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異世界転生復讐劇  作者: サメラバリー
スターエデン
1/2

再会

簡単に言うと俺はただの人間ではない。

人間の女とレッドドラゴンの雄との間の子供だ。グラセフと呼ばれ蔑まれ生きて来た。グラセフとはドラゴン界から追放されたドラゴンのことだ。もちろん、それには卑猥な意味まで込められている。

父は俺を産んだ時に母が死んだショックで物心も付いていない俺をしょっちゅう翼でぶった。そのせいで背中に生涯消えない痣ができた。

父、ラハードはそれでも時々、俺に優しい時があった。特にエングラシアムの土地の花が咲き乱れた崖の上に半分鱗に覆われた人間の姿の俺を連れて行き、「どうだ?美しいだろ、リチャード」と語りかけて来た。それに対して俺がどう答えたかって?もちろん花に吸い寄せられて返事ができなかった。ラハードは嫌なヤツだが、とにかく救いようのない野郎ではなかった訳だ。

俺はしばらくして言った。

「ああ、綺麗だ、父さん」

ラハードが自分を褒められたように満足気な顔をする。爬虫類のような眼から威圧感が消えていた。

しかし、それも束の間、俺が5歳になった頃には、俺に見向きもしなくなった。殴られるよりは有り難いが、全く何の興味も示されないのは子供心ながら、なかなかに辛かった。ラハードは人間の女に欲情する変態であり、いつも女の臀を追っかけていた。俺はそれにはもううんざりしていた。

エングラシアムの竜の巣〈リーク〉から離れる。行く宛てもないままに人間の世界を彷徨う。

俺は行く先々でグラセフと呼ばれた。「あのグラセフ、どっかにやって頂戴。見るも汚らわしい」「臭いと思ったらグラセフか」

俺は途方に暮れた。

そして、とうとうやってしまった。


俺は荷馬車で馬糞と仲良く寝ていた。

ガタンゴトン音が響く。鱗が下手に叩きつけられ痛みを伴う。グラセフの寿命は短いと聞く。人間の身体に大量のマナが含まれているのだ。それに鱗に侵食される身体はとても不便だった。

早朝、太陽をバックグラウンドにした手綱を持った男が藁の上で寝ている俺を見つけた。

「チッ、グラセフか。綺麗な嬢ちゃんだったら高値で売れるがまあいい」

3日以上何も食べていない俺を男は力任せにオークションへ連れて行った。抵抗しても無駄だった。6歳まで成長した俺でも結局、クソガキだった。クソガキのグラセフだった。

馬車は数時間でオークションに着いた。着飾った紳士、貴婦人の中では俺を連れた男はみすぼらしかった。

人の数は凄まじかった。高級感が溢れる観客席の中央を奴隷がひざまづかされていた。瞬きすら許されないような熱気と耳を塞ぐことを許されない轟音に恐縮さえ覚えた。

俺はエントリーナンバー19だった。

エントリーナンバー18の黒髪の綺麗な女の人が2億8千ゴールドで売られていく。彼女は感情を失くした表情で、裸体のまま重そうな首輪を強引に引っ張られ、奇妙な眼鏡の男に連れて行かれた。

俺は鱗があるため、裸は平気だ。だが、彼女はどうだろう。特に女性は恥ずかしむ傾向があると俺は知っていた。気の毒にと思いつつ、馬車の男に蹴飛ばされてオークションの中央に躍り出る。

ブーイングコールが始まった。

あまりもの不評に気付けば俺は泣いていた。

「グラセフなんか金をもらってもいらないですわ」

「こんな価値のないもの誰が欲しがると言うのかね」

「くだらない」

そんな中、でっぷりと太った高級な指輪を全指に嵌めた男が一言賭けた。

「3億ゴールド」

辺りが凍ったように静まり返る。視線を一身に浴び、低い声でもう一度太った男が言った。

「3億ゴールド」

司会がおチャラけた声で「出ました!!」と叫んだ。

「落札なるか!?」

俺を連れて来た男が唖然とした表情から成り上がりの余裕の笑みに変わっていった。

「グラセフに3億は正気の沙汰ではございません」

「ルーマスさん、辞めておいた方が良いですよ」

ルーマスと呼ばれる男の周辺が宥める調子に変わった。

ルーマスは、ゆったりとした声で言い放つ。

「私は悪趣味なものでね。お分かり頂きたい」

ルーマスは3回目の言葉を吐いた。

「3億ゴールド」

辺りが再び沈黙の帳に覆われる。

司会がハッキリ告げた。

「落札!!!」

ルーマスが俺を迎えに来る。栄養失調で動けない俺を丁寧に抱き抱えて連れて行った。俺は鱗で重いはずだが、その様子を微塵も見せなかった。

安堵してルーマスの腕の中で意識を失う。

救われた。そう思っていた時も俺にはあったのだ。


初めて風呂というものに入った。シャンプーとボディソープを間違えて使い、ルーマスに笑われた。

「名前は何て言うんだね?坊や」

俺は警戒心をスッカリ解いていた。

「リチャード。グラセフのリチャードさ」

「リッキーだね、愛称は」

今までの生い立ちを話す。俺はルーマスという男に買われたという事実以外は友人ができた気分でいた。

「私の本名はルーマセニア=ロンド公爵なのだよ」

ルーマスは一言一言噛み締めるように話す。そういうところも俺には好感が持てた。

「リッキー、身体が綺麗になったら何が食べたい?」

ルーマスが俺の頭を撫でる。

俺はまた生い立ちを話す羽目になった。

「そうか。親父さんが竜だから、魚や炎しか食べて来なかったのか。そうか」

「たっぷり野菜と三ツ星レストランのステーキを喰わせんとな」

弾丸トークのようにルーマスが続ける。何を意図しているのか分からなくて俺は困惑した。

「何を困った顔をしているのだね?たっぷり可愛がってあげるとも」

その時、3億ゴールドも出して自分を買ったことの意味を理解しようとしてぞくりと背筋が凍る思いをした。あまりにも優しい態度の中に時々、獲物を見る狩人の眼がルーマスの中に見られた。

