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puppet play Ⅰ  作者: 乃空
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第19話

“「俺と一緒に生きてくれないか。」”

赤薔薇の耳の奥でその声が静かに響いた。

人形へと落ちた赤薔薇を、女の子だといって心配した。

白百合を守るために、自ら盾となり白百合を抱きしめた。


それはいったい、何を意味するのか。

そしてシザンクルスは全てを見通したような目で赤薔薇に言ったのだ。

“『この世界は変わるのよ。ライズの手によって、全てが。』”


「俺は人形師だよ。だから、この子たちを守るために鋏を握る。」


風に吹かれて男は言った。

自らを真の人形師だと。



「・・人形を守るために、鋏を握るだと?」

「あぁ。まぁ、君に理解してもらおうとは思っていない。最小限の理解者だけで十分だからね、俺は。」


誰の意にそぐわずとも、自分の傍にいるものだけが理解していればそれでいい。

そうなるために、ライズは手に届くはずもなかったヴェスタ家の椅子を手に入れたのだ。


「シャンベルシュ家はまさか、君の独断で俺に、ヴェスタ家に逆らおうとは思わないよね?」


こうなったとき、全てを一番楽にそして迅速に片付けられるだけの地位。

それがヴェスタ家当主という、この世界で最も権力を握る位だった。


「・・ちっ。」

「分かったら、黙って引いてくれ。」

「・・・・・・・いや、引かないね。人形をそのままに自分の土地を明け渡すなど、シャンベルシュの名が許さない。」


リークはそういうと鋏を銀から蒼に変え、ライズへ向けた。

人形師の鋏は魔剣でもあり、獣剣でもあり、ただの人形師の鋏でもある。

鋏の力は、その鋏の主の力量によって大きく変わり、人形師の力を表すものでもあった。

ライズは自らの鋏は取らず、白百合の肩から抜き取った鋏を握りなおした。

ライズがその鋏を大きく振ると、鋏の先についていた白百合の血が一瞬で振り払われ、その刃が鋭く尖った。


「鋏を向ける相手は、俺でいいのかな?」

「・・・とんだ駒だったな・・・ライズ・ヴェスタ。」


もしや追い風になるかもしれないとさえ思っていたリークは、そう言いながら鋏を構えている。


「そう。ならこちらにも手はある。」


そういって鋏を下ろしたのは、ライズだった。

どちらにせよリークは鋏を握ったところで、後ろには黒の女と背の低い少年がその背に鋏を向けているのだ。

ライズは下ろした鋏を投げ捨て、赤薔薇と白百合がいるほうへ振り返った。


真紅の瞳がライズを映す。

白百合は目を閉じ眠っているようだった。


「二人とも、俺と契約しないかな。」



ライズはそういうと、赤薔薇の前に座り込んだ。

ライズの声以外、何の音もしなかった。


「もちろん、君達を縛るためじゃない。君達が人形じゃなければ、帰ってくれるらしいからね。」


契約。それが縛るものじゃないというのなら、いったい何に対するものなのか、赤薔薇は考えた。

言葉は意味を持たないだろう。そこにあるのが何であれ、未来は変わらずに先にあるのなら。


「お前の利益は?」


赤薔薇の右足からは血が止め処なく地へと流れ、その地を真っ赤に染めたてる。

その契約に何の意味があり、そこに何の利益が存在するのか。

赤薔薇の頭の中ではもう、何一つ浮かんできやしなかった。その赤薔薇の質問にライズが答える。


「利益か。繋がることに意味がある。」


縛るではなく、繋がる。ライズの契約の意はそこにあることを赤薔薇は知る。

何がために、誰がために、契約するのかとその言葉に意味などなかった。


薔薇の歌姫と呼ばれた赤薔薇を司る人形が、赤い花びらを微かに散らしていった。



「契約するわ。」



人間であったものが、人形へと成り下がり、悲しみの連鎖を生み出す。

元は同じ命であったものが、何故主と契約魔と別れるのか。

そんな答えはもう、誰も求めることさえ止めてしまったのに。


「白百合は?」


ライズがそう問うと、藍色の瞳がそっと開くと同時に言葉が零れた。


「赤薔薇が・・誓うな・・ら。赤薔薇と・・ずっと一緒にいられ・・るのなら。」

「あぁ。君達を引き離しはしないよ、絶対。」


そういったライズの言葉を聞くと、白百合は安心したように笑顔を小さく見せて目を閉じた。

赤薔薇はそんな白百合を見て、右足の傷口を押さえていた手を地に付けて頭をそこへ落として言った。


「我等はここに命絶つその瞬間まで忠誠に背かず、御前を離れず、命を捧げ仕える事を誓う。」

「承知。」



目に見えるものでもない契約の糸が、ライズと赤薔薇と白百合の間に巡る。

絡み合うものが糸であり、また縛りあうのが糸である。しかし、時に糸は巡りそして繋がるものである。

まるでそう、人形を動かす生命の糸のように。



「さぁ、これで、ここにいる人形は全て片付いたんじゃないかな?リーク・シャンベルシュ。」



シザンクルスの炎に壊された人形。

かろうじて息はあるものの動くことができない人形。

動くことはできるが、シザンクルスが目を光らせるこの状況で動くほど愚かではない人形だけとなった野原。


リークは言葉を失った。

人形師の彼が何故、人形を救うために契約など結んだのか。

何故、シャンベルシュをいや、人形師界全体を裏切るようなことをしたのか。

リークの理解のできる程度を完全に越えていた。


「文句は言わせないよ、ヴェスタ家の主であり人形師界のトップに立ったのは俺だからね。」


冷たい赤い目が蒼い目を睨みつけ、風がふく。

リークは静かに手を動かし、構えていた鋏を玉へと戻した。

その光景に、シャンベルシュ家の人形師たちは次々に鋏をしまうと馬にまたがった。


「・・・ライズ・ヴェスタ。とんだ駒だった。」


リークはそういうと後ろに立ってなお刃を向けている二人の間を通り抜け馬に乗る。


「それはどうも。」


ライズが笑ってそういうと、サラとニックが鋏をしまった。

その様子をもう力なく見ているだけだった赤薔薇がそっと目を閉じると、

傾いたその体を大きな腕が受け止めてそっと抱きしめた。


「・・もう、平気だ。」


その言葉を最後に赤薔薇の意識は途切れた。

優しい言葉と暖かな温度が持つ意味などもやはどうでもよかった。

何が起こったのかも理解できぬままに、世界は常に動くものなのだから。


ライズはその後そこに生き残った人形達を散らせ、死んでしまった人形の片付けをサラとニックに頼むと、

シザンクルスの背にそっと赤薔薇と白百合を乗せて、城へと帰ったのだった。



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