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High-/-Quality  作者: hime
【第4章:新時代】
101/105

第100話:Put it on 100

_



100m。

1秒間に約10m。


…いや、もっと速く。

まだ、こんなもんじゃない。


追い求めた先に、積み重ねた先に

辿り着ける"夢"があると信じて。


まだまだ続く。繋がっていく。


…俺はまだ、速くなってみせる。



_

_


競技場の電光掲示板には、男子100mの総合結果が表示されていた。


その1番上にある記録と名前。

それを、蘭奈はジッと見つめていた。



"1. 蘭奈 陸 羽瀬高 10.43 Q"



都大会進出を支部1位で決めた事に対して、非常に満足そうではあるものの、その記録に慢心してはいなかった。


(…とりあえず…ってところか。)


継聖学院の司波や東海林の名前も次々と現れる中、6番目に"紀良 光季"の名が表示された。


「…あっぶね。置いて行かれずに済んだわ。」


電光掲示板に視線を送る蘭奈の肩に、紀良が手を回しながらそう言った。

紀良の顔を見た蘭奈は、気を取り直したのか紀良の背中を勢いよく叩いて共に喜んだ。


「…ってぇなぁ!何すんだよっ!」


「…っしゃぁ!やったな!光季っ!

一緒に都大会戦えるんだよなっ!」


蘭奈の溢れんばかりの笑顔に、紀良は怒りを忘れて呆れた表情をしていた。

しかし、それは何処か嬉しそうにも見えていた。


「…あぁ。待たせたな。」


"一緒に戦える"という蘭奈の言葉が、紀良の心に深く突き刺さった。

追いかけるばかりだった背中。

まだまだ、掴むには程遠い背中ではあるものの、少しばかりはその背中に近づいた感覚を、紀良は覚えていた。


「…おめでとう2人とも。でも、何もあんたたちだけじゃないからね?」


賞賛と共にそう言って現れたのは、高津であった。

彼女も6位に食い込み、4位の西澤と共に都大会出場を手にしていた。


「…ありがとう。杏珠も一緒に都大会行けて、嬉しいよ。」


柄にもなくそんな事を言う紀良を、蘭奈は目を丸くしながら見ていた。

そして、互いに見つめ合う紀良と高津の嬉しそうな顔を見て、蘭奈は漸く状況を僅かに把握した。


「…えっ、まさか…。」


困惑する蘭奈に、紀良は思い出したかのような顔をした。


「…そういや、言ってなかったな。

俺たち、付き合ったんだ。」


紀良がそう言うと、蘭奈は大きく首を縦に振りながら、胸元で小さく拍手をした。


「へぇ~!そうか!おめでとうな!」


蘭奈は、純粋な二重の祝福を2人に送った。


「…じゃあ、まだまだ負けられねぇな。」


そんな蘭奈は、最後に2人に向かって意味深にそう言って、笑顔を向けた。



_



トラックでは、男子の400mの予選タイムレースが、全9組にて行われようとしていた。



"400m"というのは、トラックを一周する過酷なレースを強いられる。

最初の100~150mで加速し、自分のリズムを形成。

バックストレートでは、スピードを維持しつつ無駄な力を使わないようにペース維持。

そして最後の直線…ここで勝負が決まる。


多くの選手が終盤に失速してしまう中、どれだけフォームとペースを崩さず走り切れるか。

序盤の入り方と終盤の粘り、そのペース配分のこそが"400m"の核心である。



最も忍耐強く最も賢い者が、この一周を制する。



自らのレースを待つ中、十橈氣はじっと腕を組みながら一点を見つめ、レースプランを組み立てていた。



(…支部予選なんて"お遊びごっこ"に付き合ってる暇はねぇ。

…"都大会の前哨戦"…都大会前に記録打ち立てて、都チャンピオンになってやる…っ!)



一方の二重橋は、忙しなく両足を動かしながら、全身の力を抜こうと奮闘していた。



(…いやぁ…緊張するなぁ…。でも、俺だって先輩たちみたいに…っ!)