ペドフィリア。

小児愛。

ホモセクシュアル。

この手の男に付いてくる言葉だ。

俺は飯を食べ尽くしたら、脱走を図ることにした。

身体中の垢を落とし切ると、寒い身体を強ばらせながら風呂場を後にする。頼んでもないのにルーマスは俺の全身を優しく拭った。

「これからこの服を着なさい」

バスローブを渡される。ダボダボだが、より色っぽく見えるのに気付いて俺は顔を赤らめた。

「……サイズ合ってないです」

ルーマスはニヤニヤ笑っている。

「リッキーいいよ、リッキー」

風呂場では外されていた首輪を再び付けられる。力強さ勝負は圧倒的だ。

次はお姫様抱っこされて、ゴージャスな食堂に移動した。

匂いだけで分かる。幾らでも胃の中に入る。最高級の食材で彩られた楽園だ。

俺は、歳相応の無邪気な子供になって椅子を跨ぐと物凄い勢いで食い散らかし始めた。最初、ルーマスに怒られると思っていたが、ルーマスは満足そうにそれを見ている。

チキンやローストビーフやケーキは当たり前だが、1番フライドポテトを気に入った。美味し過ぎてこのまま食べ続けたまま死んでもいいと思った。ルーマスに何をされようがこんなに贅沢ができるなら、一生ここにいてもいい。

「美味しいかい?リッキー」

ルーマスがウキウキした調子を隠さず聞いてくる。

「ご主人様、美味しいです」

このタイプはご主人様と呼ぶものだとラハードから習った。〝グラセフのお前にはご主人様が必要だ。あるいは野垂れ死ぬか〟

ルーマスは愛おしそうに俺の頭を撫で回す。

「そんなに急いで食べなくても料理は逃げないよ。ゆっくり噛みなさい」

コッテリした肉汁に感動を覚える。こんなに美味しい肉は初めてだった。噛み締めて食べるとより味わえて幸せを体感する。グラセフでも幸せになってもいいのだろうか。そんな言葉に涙が滲む。

「泣いているのかね」

ルーマスが隣で座り、食事を始めた。10人分ぐらいの大きなテーブルには不釣り合いだった。

「美味しくて……俺、こんなに食べたの初めてなんです」

「もっと食べてもいいのだよ。今夜、私の部屋に来る約束ができるならね」

俺は頷くしかなかった。

「何されてもいいです。こんなに優しくしてくれるなら」

ルーマスが舌なめずりする。

「後悔するよ、リッキー。一晩中可愛がられるのはちょっと痛いからね」

ルーマスのルビーとエメラルドとダイヤモンドの指輪がシャンデリアの光と重なって乱反射する。

俺は性知識がまだなかった。だから、可愛がる=頭を撫でたり、抱き締めたりすることだと本気で信じていた。

食べる。食べる。食べる。

飽きた時にはルーマスが獲物を見る眼でこちらを見ていた。


通されたルーマスの部屋は暗かった。大きなベッドがある他、壁に何かぶら下がっていた。

俺が戸惑っていると、ルーマスは手枷で壁に俺を固定し始めた。

バスローブを脱がされる。

半人半竜の身体が露出する。

「鋭いけど短いものと鈍いけど長いもの、どちらがいいかね」

俺は身体を震わせていた。暖房は付いていた。しかし、何をされるか分からない不安でパニックになっていた。

「おー、よしよし。震えているね。大丈夫。痛いだけだからね。泣かないで。おー、よしよし」

ルーマスは言葉を続ける。

「鋭いけど、短いものを試してみよう」

ルーマスの手には鞭が握られていた。

俺は泣きながら懇願していた。

「イジメないで下さい。痛みつけないで。お願いします」

「最初は痛いだけかもしれないけど、段々気持ち良くなってくるからね。おー、よしよし」

俺は情けなかった。徹底的にその夜、鞭を振られ続け、身体中ミミズバレして、痛みのあまり失禁していた。

気持ち良い?まさか。俺はマゾヒストではない。

ルーマスへの好感度マイナス100だ。


そんな日々が1週間続いた。バスローブを着ても直ぐに真っ赤になる。男の子の日だ。早過ぎる。

俺はキレていた。


ルーマスが俺の身体中傷薬を塗りたくる。

「リッキー、私の可愛いリッキー」

俺はラハードが火を吹くように自分も炎を扱えるのではないかと疑っていた。同じ竜族なのだ。とりあえず脳内で炎を再現する。すると意図も容易く青い炎が手の平で宙を浮かんだ。

驚愕しつつそのまま、ルーマスの顔面にぶつける。

ルーマスの断末魔の叫びが聴こえた。

「グラセフのクソガキが…ッ」

俺は豪邸の全てに火をつけて回った。無害でいたかった。我慢の限界だった。グラセフは性病のようなものだ。行く先々でトラブルを起こす。俺は6歳にしてグラセフが嫌われる理由にようやく気付いた。害虫よりタチが悪いのだ。

炎をありとあらゆる所に灯した。

パチパチと爆ぜる音が反響する。もう贅沢はできないが、毎晩8時間死ぬ程痛みつけられるよりはマシだ。

人を殺した。

ろくでなしのペドフィリアのサディストを殺した。

この先生きていくため悪さも許されるだろう。暴走は止められないぜ。


それからの人生(?)は浮浪児と何だ変わらない生活だった。

俺は燃えるような赤髪をボサボサに伸ばし、赤い鱗で全身を覆って、ボロい布切れで恥部を隠し、路地裏の子供達のリーダーをしていた。襲って来る大人達を全て炎で焼き殺した。その内、〈赤い悪魔〉の噂が尾ヒレを付けて行き、見たら最後、〈赤い悪魔〉に殺されるとまで比喩されるようになった。

俺を見た大人達は怯えて食糧を置いたまま逃げ去った。噂は案外悪くなかった。俺とて好きで殺しをする訳ではない。

俺と同い年の友人のジャスティンは大柄ながらヒョロヒョロで俺の獲得物を何の躊躇いもなくがっついた。俺を怖がらない唯一無二の友人だった。

俺達は屈託なく10歳で酒の味を覚え、パンや干し肉を和気あいあいと笑談しながら、口に運んだ。ノミや小バエに集られるのはうんざりしたが、精神的に安らぐ日々が続いた。

ある朝、10歳になった俺はテリトリーを後にし、エングラシアムの竜の巣〈リーク〉に帰ろうかと考えた。ラハードは望まないかもしれない。だが、俺は炎を使って1人で食べていけていることを何者かに伝えたかった。奇形児を産んで死んだ母でもいい。

その日は土砂降りだった。花畑を見つけ、浮かれていた。

ジャスティンは俺の帰りを待っていた。

雷が落ちる。言い知れない嫌な予感に襲われる。

転機があるとすればこういう時だと知っていた。いわゆるルート分岐だ。

ジャスティンが危ない!

