第21話
赤い薔薇は眠っていた。
白いベッドにその赤い髪と花を散らせて、百合の香るその部屋で。
「ライズは、ずっとここにいるの?」
白百合の隣で座っているリリィが聞いた。
かれこれもう3時間近く、二人は赤薔薇が目覚めるのを待っている。
「いるよ、赤薔薇が目覚めるまで。」
「どうして?お仕事は?」
「今日、使いの者が全員戻ってくるからね。平気なんだよ。」
少し離れたソファーに座っているライズはそういってリリィに笑顔を向け、またすぐに目の前に置かれた資料に目を向けた。
山のように積まれた資料はどれも白く、その横に積まれた分厚い本たちはどれも茶色くなっていた。
時折何かを探すようにその分厚い本を取り出すと、白い紙に何かを書き込む。
その動作の繰り返しを、リリィは眠る赤薔薇の横顔と交互に見ていた。
「リリィ、何か食べたいものはないかい?」
資料を見ながらライズは言った。
「ここを出てまっすぐ行くと暗い青い色をした扉があるから、そこにいるガーナという使用人に何か作ってもらうといい。」
ライズの言葉にリリィは顔を落としてそっとシーツを握り締める。
人形といえど、何か食べ物は食べる。それが血となり肉となるわけではないが、生命の糸を繋ぐものが必要なのだ。
お腹が減ることはない。しかし、体力は落ちていく。それが酷くなると、階位降格へと繋がる。
「・・・」
白百合と赤薔薇の花びらがベッドを埋め尽くし、そこに美しい花園を築く。
そしてそこにたった一人のお姫様が眠っているのだ。
「リリィ?・・あぁ。ごめんね、リリィ。」
俯くリリィを見たライズは謝ると、ソファーからベッドのほうへと歩いた。
近づく足音にリリィは少しの警戒を敷いた。そこに眠ったままの姫を守るために。
ライズはそっと確実に一歩ずつ近づき、俯いたままのリリィの顔を覗き込んだ。
「俺は何も分かってないなぁ。・・・何か食べたいものはない?ここへ運ばせるよ。」
何か食べなくてはならない。しかし、ここを離れることなど白百合にはできない。
リリィにとってライズは確かに他とは違う存在である。
しかしだからといって、赤薔薇をこのままにしていけるほど、信用しているわけでもないし、赤薔薇を想う気持ちはその程度ではない。
「君はずっとここにいるんだね。この子が目覚めるまで。・・目覚めても。」
「・・・ライズ。」
「君達を離れ離れになんかしないさ。ずっと傍にいればいい。それで安心するのなら。それが望みなら。」
ね?とライズはまたリリィに笑いかけた。
リリィが赤薔薇の傍から離れられないということを、ライズはそれでいいと言った。
リリィはその言葉に顔を上げ、赤い瞳を見つめるとにっこりと微笑んだ。
「何よりも望むことなの。だから・・・。」
「そう、いいよ。赤薔薇もきっとそれを望んでいるだろう。何か食べなくてはね。何がいい?」
赤薔薇に向けられた優しく穏やかな眼差しを、リリィは見逃さなかった。
人形師が人形を見つめるその目に、愛おしさを見つける日がくるなんて。リリィは驚きそして笑うと答えた。
「じゃぁ、スパゲッティがいい。ミートソースのスパゲッティ。」
「分かった。」
昼の暖かな日差しが大きなガラスを通して注ぐこの部屋は暖かかった。
使用人を呼びつけ、ライズはその部屋に食事を運ぶように命ずるとまた積み上げられた資料のもとへと戻った。
それからしばらくすると、その部屋には薔薇と百合とスパゲッティの香りが漂っていた。