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― 千彰 ―


証拠のために録音しておいたボイスレコーダーの内容を流したのに、女狐はまだ信じようとしなかった。本当にある意味いい根性をしているとは思う。


「何の騒ぎだ」


部屋の入り口に俺の所属する営業課の班長が現れた。長めの癖のある前髪が眼鏡をかけた目を半分隠している。印象はもっさりして見えるだろう。でも、周りからは出来る人で通っている班長。


本当は声を掛けて来ない(・・・・・・)はずだったのに、よっぽど真琴が心配だったのだろう。それとも俺のことが心配だったのだろうか。


「ああ、森崎(・・)班長。先ほど目出度いことに一組のカップルが成立したのですが、そこの女子がそのことに難癖をつけてきましてね」


いつの間に現れたのか小山内課長が、班長こと迅さんにそう説明をした。周りにいる何人かは『ん?』という顔をして真琴と迅さんを見比べている。他の人は小山内さんの言葉に気がついていないようだったけど。


迅さんは今まで黙っていたことを本気でばらすつもりのようだ。だけどその前に、女狐の本心を暴いておくか。


「小山内課長。きっと最近になって、去年に流れた噂を知ったんじゃないですか」

「去年の噂? ああ」


俺の言葉に今年入社した女達以外は納得したようだ。そして呆れた様に女狐たちを見つめている。女狐は顔に困惑の色を浮かべながらも、まだ取り繕うように俺に話しかけてきた。


「私は本気で福沢さんのことが好きなんです。去年に流れた噂なんて知りません」


ある意味見上げた性格をしているとは思うけど、そのギラギラした目がいろいろ物語っているのだけどな。


「千彰、そろそろ終わらせてくれないかな。この後の予定がつかえているんだけど」


部屋の入り口からまた新たな人物の声がした。俺の事を名前で呼ぶ人間は限られている。そちらを向くと、案の定一歌姉さんを連れた司の姿があった。


周りからざわめきが起こった。それはそうだろう。真琴によく似た男前が、俺に似たかわいい女性を連れてきているのだから。


時計をみて呑気にしていられないことはわかったから、俺は女狐に視線を向けて言った。


「どこで聞いたのか知らないけど、大方俺が社長の親族だと知ってコナかけてきたんだろ」

「そんな~。私はそんなことしてません」


ほら、もう化けの皮がはがれてきているだろ。本当なら「知りません」が正解だろ。まあ、ツッコむだけ時間の無駄だから、話をサクサク進めるか。


「確かに俺は現社長の甥にあたるけど、俺とどうにかなったって旨い汁は吸えないぜ」

「だから、そんなつもりじゃありませんから」

「悪いけど、口を挟まないでくれないかな。話が終わらなくなるから」


女狐が俺の言葉に返したのを聞いて、悠木が口を挟んできた。目を見ると任せろという目をしていたので、俺は黙ることにした。


「君は福沢が現社長の甥だと知って近づいたんだろう。だけど残念だったね。現社長は雇われ社長だと公言している方だ。次の社長に相応しい人物が成長するのを待つ間の繋ぎだと言っているんだよ」


悠木の言葉を聞いた女狐の顔色が色を失っていく。


「うそ・・・そ、それは福沢さんのことではないの?」


それでも、一縷の望みをかけるかのように訊いてきた。


「それは違うな。そうだったら福沢はこんな分かりやすい恰好でここにはいないだろう」

「だって、この会社の創設者の親族が一つ上にいるって聞いたもの。その人と結婚すれば玉の輿だって」


女狐の言葉に皆の視線は真琴に集中した。見ようによっては隣にいる俺に視線が集中したように見えるだろう。やはり誤解した女狐がキッと真琴のことを睨んだ。


「やっぱり。福沢さんは森崎さんに騙されているんです。森崎さんは玉の輿狙いなんです」


女狐がそう言ったら周りから笑い声があがった。女狐は戸惑ったような顔をして、ついで怒りを張り付けた顔で怒鳴った。


「なんですか、皆さん。失礼です。本当のことを言って何が悪いんですか」

「ウフフッ、違うわよ。逆よ」

「あはは、そうそう。福沢君のほうが逆玉よ」


女狐のそばにいる先輩がそう説明した。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で女狐は動きを止めた。