俺は魔法が通らないよう硬化できるが、空は飛べない。今からスタミナ使い切って走ってもジャスティンが助からないことを悟っていた。

数時間でテリトリーに着く。生臭い臭いがする。それは死んだ魚を捌く時とよく似ていた。

路地裏のダンボール箱の家がひしゃげ、その上に腸を引き摺り出されたジャスティンの姿があった。

俺はルーマスに買われて付いたままの首輪をギュッと握った。特に意味は無かった。ただ自虐的な気分の時に癒されるのだ。

「嘘だろ……おい」

大雨の雨粒と俺の涙が重なって頬を伝う。まるで知らない誰かの涙のようだ。

「ジャスティン?どうして……」

ジャスティンは一瞬、目を開けた。そして、俺に微笑みかけた。

そういう幻覚が見えていた。

天使がジャスティンを迎えに来る。神々しく憎たらしいガキ共が俺の友人の魂を持って行っちまった。

俺は1匹のドラゴンとして泣き叫んでいた。明らかに人間ではない声に辺りがそそくさと離れて行く。

「グアアアアァァ!!!!」

「ギャウゥゥ!!!」

俺はヒッソリとジャスティンの死体を燃やした。黒焦げになっていくのに全く抵抗しない人間が新鮮でそれが余計に涙腺を刺激した。ジャスティンは空っぽなのだ。

雨の中一晩中焼き続けて、朝になる頃には晴れ、ジャスティンの骨を抱いて俺は眠った。

大柄でヒョロヒョロの少年と花畑で横たわる夢を見ていた。


17歳になる頃には〈赤い悪魔・リチャード〉として有名になっていた。どんなショボイ依頼でも熟したが、特に死亡率の高いクエストを任されることが多かった。俺はクエスト完了時に貰えるゴールドでゴテゴテに装備していた。

〈ザ・エングラシアム〉というクエスト受け付け兼ね居酒屋で俺を見つけた金髪の男が、酒を飲み過ぎてやっ絡みして来る。

「リッキー、俺達のギルドに入らないか。お前不死身らしいじゃねえか」

俺と同じ赤髪の色っぽい女が玩具を欲しがっている子供を諭す調子で言った。

「ハッカー、リチャードはどこのギルドにも興味が無いのよ。勝手に死なれるから困るって前、愚痴ってたわ」

ハッカーと呼ばれた男が俺をマジマジと見つめる。

「そんなに見殺しにして来たのか」

俺は冷たく一言「ああ」と言った。

「俺と同じぐらい強いヤツとしか組めない。死にたがりばかりで嫌気が差しているんだ」

周囲の目が冷たくなる。思い上がりもいい加減にしろと言わんばかりにポーカーの声を張り上げるオッサンの声に辺りは支配された。

俺は葡萄酒を受け付け嬢に頼んだ。小柄で胸もなく大きな青いリボンを頭の後ろに結んだ丁寧な対応の娘だった。

「リチャードさんなら、3割引きしますよ。いつも高難易度のクエストを熟してくれて助かっておりますし」

俺は愉快に笑った。

「嬢ちゃんに3割増に渡してやるよ。金には困ってねえからな」

受け付け嬢、ジュリエットは困った顔をして葡萄酒を渡した値段分、持って来た。1000ゴールドで3樽は確かに妥当だろう。

俺は1人、隅の方でヒッソリ飲み明け暮れていた。




私が産まれてすぐ、両親は私の愛らしさにベタ惚れしていた。

両親だけではなかった。

担当医まで私を手放すのを嫌がった。

私が何かの麻薬をやっているだけだと思うかもしれない。それでも私は人を夢中にさせる容姿をしていたのは事実だ。誰もが私を「綺麗」と言った。「美しい」と言った。

私は水神だった。私は人間として産まれ落ちた神様だったのだ。

「クロス」

母がウットリと私を見つめる。

「こんなに綺麗な子、どこから産まれて来たのかしら」

母、ウェルニの子なのは確かだが、似ていない。父、ロドリゲスにも全く似ていなかった。

だが、両親はひたすら私を愛した。それ程、私は魅力的だった。

美し過ぎてすぐに人形のモデルとして採用された。確か3歳ぐらいの頃だ。私は何もできない少女だったが、美し過ぎて誰もが守りたくなるのに気付くのに時間はかからなかった。

両親共に私のワガママは何でも聞いた。その内、ワガママを言うのが億劫になった。何も言わなくても、両親は私の心を察してくれるようになった。それもおそらく、私が正直に水神であることを明かしたからである。

「ママの可愛い水神ちゃん、クロスって名前どう思う?」

ウェルニは僻んだ調子で囁いた。まるで自分の娘が娘ではないような丁重さだった。

「クロスという名は一生大切にします」

ウェルニが寂しそうに微笑んだ。

私には何もできない。しかし、魅惑のヴィジュアルと魅惑のボイスで相手を無力化できる。

ウェルニとロドリゲスは国王に呼ばれた。

ロドリゲスが私を抱き上げながら心配そうにしている。

私が5歳の頃だ。

ロドリゲスと私は追いかけっ子をして遊ぶ仲になっていた。

「もう政略結婚のようです」

私の言葉に没落貴族のウェルニとロドリゲスはビクッと体を震わせた。

ロドリゲスが情けない声を放つ。

「クロス……行かないでくれ。頼むから……」

私は答えた。

「分かりました。私の言葉に刃向かえる人間はいません」

私の声は凛としており、マーメイドの歌声のように響く。

ウェルニとロドリゲスはビクビクした態度から、私を信じきる態度に変わった。

相手は没落貴族の娘を娶ってやるつもりだろうが、本当は水神が恥をかかせにやって来るのだ。

国王、ナモラティ=リマスタの元へ後3日で旅立つ前に、私はワザとロドリゲスに捕まってやった。

「初めて、パパの勝ち」

私は年相応の娘を演じてキャッキャッと笑った。


父が酔っている。

月の見える丘の上で葉っぱをクシャクシャにして父と私で座っている。

「水神さんよー」

と父が言葉を吐いた。

「俺に捕まったのはワザとだろ。母さんと父さんと別れる覚悟出来てるんだろ」

私はニッコリ笑った。酔った男は可愛い。

「私は早くここから離れないといけません。アナタ方の生命に関わります」

父は脱いだダウンジャケットで私を優しく包み込んだ。

「クロス、お前が普通の子だったらなんて思うこともあるんだ。だけど、例え水神であろうが、俺達の子だ」

私は思わず涙ぐんだ。

「父さん、私が都に入ったらすぐ、母さんを連れてここを出て下さい。私は国王に無礼を働きます」

父は一言「そうか」と呟いた。月光を浴び、渋い顔に影を落としていた。

「お前の成長をずっと見ていたかった。花嫁姿はさぞかし綺麗だっただろうな」

私は涙を堪えた。だが、泣かないよう意識すればする程、涙は零れた。私は初めて人間の〝悲しい〟という感情を理解した。身を引き裂かれるような想いとは本でしか見たことがなかった。

