国土攻防戦
ハッカーから直接メールが来た。内容は侵略イベントについてだ。
侵略イベントとは発展した国、村に暗黒軍と言われる敵Mobが大挙して攻めてくるというものだ。1週間に2回――木曜と日曜に攻めてくるのだ。午後8時に侵攻してきて午後10時には敵Mobは引いていくのでそれまで守り続けなければいけないというものだ。
それより午後6時に起こる体格などが一斉変更されるっていうのが気になる。午後6時まで10分程しかない。とりあえず待ってみるか……。
午後6時になり俺は鏡を確認した。鏡には現実の俺の顔が精確に形づくられていた。
「今日は3人が来てからの1ヶ月記念パーティだし、その時色々話し合うか」
1ヶ月記念パーティはギルドホームで行うことになっている。集合は午後6時。とっくに過ぎている。
「急がないとな」
俺は急いでギルドホームに向かった。
ギルドホームの扉を開け「遅れてすまん」と言いながら中に入っていく。だが、ギルドホームには誰もいなかった。みんな遅刻だろうか? 俺はそう思い椅子に座り待つことにした。もうすぐ来るだろうと思った。
――だが、ギルドホームには誰も来なかった。
午後8時になり、俺は家に帰り戦闘準備を始めていた。なぜなら今日は日曜日で、侵攻イベントが起こる曜日だからだ。
全身ルビー防具に身を包み、ルビーの剣と炎属性の付属効果を持った弓と、矢をいくらか持った。
メールには、敵Mobは街への入口より少し遠いところにポップすると書いてあった。俺はそれを信じ門がある方の城門に上っていた。そろそろ午後9時になる。すると、遠くの方から人影が見えてくる。それも尋常ではない数だ。
「おい、まじかよ……」
思わず腰を抜かすレベルだ。周りを見回すが、誰も来ていなかった。
さらにお知らせが流れ、敵は「暗黒軍Lv1 攻城部隊2個小隊」と言う名前らしい。小隊は60体ぐらいだから2個小隊ということは120体ということになる。
Lv1ということはLv2やLv3もあるということになる。それを思うとぞっとしてしまう。
そんなことを思っているうちに弓矢の射程範囲内に敵が突入する。とうとう戦いが始まるんだ。そう思うと恐怖感に見たされていく。矢を発射しようとした手が止まる。
これを撃たないと死ぬのに怖くて撃てない……。
そう思った瞬間、肩に何らかの違和感を感じた。肩には矢が刺さり刺し口からはポリゴンの欠片がぽろぽろと落ちている。血じゃない所が唯一の助けだ。
振るえる手で俺は敵に矢を放つ。炎属性を纏った矢は空気を切って進んでいく。俺の放った矢は勢いよく城壁に走ってきていた暗黒軍の歩兵隊の1体に突き刺さる。勿論一発で死ぬはずがない。俺はさらに矢を取りだし撃ち続けた。だが、あまりに効果が無さすぎる。
暗黒軍の歩兵隊は防具に身を包んでいるせいか矢の威力が半減しているのだ。歩兵隊には近接攻撃が有効ということだ。
「なら下降りるか……」
近接が有効ならそちらで攻撃した方が良いだろう。俺は城壁の階段を駆け下り門を開け郊外に出る。門の外に出ると既に暗黒軍の歩兵隊は間近に迫っていた。門に向かって迫っているのを見ると、1つの目標に狙いを定めるとそれを倒すまでは追い続けるパターンのようだ。
俺は剣を引き抜き身構える突撃する。先頭を走っていた暗黒軍の歩兵隊の数人と衝突する。俺は歩兵隊が剣で攻撃してくる前に、剣を乱雑に振り回し斬撃を与える。1発では死なないものの2発の攻撃を当てると倒れ、少量の経験値を獲得する。
――意外と弱い。
そんな言葉が脳内を過った。最善を尽くした装備で負けるはずがない。そう思った束の間、俺は窮地に陥る。
