上
「フランソワ!
貴様との婚約を破棄する!」
「あら、エドワード様、どうされました~?」
ある舞踏会の場で、第3王子のエドワードは婚約者であるフランソワにそう言い放った。
今宵は王国主催の社交の場。
王は体調が優れないからと欠席していて、第1王子は他国に外交に出向いている。
第2王子はこちらに興味がないのか、女性を見かける度にあれこれ声を掛けている。
第4~第7王子は心配そうな顔をしていた。
突然、大声を上げたエドワードの周りに人が集まる。
「聞いているのか!
フランソワ!」
「え~、すいません。
このスイーツの構造に夢中で聞いておりませんでした~」
顔を赤くして懸命に怒鳴るエドワードとは裏腹に、フランソワは手に持つケーキをしげしげと眺めていた。
その様子に、エドワードはますます声を荒げる。
「だいたい!
私は貴様のそういう所が気に食わんのだ!
その調子で、マリアのことも虐げたのだろう!」
そう言うエドワードの腕に、おどおどした様子でしなだれかかる女性が1人。
彼女がエドワードの言うマリア男爵令嬢である。
「あらあら、かわいらしい子ね~。
はじめまして~」
「は、はじめましてじゃないですわ!
何回も話し掛けたじゃ……」
マリアはそこまで言い掛けて、エドワードに見えないようにニヤリと笑う。
「ひどい!
ひどいですわ!
何度もわたくしのことをいない者のように扱って!
わたくしがしがない男爵令嬢だからって無視しなくても!」
マリアはそう言うと、エドワードの胸に顔をうずめた。
「フランソワ!
貴様!
マリアが泣いてしまったぞ!
なんてひどいやつだ!」
エドワードはフランソワに激怒しながらも、マリアに抱きつかれてにやけていた。
「フランソワ様がいじめ!?」
「そんな、まさかっ!」
その話を聞いていた群衆がざわめく。
マリアはそのざわめきに、エドワードの胸に顔を隠して、再びニヤリと笑う。
が、
「いやいや、そんなことはありえないだろー」
「そーねー。
フランソワ様はそんなことにご興味ないでしょうし」
「きっとまた新作スイーツのことを考えていて、話を聞いていなかったんですわ」
「あー、あり得るなー」
話を聞いていた人々はすぐにフランソワへの疑念を消した。
「なっ!ななななな!」
すぐに笑い話に変わってしまったことに、エドワードはさらに顔を赤くする。
マリアも想定外のことに、口をあんぐりと開けている。
「だ、だが!
マリアを無視していたことには変わりない!
そんな薄情なヤツとはやっていけん!
婚約は解消だ!」
引っ込みがつかなくなったのか、エドワードは再び声を荒げて、フランソワに婚約破棄を言い渡した。
「あらあら。
それは困りましたねえ。
せっかく新作のプリンを作ってまいりましたのに。
そんなことよりも、まずはプリンでもいかがですか?」
そう言って、にっこりと微笑んで自作のプリンを差し出すフランソワ。
「ふ、ふざけるな!
私は真面目に話をしているんだ!
貴様はもう私の婚約者ではない!
出ていけ!」
「あらあら、仕方ありませんねえ」
エドワードに怒鳴り付けられ、フランソワはしぶしぶ会場を出ていこうとする。
そこに、まだ幼い第4~第7王子が駆け寄ってくる。
「フランソワ様!
お兄様がいらないなら、そのプリンいただいても宜しいですか!」
「あらあら、良いですわよ。
たくさん用意してきましたから、皆さんで召し上がれると思いますわ」
フランソワの言葉に、王子たちがやったー!とプリンに群がっていく。
「ご来場の皆様の分もあるので、どうぞ食べていってくださいな」
フランソワが群衆に声をかけると、皆は声を上げてプリンに飛び付いた。
「うまい!
さすがはフランソワ様!」
「うーん!
このために舞踏会に来ている!」
プリンを食べた人々が次々に悶えていく。
「ぐぬぬぬぬぬ」
笑顔を浮かべる人々に、エドワードとマリアが悔しそうな表情を浮かべる。
「では、何やらそんな感じらしいので、私はこの辺で~」
そう言って立ち去ろうとするフランソワに、ソファーで女性を侍らせていた第2王子が声をかける。
「フランソワ!
婚約が解消されたのなら、気が向いたら俺の所に来いよ。
側室でも、宮廷菓子職人でも、おまえの好きな立場をやるからな!」
「なっ!」
驚くエドワードを尻目に、フランソワは第2王子に丁寧にお辞儀をする。
「ありがとうございます。
少し、考えさせてくださいまし」
「おう!
いつでも待ってるぞ~」
にこやかに手を振る第2王子に見送られ、フランソワはその場を後にした。
「…………」
「…………」
「…………」
無事に婚約破棄をしたはずなのに、周りからの冷たい視線にさらされ、エドワードとマリアはすごすごとその場をあとにするのだった。