「私、有名になります。父さんと母さんの耳に入るぐらいの実力者になります。その時、少しでいいので顔を見せて下さい」

「それと」と言葉を続ける。

「私の妹を大切に育ててあげて下さい」

父は一瞬で酔いから覚め、私を直視した。驚きのあまり気が動転している。

「母さんのお腹にいるのか」

私は寂しさと嬉しさの混ざった声で父の疑問に答えた。

「今度こそ人間の娘です」

父は舞い上がったように立ち上がった。

「あの水神さんが言うんだもんな、人間の娘か。いきなり、0歳から自分でトイレに行ったりしないんだな」

私は恥ずかしくて笑った。

「何でその話を持って来るのですか」

父は私をからかう。

「あの時はビックリしたもんな。しかも、0歳から敬語で喋り出すし」

私は狼狽して立ち上がった。

「今夜は月が綺麗ですよ。父さん、今までありがとうございました」

父は私に慈しむような視線をぶつけた。

「母さんとお前の妹と会いに行くよ、いつか必ず」


都の王宮内でも私は芳しく目立っていた。女の人でさえ、5歳の私を意識していた。男は皆、欲望を丸出しに私の全身を視姦する。

青いドレスに着替え、青い髪を編み込むとより一層美しいオーラを放った。

国王、ナモラティ=リマスタは私を見た瞬間に2人きりになりたいと言い放った。

「お嬢ちゃん、吾輩と贅沢な生活をしないかね?お嬢ちゃんならワガママ何でも聞いてあげちゃうな、オジちゃん」

煌びやかな豪邸と着飾った多くの人と大音響のエレガントなオーケストラが広がっていた。甘い匂いも漂って来る。

私は冷たく拒絶した。

「私はアナタが好きではありません。それにここには用がありません」

国王が衝撃を受けた顔をする。

「拒否権など無いことを教えてあげないとな」

私は冷笑した。幼女独特の不気味な笑い声になった。

「拒否したら水神の私を殺すのですか」

私は着ていたドレスを翻すと持てる全ての力を使って爆走した。水が周囲に漂う。アクアマリンの宝石が零れ落ちる。

ナモラティが無我夢中で叫んだ。

「そいつを捕まえろ!!」

私の速度に付いて来れる者はいなかった。それよりも宝石を拾うのに必死だった。

国王は息絶え絶えに追いかけていたが、日頃の運動不足が原因か、私が持てる力3割程で姿が遠ざかって行った。

私は都から出て、疲れた体を森の根元に置き、堪えた。


火の爆ぜる音で目を覚ます。

老人が暖炉で焚き火しているのが分かる。

「ここは……?」

老人が私の方を向いた。

「女の子だったのか」

最初、老人の言っている意味が分からなかった。

暗がりの中目が慣れてくると意味を理解する。

盲目なのだ。武装した私の容姿も流石に見えていないと作動しない。私の強みはこの世ならざる美しさなのだ。

「名前」

老人は、ぶっきらぼうに呟いた。

「え?」

一瞬困惑する。

「お前さんの名前じゃよ」

「クロス」

私は老人の隣に歩み寄った。

「目が見えないんですね。名前は?」

老人が見えない目で瞬きする。耳がピクっと動いた。

「サラドーク」

焚き火の爆ぜる音を永遠と聞いていたような気がした。ようやく普通になれた。そんな思いに囚われる。

徐にサラドークが口を開いた。

「寒くないのかね」

私は悪ふざけが過ぎるのを承知の上で言った。

「水神なので、寒くないです」

「まあ、悪くない冗談だ」

サラドークは回想に耽っていた。

「久しぶりに光が見えて、お前さんがいたのじゃ。まるで神様じゃった」

やはり分かるのだろうか。私は取って付けたような笑みを隠し、これからどう生きて行こうか考えていた。

「介抱して下さりありがとうございました」

焚き火の木を火の中に投げ切るとサラドークがヨロヨロと立ち上がる。

「もう少しおったらええ」

「これ以上迷惑になる訳には……」

「儂の目になってもらえんかのお」

私は迷ったがサラドークの世話になることに決めた。まだ目立つべきではない。私は言うなれば相手を魅了状態にする以外取り柄の無い女だ。いざと言う時、アクアマリンを出せるがそれも戦闘には不向きだ。成熟してから、本気で相手を惹き付けられる。