予選第3組、第5レーン。

まずその戦いの場に現れたのは、二重橋であった。


彼の視界に入る、1つ隣のレーンである第6レーンには、藤紫のユニフォームに褐色の肌をした屈強な男子選手がいた。

日本人離れした顔つきに、髪は珍しいドレッドヘアをしている。



(…"世田一(せたいち)のアレン"…やっぱり実物はオーラが凄ぇ…。)


彼の後ろ姿を、二重橋は恐る恐るじっと見つめていた。

世田谷第一(せたがやだいいち)高校2年、アレン テイルズ 将登(しょうと)

アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼は、遺伝子レベルで別次元の存在であった。



『…On Your Marks…。』


二重橋は、アレンの存在を横目に見ながらスターティングブロックに入った。

地面に置いた両手が、小刻みに震える。


(…新人戦でこの緊張感…インターハイを戦ってた先輩たちは、もっと凄い緊張感の中でやってたんだよな…。

…こんなところで、ビビっちゃいられねぇっ!)



『…Set…。」



パァァァァン!!!



予選第3組は、8名のエントリーに対し1名欠場の為、7名で行われた。

7名の選手が一斉に走り出す中、既に全体の前に躍り出たのは、第6レーンのアレンと、その背を追う第5レーンの二重橋であった。


蘭奈お墨付きの爆発的なスタートが見事に決まったものの、二重橋の視界の右側にいる藤紫のユニフォームとの差は、一向に縮まならい。

コーナーからのスタートであるが故に、一定の距離を空けた位置から出走する為、序盤で順位を判断するのは難しい。

しかし、バックストレートに差し掛かる頃に、既にアレンは隣の第7レーンの選手を捉えていた。


二重橋からは、第6レーンのアレンと第7レーンの選手の姿しか見えていない。

しかし、後ろに迫る第4レーンより内側の選手を気にしている余裕も無い。

ここからは、ただ必死にゴールラインまで走り切るだけであった。



(…何だろう…羽瀬高に入ってまだ5ヶ月程度だっていうのに…中学の頃より全然楽に走れる…。

…それだけハイレベルって事なんだな…羽瀬高…高校生の陸上ってのは…っ!)



残り200mに差し掛かると、アレンを先頭に完全な"く"の字が形成された。

スタートからのスピードを維持してきた二重橋も、ここからは耐え忍ぶ"意地"のゾーンに入った。



(…"世田一のアレン"…今期の全国トップの最有力候補なだけある…。

…ペースが…異次元すぎる…っ!)



ここまで、前を走る第6レーンのアレンの背中を追って来た二重橋であったが、ここで少しずつ差が開き始める。

ここから再加速できる力は、二重橋には残されていなかった。

後は、ゴールまで後続から逃げ切るのみ…。



第3コーナーを抜けてホームストレートに差し掛かった時、既にアレンと二重橋との差は30m程広がっていた。

ずっと視界に入れて追ってきたその背中の先に、ふと自らと同じ水色のジャージ姿の女子選手の姿が、二重橋の目に入った。

女子走り幅跳びに出場している、睦小路であった。


彼女は手前の砂場から視線を外し、明らかにトラックの二重橋へと声援を送っていた。



(…茉子…。…茉子の前で…みっともねぇ走りは出来ねぇっ!)