視界は額から垂れる汗で滲む。拭っても垂れてくる。周りは囲まれ剣を突きつけている。俺は必至に抵抗するも弱い力であるが故殆どを弾かれてしまう。
「くそっ……!」
俺は微かに舌打ちする。俺をここまで追い詰めたのは疲労だ。20体の歩兵を倒してからは別に強くもない相手に苦戦するようになっていた。30体を超えると今の状態に陥ってしまった。まだ20分しか経っていない。俺は乱雑に剣を振り回し抵抗するが、包囲の輪を広げることぐらいしかできない。相手はちょこちょこ攻撃してくるため俺のHPはゆっくりではあるが確実に減っていた。
敵の攻撃は止まない。やっぱりこうなるんだ。予想はしていた。一人なんて無謀すぎたんだ。覚悟していても怖い。死にたくない。
「助けて」
悲痛の思いが声に出た。その時、包囲していた歩兵が燃え出したのだ。というよりも炎属性攻撃を受けているのだ。よく見ると視界の上の方から矢が飛んできている。俺は上を見上げた。
「お前ら……」
そこいたのはBeBeとWanKAとココロの3人だった。
「ごめんなさい。遅れちゃいました」
ココロは申し訳なさそうに言う。
「助けてもらってあんなに優しくしてもらって逃げるだなんて間違ってると思ったんです」「今度は私たちが助ける番ですよ」
3人は微笑んだ。
「とりあえず上がってきてください」
ココロはそう言って、城門を開けてくれた。俺は敵の集団から抜け出し城門を潜り所内に入る。
「ありがとう。とりあえずこの状況を打破しないとな」
既に歩兵は城門を破壊しようと攻撃している。
「はい!」
俺たちは急いで城壁に駆け上がった。
「はぁはぁ……」
時刻は9時半。あれから1時間以上戦い続けた。その戦いも終盤を迎えた。敵歩兵隊を壊滅させることに成功し、敵弓兵隊の追撃をした。
ほぼ完全に敵を壊滅させた俺たちはギルドホームの椅子に座っていた。
さっきは戦場にいて疲れていて意識していなかったが現実の顔になった3人の顔は前の仮想世界にいた3人の顔とほとんど変わらないのだ。やっぱり誠実なんだなぁ……。
俺はって……? 俺の思うがままに改変してるから現実と仮想の顔のギャップが凄いことになってるのだ。
「えっと……。ユウさんですよね?」
この有様である。
「そうだよ。驚いたでしょ」
「でも、意外と普通なんですね」
BeBeさんは悪戯にくすくすと笑った。そんなにからかって楽しいのだろうか?
「その話は置いといて……。状況確認しようか」
俺は話題を元に戻す。
「矢は200本以上失いましたが、弓兵追撃でのドロップで矢が40本手に入ったのと運営からの報酬により100本で60本の損失ということになりますね。また門は破壊されてはいないものの次の侵攻までに修復しておかないといけませんね」
「な、なるほど……」
かなり的確な事後報告で驚きを隠せない。
「敵が何をしてくるかは分からないので、次の防衛作戦として水堀と郊外にいくつかのバリケードを作るといいと思います」
「なるほど。じゃあ来週木曜に備えて水堀とバリケード、後モンスターを狩って矢も集めよう」
「分かりました」
「そういえばシロは助けに来てくれなかったんだな……」
俺は心の中で思っていることを言った。たった顔がばれる程度で壊れる人間関係だったなんて少し残念だった。俺は壊れていないと信じていた。
「きっと、恥ずかしいんですよ。僕も恥ずかしかったですよ」
「そうかなぁ……」
確かに、顔が現実のものになると聞いた時俺も少し恥ずかしかったのを覚えている。
「じゃぁそういうことにしとこうか。とりあえず今日は疲れたし解散しよう」
「そうですね」
俺たちは午後10時半にギルドホームを解散した。