ギルドに入ってみよう。

しかし、今はまだその時ではない。


〈ザ・エングラシアム〉の中は騒然としていた。

誰もが私の顔を穴が空く程見つめ、視線を外せずにいる。

「あんな美女見たことがない」

「何て素敵な方なのでしょう」

「結婚したい」

暗がりからでも私の神のオーラに感化された人々が感嘆のため息を吐いた。

「ねえ、アナタ」

赤髪の色っぽい女が話しかけて来る。

「私とギルド組まない?」

私はステータスとしてギルドに入るのは拒むつもりだった。そして、彼女の心の中にはステータス以外の何者も無かった。

「先約がありましてね」

私の声に男も女もウットリとする。

本当は先約など無かった。私は魅惑以外何もできない。それを補える能力者が必要だった。

小柄な受け付け嬢に話しかける。

「私の能力値を測って下さい」

受け付け嬢は顔を赤らめ、目を合わせないようにしながらーー目を合わせると魅了されることに気付いたのだーー、青いルーン文字を浮かび上がらせて呪文を唱えた。

「汝我に至り、我汝に至り」

か細い声だったが、シッカリと私の手にエングラシアムの刻印が刻まれる。

「スピードとラッキー値だけMAXのようですね」

幼い声に私は嫌な予感はしていたが、一応聞いた。

「他は?」

「攻撃、防御、体力、魔法、魔防、意志、全て最低値であります」

思っていた通りの答えを聞いて、ホッとした反面、焦りを感じた。仲間は攻撃と魔法が必須となって来る。

私は受け付け嬢に無意識に威圧をかけながら、率直に聞いた。

「今、最強の人は誰ですか」

背後で受け付け嬢に叫ぶ男の声がする。

「ジュリエットちゃん、もうひと樽!!」

ジュリエットは大慌てで青いリボンを揺らしながら、私の魅惑を解いて、酒を運んでいった。

強かである。

この私の魅惑を故意に解く人間は少ない。ただの受け付け嬢ではないのだ。

戻って来たジュリエットはギルド表を見て、色んな能力にトコトン目を通した。

「ギルドとなるとハッカーさん達が最強なのですが」

Aクラスと書かれたギルドの詳細を見て、私は幻滅した。

「Sクラスの攻撃特化はいないのですか」

「いるのですが、彼はギルドを好まないでしょう」

ジュリエットはしばらく考え、私をソッと見てから「あるいは」と呟いた。

「とりあえず彼に話を付けて来ます」

ジュリエットが言った。

「彼は今、デスドラゴン退治に行っているので、葡萄酒一杯いかがですか」

私は微笑みを浮かべて頷いた。

「それでは頂きましょう」

受け付け嬢と目が合い、ジュリエットは意識するように顔を赤らめ、視線を背けた。




僕は物心付いた時から僕ではなかった。

全く意味が分からないだろう。僕の本性は何者でもなかったのだ。

生まれついてすぐ、僕の集落は燃えた。僕を産んだ母は僕を憎んでいた。名前も分からない。僕も名前は授けられなかった。

ただ覚えているのが、僕の担当医がヒュウラという女の先生だったということだけだ。僕は名前を聞かれると「ヒュウラ」と答えることにしていた。

僕の手にかかり死んだ哀れな美しい医師。彼女になっている間は安全だと思っていた。

ヒュウラには婚約者がいた。僕がヒュウラの墓の前で手を合わせると婚約者の男は狂ったように僕に泣きついた。

名前は確かロティと言っただろうか。ロティは「生きてたんだな」を繰り返していた。

僕が蟻でも見るような目でロティを見ていると次第に顔色を変えていった。

「バケモノ!ヒュウラを返せ!!」

何故、そう飛躍したのか分からない。ただ、僕が本物ではないことがバレたのは事実だった。

人は不思議なものだ。愛が深ければ深い程、本物と偽物の区別が付く。どんなに僕がヒュウラの仕草の真似をしていても、偽物であることがアッサリバレるのだ。

僕は震える真似をした。

「ロティ、私、死んだの」

男は怒りに身を強ばらせ、僕を睨んだ。

「ヒュウラは死んだ。お前は何者だ」

僕は猿芝居はやめにすることにした。

「僕?何にでもなれる何にでもない存在」

ロティは僕を強くぶった。体が投げ飛ばされる。

「死者を冒涜するのはやめろ。俺のフィアンセからそこら辺の石ころに姿を変えないと殺すぞ」

僕は腫れた頬を押さえ、泣く真似をした。

「ロティ、どうしたのよ。急に。私よ、ヒュウラよ」

男は赤い顔をして拳を握った。

「貴様……ッ!」

ヒュウラの首を掻っ切った夜のことを思い出す。ヒュウラは僕が焼き爛れた少女の姿をしていた時、必死に看病していた。疲れて寝ているところにメスを入れるのは意図も容易かった。

ロティは僕をジッと見て、諦めたように冷めた調子で僕を見た。

「何者にもなれない哀れなお前に彼女をやるよ」

僕は軽蔑される方が殴られるより我慢ならなかった。だから、必死に挑発した。

「ヒュウラはもがき苦しんであの世に行ったよ。僕は何度も彼女を切り刻んだ」

「彼女の悲鳴は最高だったよ。僕と違って美人のままいられる彼女は最後、何を思ったんだろうね」

「ロティ、また一緒に寝ないか」

僕の言葉はロティの耳に届いていないようだった。ロティは僕を押し退けると花束をヒュウラの墓に備え、僕を無理矢理座らせて、手を合わせる。

人間のそういうところが嫌いだ。綺麗事がまかり通ると思い上がっている。調子に乗っている。

僕は一言「1人でやってろ」と呟くと泣く泣く村を出た。

良い思い出何一つなかったのに、とてつもなく寂しい思いをした。死んだヒュウラを知ってる場所は不味かった。ヒュウラを小柄にして、短い髪を金髪に染め、胸のサイズをグッと縮めるとオリジナルヒュウラが作れて、満足する。

僕は何者なのだろう。


雪が降っていた。

サンタになってケーキを配るアルバイトをしていた。

僕は人気者だった。大人までファンが付いて来た。

正当な金の稼ぎ方としてはクリスマスは最高のイベントだった。

僕は老人らしく「フォッフォッフォ」と笑った。

「美味しいケーキはいらんかね」

僕は何にでもなれる。誰がどう見てもサンタにしか見えなかった。

子供達が走り寄って来る。楽しそうにケーキを物色していた。

「すみません、ウチの子が」

ヒュウラよりも綺麗な女の人が僕に頭を下げた。

「いえいえ」と言いそうになり、やめる。僕は今、サンタクロースなのだ。

「いいのじゃよ、お嬢さん」

女の人はしばらく子供の物色を見ていたが、1番大きなケーキを手に取って、大金を僕に手渡しした。

「ありがとうございます。素敵なサンタさん」

僕はドギマギした。中身は10歳の男女だった。しかも、同性愛者だった。

イルミネーションがチカチカと目を刺激する。街中、聖なる夜に向けて神妙な空気を漂わせる。雪が降り積もり、年明けを待ちぼうけしている。

「綺麗ですね」

若い母親が言った。

僕は今の街のことだと容易に察した。

「うぬ。儂も働かんとのう」

「頑張って下さい」

僕は大急ぎでケーキ屋の屋台の主人から給料をもらうとヒュウラになって、若い母親を追いかけた。

足音を消すため、慎重に歩く。一定の距離を開ける。

それがしばらく続くと、質素な家で若い男が玄関先にて妻と子を迎えた。

「おかえり、ディティー。デイヴ」

デイヴが大はしゃぎで父親に駆け寄った。

「ただいま、ダディ」

ディティーは旦那に「ただいま」と言う。

「ウィル、今夜は特に寒いわね」

「そうだな。ディティー、その手にある物は?」

ディティーは嬉しそうに笑って、ケーキをウィルに差し出す。

「サンタさんから買ったのよ。素敵な人だった」

ウィルが拗ねた口調になる。

「俺より素敵な人だったのか」

ディティーが無邪気に笑う。

「バカ言わないで。アナタがこの世で1番素敵よ」

嫉妬心に駆られる。僕は早くこの街を出なければならなかった。また余計なことをしかねなかった。

ディティーになりたい。ディティーが欲しい。

僕は無意識の内にメスを握っていた。

医者のヒュウラの武器はメスだ。

数時間後には辺りは血なまぐさい臭いで溢れ返っていた。ディティーがデイヴを庇って背中から血をほとぼらせている。ウィルが泣き叫び、発狂している。デイヴもウィルもすぐあの世に送ってやった。

こんな簡単に人の命は絶えるのだ。

僕は欲しい女を見かけると殺す殺人鬼と化していた。


金の稼ぎ方を理解し始めた。成金の商人のフリをして、偽のダイヤモンドなどの宝石を売り出す。路地裏の子供を捕まえてオークションに出す。

その内、〈連続殺人鬼の偽成金〉の噂が広がった。

僕は14歳になっていた。

何処に行っても噂が付いて来た。簡単には稼げなくなった。

そんな時だった。

冒険者としてクエストをクリアしてゴールドをもらえる〈ザ・エングラシアム〉という場所を知ったのは。

僕はしばらくクエストクリアした人に化け、代わりにゴールドをもらうことに専念していた。しかしまた、障害物ができた。本人確認書が必要になったのだ。

僕は仕方なく色んな人間になって食い逃げ常習犯となった。と言っても色々な飲食店で謎の醜男が食い放題に食べ散らかした後、スレンダーな美女になって出て行くというデタラメのような噂になったのだ。