夏休みの練習終わり。

伍代や七槻のインターハイでの勇姿に刺激を受けていた九藤と二重橋は、暑さの中での過酷な練習を終えてからも、2人でグラウンドに残って走り込みを行っていた。


「…なぁ、柊路(しゅうじ)。」


両膝に手を着いて肩で大きく呼吸する九藤に、同じく息を切らしながら、二重橋が突然声をかけた。


「…ん?何?」


「…柊路ってさ、彼女いんの?」


二重橋の唐突な質問に、九藤は驚いて体を起こしながら答えた。


「…いないけど…何で急に?」


不思議そうな顔でそう問い返す九藤に、二重橋は視線を遠くに送りながら答えた。

夏の暑さのせいか、強い日差しによる日焼けなのか、それともそれ以外か。

二重橋の頬が少し赤くなっている。


「…茉子ってさ、可愛いよな。」


そう言う二重橋の意図が分からず、九藤は眉間に皺を寄せながら、更に不思議そうな顔をした。


「…はぁ?何を急に…。」


戸惑う九藤を他所に、二重橋は勝手に語り始めた。


「…橋本とか芹那とか平咲って、同級生にしては少し子どもっぽい感じがするんだよなぁ。

逆に、秀奈(しゅうな)結綺(ゆうき)は大人っぽ過ぎて、ちょっと近寄りがたいって言うか…。分かる?」


「…子どもっぽいって…お前も割と他人の事言えねぇぞ。

…まあでも、言わんとしてる事は分からんでもないかな。」


初めて聞かされる、同級生の異性に対する価値観に、九藤は突っ込みつつも気づいたら聞き入ってしまっていた。


「…でも、茉子って何かそことは違うんだよな。

一生懸命だし、明るいし、何より可愛いし。」


少し照れながら二重橋がそう言うように、睦小路は既に同級生男子の間で若干の人気を集めていた。


「…ふぅん、諒太郎(りょうたろう)は好きなんだ?睦小路の事。」


九藤はわざとらしくそう言って、二重橋に確信を迫った。


「…すっ…好きとかそんな…そんなんじゃねぇ…。

…ま、まだそんなんじゃねぇけど…。」


あからさまに動揺しながら、二重橋は必死に九藤にそう言った。


「…ははっ!…まあ、いいんじゃん?そういうのも。

俺は悪くないと思うぜ。

…それに、うちにはもっと明らかな奴だっているしな。」


九藤は笑いながらそう言った。

その言葉に、今度は二重橋が不思議そうな顔をした。


「…明らかな奴…?」


「…弓ヶ屋だよ。あいつ、跳哉先輩の事大好きなのバレバレだよな。

…まあ、跳哉先輩が弓ヶ屋の事どう思ってんのか知らないけど。」



夏の厳しい気温の中に、恵みのような風がスッと吹いてきた。

それは、限られた"青春"のひと時を精一杯楽しもうとしている、2人への追い風…のような…。






バックストレートに突入すると、途端に腕と足が重くなったように二重橋には感じられていた。

それでも、軽々しく走っていく藤紫の後ろ姿だけは、絶対に逃さないようにと必死に喰らいつく。



(…俺だって…都大会で戦って…更に上の舞台で勝負してぇんだっ!

…跳哉先輩たちみたいなかっこいい姿…茉子に見て貰いてぇんだよっ!)



最後の100mは、呼吸と体勢を崩さずに維持する走りを意識するも、後続の姿にもちらちらと意識が散っていた。



ゴールラインを越えた二重橋は、重い足を無理矢理動かしてトラックを後にした。

荒れる呼吸を必死に整えようとする度、心臓の鼓動が早くなる。


『…男子400m…第3組の結果。

…1着第6レーン、アレンくん。世田谷第一。

…記録、47秒18。』


競技場のアナウンスから記録速報が発表されると、観客席からは響めきの声が溢れた。

新人戦東京都大会での大会記録である、47秒16に迫る驚異的な記録であった。


当のアレンは、誰よりも平気そうな様子でその記録を耳にすると、気怠そうに首を回しながらスパイクの紐に手をかけていた。


『…2着第5レーン、二重橋くん。羽瀬。

…記録、50秒51。』


二重橋の記録が発表された。

速報時点で第3組までの記録を踏まえると、二重橋は全体の3位に入っていた。


(…自己新…か。…とはいえ、ほぼアレンさんのペースに引っ張られたようなもんだった…。

…ラスト100m、もう少し耐え切れれば…。)


中学時代の記録を大きく塗り替える自己ベスト記録にも、二重橋は喜びよりも反省の色を示していた。

高校生となって初めての公式戦。

二重橋は早くも、次なる課題と目標へと手を伸ばし始めていた…。



_



男子400m予選第8組。

第3レーンに、再び水色の"羽瀬高"ユニフォームが現れた。

…十橈氣…である。


第7組までを終え、依然総合トップは世田谷第一のアレンが出した47秒18であった。

二重橋の記録は、総合第5位まで落ち込んだものの、都大会出場圏内には存在していた。




トラック上の十橈氣は、大きなため息を吐いていた。


(…将登くん…あの"化け物"に並ぶ記録を狙っていかねぇと、必ず都大会で(ふるい)に落とされる。

…"46秒35"…東京高校生記録を塗り替えてやる…っ!)