「あのね、この会社の創設者は星谷健吾と言って、今は会長をしているわよね。その一人娘の夫が6年前まで2代目社長をしていたけど、不慮の事故で亡くなってしまったのよ。それで福沢社長は2代目の森崎社長の子供達が成長するまでの繋ぎを引き受けたというわけ。わかったかしら」


女狐は少しの間呆然としていたが、真琴の顔をしばらく眺めたあと、真琴と同じ顔の司のことを見て急速に生気を取り戻した。司にロックオンしたようだなと思ったけど、司も事の顛末を見ていたわけだし、なんといっても一歌姉さんがいるからよそ見をすることはないだろう。


「話は済んだか。それなら行くぞ、真琴、千彰」


迅さんが俺達に声を掛けてきた。


「あっ、お待たせしてしまってすみません、迅さん」

「ごめんなさい、兄さん」

「「「兄さん~!」」」


真琴の言葉に皆(特に女性社員)の悲鳴のような声が重なった。迅さんは眼鏡を外し、前髪をかき上げた。顕わになった秀麗な顔に女性社員の視線が釘付けになる。先に部屋を出ようとした迅さんは入り口で止まり、女狐のことを肩越しに横目で見た。


「ああ、そうだ。真琴の手を借りないと一人前に仕事もできないくせに、誹謗中傷は一人前の使えない社員は要らないから。性根を入れ替えてちゃんと仕事をしなければクビにするからな」


そう云われた女狐は腰が砕けたようにヘナヘナと座り込んでいた。まあ、迅さんの流し目の色気に中てられたの半分、リストラ予備軍宣言に力が抜けたのが半分だろう。


そして迅さんは入り口で待っていた人の中から春奈さんを見つけると、片頬をあげてニヒルに微笑んだ。


「待たせたな、春奈。我が婚約者殿」

「そんなに待っていないわよ、迅。面白いものが見れたし」


迅さんは春奈さんの肩を抱くと歩き出した。


「司と一歌も行くぞ」

「ああ、兄貴」


司も一歌姉さんの肩に手を回した。一歌姉さんは俺と目が合うと、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


俺と真琴もその後に続いた。そうして俺達は会社を後にしたのだった。



場所は移ってホテルの一室に俺達はいる。星谷会長の孫三組の婚約に当たり、それぞれの相手の家族及び親族との顔合わせだ。迅さんの相手の春奈さんの親族にはうちの会社の課長である小山内さんはいるし、司と真琴の相手である、一歌姉さんと俺は現社長の姪と甥にあたる。


それに春奈さんと十香姉さんは親友だし、迅さんと一歌姉さんは高校の同級生で、昴はうちの会社の植物の管理を任された会社の社長だったりするし。当然のように向坂と野崎もそれぞれのパートナーの隣にいた。


人数が人数だから最初から、かなり広い部屋が抑えられていたんだ。矢作と悠木、丹川までこの場に呼ばれて、三人は隅の方で縮こまっていた。


三人はあの後の阿鼻叫喚の場となった社内の様子を報告しにきたのだ。


昨日森崎家で俺達のすべての関係を聞かされた時の三人は、面白いくらいにうろたえていた。そのうちに矢作が覚悟を決めたように、今日の協力を迅さんに誓っていた。つられて悠木と丹川も協力の約束をしていたのは、少し可哀そうな気がしたのだった。