ヒュウラの容姿は全ての店で出禁となった。

ディティーの容姿も時間の問題だろう。

僕はすれ違う人全てを記憶する能力を持つようになった。

その内、それが正式にクエストクリアに繋がるのに気付いた。幼く見える受け付け嬢に化けて、周囲を驚かせたまま、冒険者登録を済ませる。

「僕には名前がない。だから初めて殺した人の名前を使うよ。僕はヒュウラ。14歳。能力は何にでもなれる能力」

〈ザ・エングラシアム〉の男共は僕を妬ましげに見た。一部の連中は僕の虜になった。女達は僕をイタズラっ子感覚で暖かく見ていた。

受け付け嬢、ジュリエットが不安そうに言う。

「私、もう少し胸ありますよね」

僕は真面目に見えるように笑いを殺して頷いてやった。

「ジュリエット、僕の趣味だよ。誰かギルド組んでくれる人いないかな」

「今、ギルド待ちは2人ですね。しかもその2人共かなりクセが強いです」

僕は興味が断然と湧いてきた。これは面白いことになったと思う。

「炎と硬化使いのリチャードと魅惑の水神クロス」

ジュリエットが頭を悩ますように周囲を見渡した。

「アナタは何者にもなれるヒュウラ」




私を根っからの悪女に変えたのは、あの女のせいだ。

あの女が私の大切な物、全てを奪った。

聖女ぶっているが、その清らかさが計算尽くされたものだと私は知っていた。

だから、あの女、アンジェリカに私は辛く当たった。

その日もアンジェリカがドレスに足を取られ転けると手を踏み躙ってやった。

「カルマ、もうやめろ」

私の婚約者のキネスが強制的に私をアンジェリカから遠ざける。

「キネス様、あの女を庇われるおつもりですか。あの女の素性を知らないから私が責められるのでして」

キネスは私の言葉を無視してアンジェリカに話しかけた。

「アン、手を見せてくれないか」

アンジェリカが泣きながら、腫れた手を見せた。

凛としたキネスはぶっきらぼうな優しさと真逆の態度で私の手を鷲掴みした。

「女だから許すが、こんなことが許され続けると思わないことだな」

私はキネスを冷ややかに見つめ、キネスの手を振りほどいた。身を翻して、自室に籠る。

涙が流れているのに気付くのに時間がかかった。貴族の夕食会までに腫れた目を隠さないといけなかった。ファンデで目元を健康的に塗り直す。

アンジェリカと初めて会った日のことを思い出していた。


父が5歳の私を自慢げにアンジェリカの父に見せる。アンジェリカはコソコソ隠れるように自分の父の影から姿を現さなかった。

アンジェリカの父は困ったように言った。

「この子、極度の顔見知りなんですよ。恥ずかしい限りです」

私は父に言った。

「あの子、どうして隠れるの」

父は優雅に私の頭を撫でた。

「世の中色んな人がいるのだよ」

私は無邪気にアンジェリカの手を握った。怖い程、冷たい手をしていたのを覚えている。

アンジェリカが私の目を見た。途端にニヤリと笑った。そして、耳打ちして来る。

「アンタ、バカそうね」

私は自分の耳を疑った。幻聴だと思おうとした。しかし、握ったアンジェリカの手が爪痕を付けるように力を込めてくる。

父達の弁解を待った。だが、父達にはアンジェリカの声が聴こえていない様子だった。

唐突に、アンジェリカがいきなり泣き出した。

「カルマちゃんに髪を引っ張られた」

私は驚愕して、否定する前に父に軽く頬を打たれた。

「アン、大丈夫か」

父がアンジェリカの父に頭を下げる。

「カルマをそんな子に育てた覚えはないのですが。申し訳ない」

アンジェリカの父が憤慨して、私を指さした。

「野蛮な娘さんで同情しますよ」

父が胸ポケットから取り出したハンカチで軽く汗を吹く。

「帰ったら、お説教しますよ。カルマ、ごめんなさいは?」

私は訳が分からず、困惑したまま、アンジェリカに謝った。

アンジェリカが満足そうに笑う。

それ以来、私は積極的にアンジェリカをイジメた。良心は全く痛まなかった。ヤツは私にイジメられることで自分の価値を高めている。

10歳になる頃には、アンジェリカも貴族なのに床掃除を任せたり、汚水を被せたり、トイレに閉じ込めたりやりたい放題になった。

婚約者ができてからは露骨さが緩和されたが、やはり当たり散らす対象物となっていた。


そんな私にもマリーという友達ができた。選考学が被ってよく顔合わせするようになったのだ。マリーにはお金が無かった。貴族の学校に入ったのは成績が非常に優秀だったためだ。

