、小さく「よっしゃ!」と呟いた。


審判員の手から白旗が掲げられ、若越の跳躍成功が確定した。



その様子を助走路脇から見ていた宙一にとっては、大きなプレッシャーとなった。


(…ここで、負けるわけには…っ!)


しかし、宙一は2本目の跳躍も失敗に終わった。

宙一に残された、四つ巴の戦いに生き残るためのチャンスはあと1回…。



3本目の跳躍に挑む宙一が、助走路に立った。

すぐ側には、この後の5mの跳躍の1本目を控える江國がいた。


「…なぁ、江國。」


宙一はふと、江國の名を呼んだ。


「…なんですか?」


江國は、普段通りにぶっきらぼうにそう答えた。


「…"自分に勝つ"ってことの答え、お前は持ってるのか?」


宙一の突然の質問に、江國は眉を潜めて不思議そうな顔をしたが、すぐに返答した。


「…宙一さんの質問がよく分かんないんですが、迷ったり諦めたりして立ち止まらない事…だと俺は思ってますね。」


「…そうか。ありがとう。」


江國の返答に、宙一は納得したのか再び前を向いて跳躍のタイミングを待った。

その様子を江國は不思議に思っていたが、少し首を傾げただけで深くは考えなかった。




(…俺はまだ、"自分に勝った"なんて思ったことは1度もないですよ、宙一さん。

俺にはまだ、自分に勝つための長い道程が待っているから…。)




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