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異世界少女、放浪記。  作者: げっと
第1-3章 菜優の初仕事、のおはなし
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12 - 菜優、ホワイトデイに征く。一日目

 街の外へ出ると、菜優は天の天辺に張り付いた太陽を見上げました。影を背中に伸ばしながら、菜優は左右を見やります。


「ここから東に進むんやっけ。やから…右?」


「左ですよ、ナユ。そして看板のある大きな丁字路を左です」


「あ、そっか。よーし、行くぞー!」


 菜優は荷車を押しながら、元気よく歩きはじめました。土の剥きでた街道は整備が行き届いているとは言い難く、時折地面から頭を出した小石たちが、車輪を押し上げて荷車を跳ねさせます。しかししっかりと結ばれた荷物達は微動だにすることなく、大人しく荷車の上に収まってくれています。


 荷車を押し行きながら菜優は、改めてこの世界の景色をゆったりと眺めていました。街道に沿うように家々がたくさん立ち並んでいるのを見て、そういえばヴァレンタインの街には家らしい家があまり無いことを思い出しました。みんなどこに住んでいるのだろうと疑問には思っていたのですが、どうやらこの世界では街の中ではなく、街の周辺に家を建てる事のほうが多いようです。街中に建てたほうがお買い物にも遊びにも行きやすいし、絶対便利なのにな、と菜優は密かに考えていました。しばらく歩み進めていくと、街の近くに建っていた家々は減り始め、やがて殆ど見られなくなっていきました。


 日は西に傾きはじめた頃、菜優は少しお腹が空いてきたので、家から持ち出してきた塩漬け肉をはみはみ休憩することにしました。適当に見つけた木に背中を預け、菜優は腰を降ろします。柔らかな日差しは木の葉に遮られ、空気が凛と張りついてくるように感じます。そよ風が土の香りをはらませて、菜優のそばを通り抜けていきます。


「心地よい風ですね、ナユ」


「そうやなあ。こんな自然を感じられるのも、久しぶりかも知れやんなぁ」


「おや、なんと。ナユの故郷では、そんなにも自然が遠くあるものなのでしょうか。それはそれでなかなか興味深い…」


 コアトルとそんなよしなし事を話ながら、ふわふわ漂う陽気に意識を預け、菜優は瞼を落とします。ふるさとの景色を思い出して、暗くなった視界の中に一つ一つ投影していきます。その景色を懐かしみながら、菜優は話を続けます。


「うーん…車出して貰わな行けやんなあ。海なら近いけど、海行っても泳げへんしなあ。それに、友達と遊びにいくならフィーニクス通りとか、街のほうやしなあ」


「ほほ、海で泳ぐって発想はありませんでしたな。いやはや、異世界人の考えることはやはり面白い」


「え?海で泳がんの?海水浴場とかって無いんや」


「泳げる海はよっぽどないでしょうね。もし海で泳ごうとすれば、すぐさま足が底から離れ、たちまちに海流に飲まれ。どこへ流されるか予想の出来たものではありません」


 コアトルの話を聞きながら、菜優は海に投げ出されたあの日のことを思い出していました。昔の菜優であれば、あーそうなんや、怖いなあと軽く感じるに留まっていたでしょうが、今の菜優はその海の事故に命を脅かされています。


 意識を失っていたから恐怖も一瞬で過ぎ去っていきましたが、もしかして今度は、例えば流木に捕まりながら海を漂って、来るか分からない助けを待ち続ける…。想像するだけであまりに恐ろしくて、ぞぞっと背中に悪寒が走ります。その様子に気付いたか、コアトルは慌てて言葉を改めました。


「ああ、無神経な話をしてしまいましたか。ナユは海に溺れて死にかけたと言うのに」


「あー…気にせんでええよ。ただ、やっぱ海で泳ぐんはナシやなって思って」


 二人の間に、沈黙が訪れます。菜優は手に持った肉を頬張ろうとして、すっかり骨だけになってしまっていることに気づきました。食べられそうな所は残っていないそれを、菜優は後ろに放り捨ててしまいました。


 元の世界だったら怒られそうなものですが、この世界ではありがたがって集ってくるモンスターたちもいるものです。やがてバリバリと骨を砕くような音が聞こえてきました。その音の源を尻目に、菜優はにわかに立ち上がりました。


「ささ。休憩は終わり。ホワイトデイはまだまだ先なんやろ?」


 菜優の一言にコアトルはあっけにとられましたが、やがて差し伸べられた菜優の手にちょこんと乗っかってきました。


「そうですね。善は急げとも言いますし、参りましょうか」


 そして二人は街道に戻ります。途中で菜優は何者かの視線を感じたような気がして振り返りましたが、そこには木といくつかの茂みがぽつぽつと並んでいるだけで、特に目ぼしいものなどありません。気のせいやったかなぁと首を傾げながら、また視線を元にもどしていきました。


 日も地平線の奥へ落ち入って、空も黒に染め上げられてきました。街道には明かりの一つもなく、一寸の先すらまともに見通すことは出来ません。これ以上に進むことは困難と見た菜優は、ここで一眠りすることにしました。


 街道から荷車をどかし、荷物の中からシイナから借り受けた寝袋を引き出します。そして、いつかアニメで見たように地べたに繰り広げ、その中に埋まり込んでいきました。そのアニメでは、主人公に長年旅を共にしてきた相棒がいて、非常に情緒豊かな彼は主人公の代わりに戦ってくれたり、辛いことは分かち合って、嬉しいことは響かせあい、大きく大きく膨らませてくれていました。


 しかし、今菜優の隣にいるスライムは、その知識こそアテになれど、敵を見るなり忽然と姿を消したり、何度止めても突然服の中を這い上がってくるなどしてきます。両者を思い出して比べるほどに虚しさがじわりと溢れかえってきて、菜優は考えることをやめました。


 そして瞼を閉じようとしたとき、菜優は遠くに野犬の遠吠えを聞きました。菜優はそれをぼんやりと聞き流して眠ろうとしましたが、彼が自分を襲ってくるかも知れないと思い至り、緊張感をほとばしらせました。


 でも、今の菜優には出来ることはそう多くありません。出来ることがあるとして、クラッカーをいくつかばらまいておくくらいが精々でしょう。モンスターが運良く踏んでくれれば、あのバチバチとしたけたたましい音と共に炸裂して、撃退出来ることも期待出来ましょう。


 が、それを実行するには手持ちのクラッカーの数が心許ありませんし、モンスター達がクラッカーを踏んでくれることも、クラッカーが炸裂してくれることも確実とは言い難くありました。それでも菜優はそのうちの数個だけを地面に繰り広げ、そして浅く眠ることにしました。


 菜優が目を覚ますと、薄明の空が一面に繰り広げられていました。日本にいた頃はあまり見なかったような青黒い空を眺めて、ああ、まだこんな時間かと思った菜優は改めて眠ろうとしました。その時にまた野犬の遠吠えを遠くに聞こえてきました。菜優はやはり起きようと思い直して、寝袋から這い出しました。


 凛と張り付く空気たちは、太陽の温かみを覚えておらず、肌寒さすら感じます。辺りはまだ薄暗いままですが、目が慣れてくれば見えないほどではありません。荷物がきっちりと結ばれたままな事を確認すると、菜優はまた街道に戻りました。


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