「マリー、ノート見せて頂けませんこと?」

マリーは私を拒む権利が無かった。

「カルマ様、私のノートなんかで良ければいくらでも」

宿題も何もかもマリーに任せっきりになる。教師は私が怖くて例え、目の前で居眠りしても怒れない。

そんな中だった。

アンジェリカがマリーに頻繁に話しかけるようになったのは。

私は怒りの余り、拳を握った。

「どういうことでして?なんでアンタみたいなブスがマリーに話しかけるのでしょう」

アンジェリカは怯えるフリをした。

「もうマリーまでイジメなさるのおやめになって下さい」

私は激昂する。

「アンジェリカ、勘違いなされてますわ。後、立場を弁えて下さいまして」

アンジェリカは私を無視し、マリーに手を差し伸べた。

「行きましょう」

マリーが何度も心配そうに私を振り返った。


キネスが深刻そうに私に聞く。

「アンが君に一体何をしたんだよ」

私は信じてもらえないことを理解していた。まさか自分の儚さをアピールするため、私にワザとイジメさせているとは思いも寄らないだろう。

「聖女ぶってる女が嫌いでしてよ」

「それはどう見ても君が一方的に悪いだろ」

事実である。

キネスが私のおデコにキスする。

「あの娘に執着するのはもうやめろ」

キネスはスマートで背が高く美しい。その上、領主の地位も約束されている。

「あの女、初めて会った時、『アンタ、バカそうね』って言ったのでしてよ」

キネスは興醒めした調子で私を見下してため息を吐いた。

「あんなに純粋な娘が何で君なんかをバカ呼ばわりしないといけないんだ」

じきに夫婦になるはずの2人の間で険悪な空気が漂っていた。

「私なんか?あの女の方が価値があるとでも仰るのかしら」

キネスは気まずそうに目を逸らした。

「君は不気味なんだよ。両親共金髪なのに、君だけ緑の髪だ。まるで人間ではないようだ」

私は今まで隠してきた能力を見せることにした。両親共に見て見ぬフリをして来た私だけの能力。

棚の上の花瓶に入った枯れた花に触れる。

花はみるみる生命力に満ち、ピンクの可憐な花へと返り咲いた。

私は言った。

「私はアルラウネなのですわ」

エングラシアムのアルラウネとは、何でも植物に変えてしまう危険な種族である。

キネスは唖然としてしばらく私の顔を見ていた。長い沈黙の末、一言言った。

「化け物」

勉学に疎い私でも最悪の事態になったことだけは分かった。父も友達も婚約者もアンジェリカに盗られるのだ。

〈2人の隠れ家〉と称して作ったキネスとのログハウスで私は必死にキネスを呼び止めた。

「待って下さいまし!もう私にはアナタしかいないのですわ」

キネスが燃えるような瞳で私を睨み付ける。

「アルラウネと結婚する気は全くないんだよ、俺は」

「それならどうして今まで付き合って下さったのでして」

キネスがせせら笑う。

「悪役令嬢な君が好きだっただけだ」

悪役令嬢ーーガツンと頭を殴られるようにその言葉が降りてくる。そんなつもりは全く無かった。だが、傍目そうなのだろう。そういうことなのだろう。

私はアンジェリカの寝室に訪れた。


空気が澄み渡っている。

心地よい温度の夜だった。

貴族の部屋は厳重に施錠されている。アンジェリカの部屋は別だった。

「そろそろ来るかと思ってたわ、おバカさん」

初めて出会った頃のアンジェリカだった。窓辺で座り、今にも飛び降りそうだった。

私が何も言わないとアンジェリカは独り言のように呟く。

「月が綺麗ね」

月なんか出ていなかった。アンジェリカにだけ見える景色があるのかもしれなかった。

「危ないですわよ」

「そうね」とアンジェリカが呟く。

「キネスは私を選んだわ」

私は不思議と怒りが湧かなかった。

「お別れですわね、寂しいわ」

心の底からの言葉だった。アンジェリカのことは嫌いだ。しかし、5歳から18歳までずっと一緒だったのだ。

アンジェリカが無造作に手を振った。

「アルラウネの悪役令嬢、出て行く前にここを花畑に変えて頂戴」

私は何も言わず頷いた。

アンジェリカまで花に変えていいということを察した。

薄緑のドレスの袖を捲し上げ、アンジェリカの部屋の床に触れる。植物の根が意志を持って広がり色んな所から花が咲き乱れた。部屋中、花畑になる中、アンジェリカにまで植物の根が張る。

一瞬だった。

アンジェリカは美しい花へと変わっていった。毒々しい程に赤い血のような花。人を魅了する手折られたような大きな花。

「さよなら、アン」

私は初めてアンジェリカの愛称を口にした。


私は自ら望んで貴族から冒険者に成り下がった。

〈ザ・エングラシアム〉の看板を見つけると扉を開ける。

色々な人種がいる。隅で酒を飲むリザードマンのなり損ないを見て失笑した。

ざわめきの中心にいる2人の美女に心奪われる。全く同じ姿だ。しかし、片方くすんで見える。まるでコピーだ。

私は冒険者としての手続きをしに受け付けへ向かった。

受け付け嬢はまだ子供のような女の子だ。

「何てキャッチフレーズにしますか」

青いリボンが似合う黒髪の少女が言った。

私は微笑した。

「そうでしてね」

唇を舐める。辺りがヤケに騒がしい。酒を呑む音がアチコチから聴こえる。

「アルラウネ悪役令嬢のカルマですわ」

受け付け嬢は考え深げに言った。

「他の3人と同じ最強クラスですね」

私は前のめりになってカウンターに乗り出した。

「他の3人とは、どういうことでして」

「ジュリエットちゃん!」という声がする。

少女ーージュリエットは「またですか」と言いつつ、葡萄酒を運んだ。

帰ってきたジュリエットの言葉は私を期待させるのに充分だった。




獣人族は人間の奴隷だった。

私には猫耳と尻尾が付いている。物心付く前から、人間に警戒心を抱くようになっていた。

4歳で両親と離れ離れになり、〈タートル(亀)〉と名乗る黒ずくめの暗殺集団に、私は最高の暗殺者へ育つよう教育を受けていた。

数年後には、ミセス・メーデーとミスター・メーデーを殺した。

両親のバラバラの遺体を愛した。爪を剥ぎ食べた。目玉を抉り出し目玉焼きにした。もいだ腕と足を使って、面白い格好にした。

〈タートル〉内部で謎の告発があった。内容は以下の通りだ。

[親をも殺す快楽殺人鬼は組織のトップの首まで狙っている。追放だ]

誰も当てにしなかった。いや、一見そう見えた。

しかし、私は自分を殺しに来る師匠の足音を何度も聞くようになった。ネコ科の獣人は耳がいいのだ。

寝ているフリをする。師匠、ガンツがサバイバルナイフを振り翳した。

私は真っ直ぐナイフを握った。血が滴る。思ったより痛みはなかった。

「師匠まで死ぬのかにゃ」

ガンツは恐怖に青ざめ吐き捨てるように言った。

「メーデー、お前はあまりにも危険過ぎる。サッサと俺の目が届かない所へ去れ」

私はフツフツ湧く怒りに負け、ガンツをぶん殴った。

「私を暗殺者にしたのは師匠にゃ。責任取らず、私だけ捨てられる?そんな暴論許されにゃいにゃ」

ガンツが私に殴り返した。

「にゃあにゃあにゃあにゃあ、うるさいんだよ!!クソネコ人間が……ッ」

私は理性が吹っ飛び、思わず泣き叫びながら、無我夢中で言った。

「殺す……ッ」

一悶着後、私は師匠を滅多刺しにして、殺した。何度も何度もナイフを振り下ろす。全身くまなく刺傷だらけにし、私は思った。溢れて止まない血を舐める。

効率的ではない。もっと炎か美か透明か花が使えたらーー。

私オリジナルの強さが必要だった。だから、私は最強の魔法使いの塔を登ることにした。


そこは地図に載っていなかった。

街中でいる間ずっと長いローブを着ている。浅草色の地味で目立たないローブだ。猫耳も尻尾も隠せていた。

食糧調達は簡単だった。一撃で店主の首根っこを掻っ切って馬車の前に捨てた。ものの数分も経たない行為だった。馬車は何も知らず遺体を踏み付け、向かう先へと走って行った。