十橈氣が中学2年の時の秋。

1つ上の学年の先輩、アレン テイルズ 将登(しょうと)が、U15アジア陸上選手権大会の男子400m日本代表に選ばれた。


真っ赤な"Japan"のジャージ姿のアレンの姿を、十橈氣は憧れの眼差しで見ていた。


「…将登くんっ!アジア選手権、応援してます!」


目を輝かせながらそう言う十橈氣に、アレンは少し素っ気なかった。


「…あぁ、ありがとう。まあ、アジア選手権だからって、何も変わんないよ。」



結果、アレンは予選敗退に終わった。

その結果を知った十橈氣は、酷く落ち込んでしまった。


(…将登くん程の人でも勝てない世界…。

…あんなに頑張ってて凄い将登くんよりも、強い奴らは世界中にいっぱいいるんだ…。

…まだまだ、こんなところで満足していられねぇ…っ!)



それから、十橈氣は誰よりも練習や記録を熱心に追い込むようになった。

次第に彼が何かに喜んだり、楽しそうにする様子も少なくなっていった。


それでも、十橈氣はそれに対して何も思っていなかった。

全ては、強くなる為。

強くて憧れの存在であったアレンよりも、更に上が存在する。

十橈氣の追い求める先は、そこにあった。






パァァァァン!!!



スタートの合図と共に、誰よりも素早く飛び出したのは十橈氣であった。

最初の100m、まるで200m走のスタートかと勘違いする程のハイペースで、十橈氣は突っ込んでいった。



(…無茶なっ!ハイペース過ぎる…っ!)


レースを終えていた二重橋は、グラウンドの隅から心配そうに十橈氣のレースを見つめていた。



バックストレートに突入すると、見る者からも分かるくらいに、十橈氣は全体のトップに躍り出ていた。

バックストレートの外側の棒高跳びピット、5m05cmの3本目を迎えようと助走路に立つ若越の目にも、十橈氣のレースが飛び込んできた。



(…思ったよりも、厄介な奴…だ…十橈氣。

…でも、お前はそれでいい。

お前の存在はきっと、自分自身だけじゃなくて周りにも刺激になるはずだ。)



勢いよく通過する400mの選手たちの風を受け、若越は背中に僅かな追い風を感じていた。

吹き流しも、追い風を示している。




第3コーナーに突入すると、十橈氣のスピードは少し落ちてしまったものの、足の回転ペースと腕振りのリズムは崩れていなかった。

後続との差は明らかである。



(…生温いところで満足してられる程…俺の目指してる世界は、甘くねぇんだよっ!)



コーナーを抜け、ホームストレート…最後の100mに突入していった。

必死に呼吸をしながら、十橈氣はゴールラインを目指して身体を動かす。

既に彼の力の100%は出し切り尽くしそうであった。



(…俺は…将登くんすら越えてやるんだ…っ!)



残り50mのラインを越えた時、僅かにスピードが上がったのを、十橈氣自身も感じていた。

100%のメーターを振り切り、101%目の力が十橈氣の底から湧き上がる。




"49.01"




ゴール横のタイマーが、その数字を示した。

100%の力を越えてもまだ、十橈氣はアレンには追いつけなかった。


総合順位2位、都大会出場は確実にも関わらず、十橈氣に一切の笑顔はない。



(…何故だっ!?何が足りねぇ…っ!

100%を越えても…まだダメだって言うのかよ…っ!

…120?いや、150%だ。

…都大会では必ず…将登くんに…っ!)





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