022-目的地
組織的に追われるとはどう言った感覚なのだろう?
幸いなことに、俺は人生の中でそのような目にあったことはない。
対立したとしてもせいぜい口喧嘩程度で、人を殴ったこともないのだ
だからそれほど恨まれる覚えもなかったし、まして命を狙われるなど想像もできない。
だと言うのに、そんな危険な状況での身の振り方など、考えることすら俺には難しかった。
「とは言っても、すぐに追っ手がかかると言うことはないだろうがな。しばらくは手配情報が回る程度だろう」
そんな俺の不安を見透かしたように、村長は話を続ける。
「教会の連中も暇と言うわけではない。大規模なダンジョンで被害を出し続けていると言うのに、たかだか片田舎の無害な魔物1匹に割く戦力など持っておらんよ」
「『ダンジョン?』」
突然ゲームのような単語が出てきたな……と思ったが、よく考えればこれは俺の認識によって翻訳されているのだ。
つまりこの『ダンジョン』という存在は俺が考えるそれに近しい存在として語られているだけであって、本当にその言葉が使われているわけではないのだ。
毎度混乱する話ではあるが、俺にとってのそれと実際の存在が同一であるという保証などどこにもないのである。
ただわざわざ『ダンジョン』と訳されるからには、モンスターが出没する巨大な構造物であることには違いないのだろう。
そのようなものが実際に存在しているというのであれば、確かに戦力などいくらあっても足りないに違いない。
「ただし被害が出たり、名が売れすぎたりすれば別だ。くれぐれも目立つなよ」
「ハイ」
「うむ。では次だが……お前が目指すべき場所だ」
目立たずにさえいれば、当分は隠れ住むくらいのことはできるかもしれない。
しかしそれはあくまでも一時凌ぎでしかなく、近い将来の先延ばしでしかないのだ。
根本的に解決するためには、影響力のない場所まで逃げ切るか、対抗できる組織に入るか、または相手を滅ぼすかといった行動が必要となる。
もっとも、三つ目を選べるようなら逃げる必要はないだろうから、実質は二択だ。
「世界樹、と呼ばれる木を目指せ」
「セカイジュ?」
村長はわざわざその言葉だけを区切って言ってくれたので、発音が理解しやすかった。
ダンジョンといい世界樹といい、随分とファンタジックな惑星だ。
魔法がある時点で、今更何を言っているのかという話ではあるのだが。
「世界樹とはエルフという上位人種を生み出す大樹であるらしい。エルフたちは世界樹信仰によって魔導教会から独立している稀有な存在だ。そこに受け入れられさえすれば、お前の身の安全は保証されるだろう」
「ハイ」
世界樹にエルフ。お決まりの組み合わせだが、上位人種という言葉は気になった。
村長の物言いではまるで、樹木が何かの装置のようではないか。
どうもこの世界は、言葉こそ俺の知っているファンタジー的概念に近いものが多く存在しているが、定番の形からはズレているような気がしてならない。
それと魔導教会からの独立が稀有である、というのも気になる。
俺が逃げ回らなければならない宗教(?)の規模は、思ったよりもかなり大きいのではなかろうか。
「後はそうだな。その服では問題もあろうから、服の替えと……知っておいた方がいい言葉をいくらか教えてやろう。ワシがしてやれるのはこれくらいだな」
村長はそういうと、立ち上がって壁際の箪笥を漁り始めた。
彼は「これくらい」などと言うが、彼の語った情報は今の俺にとって、どんな宝石よりも価値のあるものだった。
そしてさらに、幾らかの物質や情報をくれようとしている。
しかし俺がしたのは砦虫を倒した協力くらいのもので、しかも彼は俺がどの程度のことをしたのかを知らないはずなのだ。
あまりにも大きい、無償の好意。
俺にはそれに対して、恩を返す時間すらない。
しかも俺は、言葉を知らないのでキチンとした礼を言うことすらもできないのだ。
「『ご好意、ありがとう、ございます……!』」
だから俺は、彼に対して平伏するように頭を下げて、知りうる言葉で礼を言うことしかできなかった。
意味が伝わるかは分からないし、願うしかない。
いや、そうだ。確かもっと前に、何か教わった言葉があったような気がする。
「シ、シュ……アリガトウ!」
ヤグに一つだけ教わった、例の言葉だ。
言葉の重さは分からないが、俺はこれ以外で例の言葉を知らない。
だからこの場で口にするには間違っているかも分からない。
しかしそれに対して村長は一つ頷いて、俺に服を差し出してくれた。
「うむ。これに着替えて、旅に出るがいい。その手伝いくらいはしよう」
「ハイ!」
そう答えつつ、俺はしばらく彼に頭を下げることを止められなかった。
◇◇◇◇◇◇
そして俺は、肩の後ろに荷物袋を下げた、まさしく旅人といった様な出立ちになっていた。
ただし場所は道に面した村の入り口ではなく、ヤグの棲家である木こり小屋の前だ。
「すまんな、聞けば砦虫を倒すのに協力してくれたらしいというのに、こんな送り方しかできんとは」
ヤグとダイエンが詳細な報告をした後、村長はこの形で俺を出発させることを決めていた。
村が魔物と手を組んだと思われない様に、領主への報告は『捕獲していた魔物に逃げられた』という体を取るらしい。
幸いにして俺は村人とはほぼ交流がないに等しいし、知っている人間には緘口令も敷かれるので、子供たちさえ口を滑らせなければ嘘がバレることはないだろう。
「問題ナイ、デス。アリガトウ」
俺は背負った袋をガチャガチャと鳴らして見せながら、教えてもらった言葉で礼を言った。
この中身は替えの服が1着と、他には大量の木の板しか入っていない。
もちろんただの板というわけではなく、教えてもらった文字が書いてある、俺にとっての教科書だ。
この板よって俺はちょっとした会話程度ならできる様になる……かも知れない。
大急ぎで準備したものの、数時間ではそれほど多くの情報が書き込めたわけではなかった。
逃げて戻ってきていない村人が隣村などに駆け込んでいる可能性もあるため、今日のうちに出立する必要があったためだ。
しかしそれでも、食料の必要ない俺にとってはこちらの方がよほどありがたい。
「うむ……。ジャール、ミラもよいな。ここで別れたら、此奴のことを喋ってはならん」
そして俺の出立の場には、村長とヤグとダイエン以外にも、ジャールとミラが集められていた。
主人公が喋れないから会話ができない!
会話ができないと話が広がらない!
話が広がらないから出せない設定が多い!
まぁテンポ的には助かるんだけど。
2023/02/14:加筆
以前にお礼の言葉教わってたの忘れてました(´・ω・`)




