17、汚嬢様、幸福の中で愛を得る!
オスカーの元恋人とミアの間に引き起こされた騒動から数ヶ月後、お互いの本心を知り心を通わせた二人は、かねてから約束していた婚姻を神殿の元で行うことにした。
しかし、そこに辿りつくまでがまた大変なものであった。オスカーが命を救った皇子が参加したいと申し出てきたため、丁重に断るために返事に頭を悩ませたり、隣国との境界線での小規模の争いに兵団の一部が駆り出されたり、お互いに立場ある身のために招待客を厳選せねならなかったり、という数々の苦労を乗り越えて今日という日を迎えたのである。
赤い髪に白い花を結いこまれたミアは、上半身は深紅でスカート部分が白いウェデングドレスを侍女に着せてもらい、艶やかな化粧を施されていた。
全身鏡で確認すれば、首元には母の形見であるダイヤのネックレスが煌めき、花嫁姿に華やかさを添えている。ミアはドレスの両裾を優雅に持ち上げて、浮き立つ気持ちを抑えられずに振り返る。
「どうかしら?」
「なんて美しいのでしょう……っ。奥様によく似ていらっしゃいます。ばあやもこの日を心待ちにしておりました。本当にようございましたね、おめでとうございます、お嬢様!」
「泣かないでちょうだい、ばあや。私にとってあなたは家族も同然よ。だから、オスカーの妻として至らないところがあった時は、あなたに指摘してほしいの。屋敷を移ってもよろしくね?」
「ええ! このばあや、お嬢様の為とあらば百歳を超えようとお仕えいたしましょう」
「うふふっ、私の孫まで面倒をみてくれるなら安心ね」
嬉し涙を皺の増えた手で拭うばあやに、ミアはおどけて笑ってみせる。母を亡くしたミアを慈しみ親身になって助けてくれたのは、実の父と、このばあやだ。時に叱り、時に褒め、ここまで育ててくれた。だからこそ、ミアはオスカーと新居の屋敷に引っ越す話が出た時に、彼にばあやを連れて行きたいとお願いしたのだ。
ずっと献身的に仕えてくれた彼女にせめて報いることが出来ればと思ったのである。オスカーからは快く了承を貰えた。ばあやにその話をすると、それはもう喜んでくれた。
コンコンと扉がノックされ、父であるエドモンドの声が尋ねる。
「ミア、式が始まりそうだぞ。準備は出来ているかな?」
「大丈夫よ。お父様が迎えに来て下さったのね。今そちらに行きますわ」
長く伸びたドレスの裾がミアの歩みと共に滑っていく。侍女達が両側から扉を開くと、エドモンドの前にミアは立つ。娘のウェディングドレス姿に、エドモンドは目に懐古を宿してうっすらと涙を浮かべた。
「こうしてみれば、ミディアによく似ている。片親ゆえに苦労をかけることもあっただろうに、お前は一度も母の不在について私を責めることがなかったな。それどころか、私を気遣いミディアが得意であったスープを作ろうとしたりと、本当に心の優しい娘に育ってくれた。少々お転婆娘で困らされることもあったが、そんなことさえ私にとっての幸せでしかなかった」
「お父様にはこれまで、たくさんのご心配をおかけいたしました。わたくしとオスカーが一時的に拗れていたこともご存じでしたわよね? それでも黙って見守ってくださったことに感謝しております」
「私の娘なら自力で解決出来ると思っていた。実際その通りであったな。……ミア、愛する者と幸せになりなさい」
「……はいっ」
深い愛情の滲む言葉に、ミアは震える声で答えて、微笑んだ。父の差し出した腕に自分の腕をからめて、二人は廊下をゆっくりと進んでいく。赤いカーペットが敷かれた先に、一際大きな扉があり、使用人が両側から開いていく。
白い光が差し込む神殿の中で、白い軍服を身につけたオスカーが待っていた。胸元には金の勲章が光っている。将軍の風格を纏う男には見惚れるほどよく似合う。
エドモンドの腕からするりと離れたミアは、優雅な一礼をして父に挨拶をすると、オスカーが差し出した手を取る。緊張で思わず手が震えてしまう。そんなミアをからかうように笑って、神父が朗々とした声で宣誓の言葉を告げるのを横目に、オスカーがそっと耳打ちしてくる。