顔合わせが終わって俺のマンションに真琴と戻ってきた。

約束通り、真琴と愛について語りあった。初めての体験に真琴を泣かせてしまったのは可哀そうだったけど、俺も初めてで余裕がなかったことと許してもらった。


翌日の土曜日。真琴が作ってくれた朝食を食べたあと、俺はソファーから降りて正座をした。俺の様子に真琴は首を傾げたあと、同じように向かい側で正座をした。


「真琴に話さなければならないことがあるんだけど」

「なに?」

「えーと、仕事のことなんだけどさ」

「仕事? 辞めて昴さんの会社に行くこと?」

「真琴、知っていたのか」


真琴は俺の顔を不思議そうに見てきた。


「大学の時に言っていたじゃない。卒業したら昴さんを手伝うから入れてくれって。でも、うちの会社に就職したから驚いたわ」


・・・そういえば、森崎家で飲んだ時にそんな話をしたことがあったな。真琴が飲むと忘れてしまうと思っていたから、俺は話したことを忘れていたんだ。


そうしたら真琴が少し恥ずかしそうな顔で俺の事を見てきた。


「私のためにうちの会社に来てくれたのよね、ありがとう。もう、大丈夫だから千彰の好きにしてね」

「本当にいいのか。多分給料は下がるぞ」

「それはまだ若いことだし、二人で働けばいいじゃない」


真琴がそんなことは何でもないというように言ってくれた。俺は立ち上がると真琴のそばに行ってギュウっと抱きしめた。


「ありがとう。本当に真琴は最高だよ」


俺は真琴の唇にそっと口づけを落としたのだった。


― 完 -


意地っ張りの恋模様 完結しました。


とりあえず、花束とプロポーズシリーズの親戚関係にあたる話は、これで終わりました。

まだ、3作ありますが、そちらは流石に親戚にはなりません(笑)

ですが、3作品ともこれまでに出てきた人たちが主役となります。

また、改稿がすみましたら、投稿したいと思います。


それでは、本編に入らなかった設定をいくつか。


・この時点でのみんなの年齢

34歳 小山内宏司

29歳 森崎迅  福沢一歌

28歳 北見春奈 福沢十香

24歳 福沢千彰 森崎真琴 森崎司 向坂朱音 高杉昴 野崎香子 矢作賢太 悠木覚 丹川千夏 


・真琴・司・迅の両親

真琴と司が大学に入った年の秋に旅行中の事故で亡くなった。その旅行は兄妹3人でお金を出し合ってプレゼントしたものだったから、3人の落ち込みようは凄かった。それぞれ現婚約者たちに支えられて立ち直った経緯がある。


・迅と司

迅は森崎迅として入社。入社半年で社長である父を亡くし、すぐに社長就任の打診があったけど経験不足をあげられた。会長である祖父が社長に戻る話もあったが、娘夫妻の死に打ちのめされて体調を崩す。重役一同の推薦により副社長をしていた福沢氏に社長をお願いすることになった。迅を予定通りに7年後に社長につけるために、各部署に短期で送り込み仕事を覚えさせた。いまは営業課で班を率いている。本当は千彰に迅が抜けた後の班を任せるつもりで引き入れたけど、真琴とのことが片付いたら会社を辞めるつもりと知り断念。他の奴を後継として鍛え中。迅は春から社長秘書として1年動き、各取引先に顔を覚えさせる予定。

司は大学を卒業する前に、祖父のところに養子に入っている。なので本当は星谷司である。祖父とは真琴の結婚が決まるまで森崎家にいていいと言われているけど、実は森崎家と星谷家は道を隔てた隣だったりする。娘を亡くして気落ちしかけた祖母は森崎家の手伝いに顔を出して、逆に生き生きとした。それと司は将来迅を助けるつもりで、最初から支社勤務。


・真琴が何故会長の親族だとバレたのか

これはたまに会社に顔を出す星谷会長が、孫娘の真琴のことを心配してことあるごとに様子を見に来て、それを止めてくれと抗議をしていたところを、他の社員にバレました。しばらくは真琴の周りをウロチョロする男共が増えたけど、しっかり千彰がガードしました。勿論矢作と悠木も協力しました。


こんなところかな?

他に知りたいことがあれば、感想にてお知らせください。

お待ちしております。

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