「綺麗に化けたじゃないか」
「失礼な新郎ねっ」
「冗談だよ──本当は、美しい花嫁に惚れ直していた」
その甘い言葉に頬を熱くして押し黙ると、神父に誓いの口づけを促された。驚くほど速い展開に目を瞬いていると、凛々しいオスカーの顔が近づいてくる。そして──ミアは目を閉じた。
大きな鐘が鳴り響く。
「オスカー将軍とミア嬢に祝福あれ!」
ブリードの声に従って、結婚式に招待した兵士達が一斉に集まり、花弁を空中に撒きながら二人の為に道を作る。粋な計らいに目を丸くしていると、オスカーが笑いながらミアをお姫様抱っこした。
「ちょっとっ、オスカー!?」
「お前達の気持ちはありがたく受け取った。花嫁はこれからダンスの準備に入るために一度退席させてもらう。この後もパーティを楽しんでくれ」
「きゃあっ、恋愛小説みたいですわぁ~っ」
「まったく、オスカーらしい」
「オスカー将軍、頑張ってください!」
「普通の男に真似出来ないことを平然とやっちまうとは、さすが将軍だぜ」
「男らしい方ねぇ」
「仲が良いのは結構なことだ!」
「ミア嬢、どうかお幸せに……」
「これで我々も少し肩の荷が下りましたね」
「ほほほっ、愛されていて羨ましいこと」
颯爽と花嫁を連れ去る新郎に、笑い声と祝福の声が追いかけてくる。親しい者に恥ずかしい姿を見られたミアは顔を赤くしてオスカーを睨む。
「こんなガラにもないことをするなんて、もう酔ってるんじゃないでしょうね?」
「幸せにか?」
「あ、あんたそんな恥ずかしいことを言えるキャラじゃなかったでしょ!?」
「浮かれてるのさ。ようやくお前を手に入れたんだぞ。少しくらい羽目を外したっていいだろう?」
「……恥ずかしい人ねっ」
準備室に入ったオスカーは侍女達を視線で追い払うと、ミアを床に下して、まじまじと顔を覗き込んでくる。愛しさに蕩けた熱視線に焼きつくされそうで、ミアは恥ずかしくて目を逸らす。すると、それを遮るように頬に大きな手が添えられる。
「オレの忍耐力を試してるのか? そんな可愛い顔をするなよ。ダンスパーティなんて出ずにここでドレスを脱がしたくなる」
「なんてこと言うのよ! あなたには羞恥心ってものはないのかしら!?」
「恥ずかしそうに目を潤ませて、オレに喰ってほしいと誘うミアが悪い」
危険な色気で誘いかけているのはオスカーの方だ。熱に浮かされたように緑の瞳が妖しい吸引力でミアを腕の中に閉じ込めようとする。ここで負けたら、本当にドレスを手放すことになりかねない。
ミアはふと思いつく。口元をきゅっと引き結ぶと、思い切ってオスカーに抱き付いた。そして、彼の口端にちゅっと口づけてやる。
突然の口づけにオスカーが硬直した。その腕から力が抜けた隙に、ミアは逃げ出すと、茫然と口づけられた部分を押さえる彼に得意な顔を向けてやった。可愛い花嫁がおねだりしてあげるわ。
「ふふんっ、私だってやる時はやるのよ! ねぇ、一緒に踊ってくれるでしょ?」
「……驚き過ぎて正気に戻っちまったぜ。なぁミィ、もう一回してくれ」
「パーティに出てくれたら考えましょう。誰よりも愛しているわ、オスカー」
後ろから抱き締めてくるオスカーに、ミアは勝気に交渉を仕掛けた。婚約破棄から始まって、いろいろなことがあったけど、この腕の中には確かな愛がある。どんな未来であろうと、私達なら切り開いていけるわ。ミアは胸を満たす幸福に笑みを浮かべた。
復活した汚嬢様・ライバル編が、本日で無事に完結となりました。 番外編では長いかな? と思ったので、新しいお話しとして投稿させていただきましたが、書いていてとても楽しかったです。
読んでくれた皆様、ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!