私は林檎を齧っていた。大好物は魚だが、エングラシアムの都会では魚を売っている店を見かけない。その代わり、宝石や香水が大流行していた。

「仕方にゃい」

私は頑丈な長い枝に首飾りに使う糸を通して釣りをすることにした。物の数分で釣れないことに気付いた。

豪華客船が行き来している。魚が沖に近寄れなくなっていた。

私は不機嫌になり、地図を陽の光を通して見た。

雨が降り出す。ポツリポツリとした雨粒が土砂降りに変わるのに時間はかからなかった。

その時だった。全身から静電気が走った。

肌がチクチクする。雷が真っ直ぐ私へと落ちて来た。

死んだのか。

一瞬、そう思ったが、電気を貯めたまま、普通に動けていた。

好奇心で大急ぎで家に帰ろうとする子供に軽く触れた。

滑稽な奇声を上げ、子供は黒焦げになり、確認することなく死んでいた。

私は全身の血が電気でできているのを実感する。

しかし、それも束の間で雨が上がると静電気が丸ごと消え去るのが分かった。

地図が黒焦げになっている所が1箇所不自然に出来ていた。

私は笑った。

「ふーんにゃ」


魔法使いの塔の麓は竜の巣〈リーク〉の近くの〈バロッサ高原〉にあった。

物々しい雰囲気よりもかなり自然に溶け込んだカメレオンのような塔だった。ボロボロで今にも吹き飛びそうだ。

私は初めて緊張というものを覚えて、塔の正門を抜けた。

その途端、宇宙空間の中に溶け込むように満点の星空に囲まれた。赤に点滅したり、青に点滅したり、緑に点滅したりする。

「人殺し」

背後で声がする。長い銀髪の猫耳の女ーー母だ。ミセス・メーデーだ。

「殺してやる」

次は父、ミスター・メーデーの声がした。右肩をガッシリと掴まれる。

私は精神攻撃に強い自覚があった。

「くだらにゃい」

浮浪者のようなボサボサの髪の長い少年が舞い降りて来た。変なファッションをしている。貴族でも平民でもない。懐かしいような、忘れるべきなような……。

「アナタは人を何人殺めましたか」

私はせせら笑い、吐き捨てた。

「食べたパンを数えにゃいだろ」

変に親近感が湧く少年は、手を叩いて祝福した。

「はい、合格」

唐突に、グッと近付くと私に電流を流す。

私は最初、「うぎゃぁぁあ」と悲鳴を上げていたが、慣れて来るとそれが気持ち良いことだと理解した。

「馴染む。馴染むぞ」

私の感嘆の声にボサボサの少年は頷いた。

「それでいいのです」

星が流れ出す。真っ赤な部屋に変わる。私が殺した人々が私に向かって手を伸ばして来ていた。

「ピンチですよ。しかし、アナタならどうすればいいか分かっていますね」

私は自信満々で前に出た。

ひたすら電流を流す。

亡霊達は痛み付けられ、ムンクの叫びのような顔をして昇天していった。

少年は愉しそうに見学していたが、最後の一人になるとつまらなさそうに髪の毛を弄り始めた。

「アナタはいつもそうだ。自分以外を守れない」

私は1番最後に母を選ぶと母の死骸に雷を落とした。

元々死んでいた母は消滅した。

私は無意識に「キキキッ」と奇声を発して笑っていた。

「死んだ。皆、死んだ。ニャハハ!皆、殺したにゃ」

少年が死骸を跨いで、歩み寄って来る。

「僕と勝負です」

私は1度だけ瞬きした。その1度の間に大きなフォークで腸を刺されていた。

気が動転する。殺す側から殺される側に変わったことだけは薄々勘付いた。

「貴様……ッ、私は死なな……」

意識が薄れる。心臓がドクドクと脈打っているのが痛い程よく分かる。

「ここでのこと、全部忘れなさい」

目が開けていられない。少年は何を言っているのだろう。

「電気使い猫娘のメーデー」


今日は晴れている。

私の記憶は曖昧で焦げた地図までしか確実な記憶はなかった。しかし、それと同時に不思議なことが起こった。

誰も私が獣人だからとバカにしなくなったのだ。寧ろ、畏れられる対象として有名だった。

楽しそうな親子がいる。

父親が息子に語りかけている。

「銀髪ボブの猫娘が雨の夜、お前を電流で黒焦げにするぞ」

息子が言った。

「僕、怖くないもんね」

父親が息子の頭をくしゃくしゃに撫でる。

「銀髪の猫娘には注意しろよ。いつ人を殺すか分からないからな」

親子は私の視界に入ったまま、私の噂を面白がって話していた。

変な気分だ。私が見えていない?

そんな杞憂を他所に親子は私を見つけた途端、血相を変えて走って逃げた。


力だ。

ただのアサシンではない力だ。

今ならギルドに入る実力があると自信を持って言える。

私は〈ザ・エングラシアム〉を探した。方向音痴だったため、高い身体能力を活かして協会の時計台の横まで上がり、辺りを見渡す。

葡萄酒の匂いがする。ここからでも充分酔ってしまいそうだ。

匂いを頼りに何とか〈ザ・エングラシアム〉に辿り着いた。

店内はガヤガヤと騒がしい。

右端に座った傲慢そうな緑の長い髪をした赤い眼の女が私を露骨にジロジロと眺めた。そして、失笑する。

「獣人なんか私の視界に入らないで下さいまして」

私も咄嗟に言い返した。

「変な髪色の女に言われたくにゃいにゃ」

女は扇を広げ、ふんぞり返った。

「私はれっきとした令嬢でしてよ。アナタはどうせ下民でしょ。間違いございませんわ」

私は冷笑した。

「生まれつきの暗殺者にゃ。こっちは。令嬢にゃんか簡単に殺せるにゃ」

女は私をキッと睨み付けるとそのまま黙った。賢明な判断である。

冒険者登録に行こうとしたら、チラッと理想的過ぎる美しさを晒した美女が2人、目に映る。しかし、1人オーラが大分歪んでいる。

彼女らは人気者だった。

幼過ぎる受け付け嬢に「登録します」と声をかけた。

「待ってました」と言わんばかりに受け付け嬢が聞いてきた。

「どんな能力ですか」

「ただの電気使いにゃんだが、例え1億ボルトでも耐えられるのにゃ」

受け付け嬢がメモを取る。ペン先を数回舐めた。

「キャッチフレーズはいかがされますか」

私はどこかで聞いた言葉を告げた。

「電気使い猫娘のメーデー」

「ふむふむ」と受け付け嬢が言う。大きな青いリボンが似合っており、可愛い。

「今、ギルド待ちは、炎と硬化使いのリチャードと魅惑の水神クロスと何者にでもなれるヒュウラとアルラウネ悪役令嬢のカルマと電気使い猫娘のメーデー」

少女が無邪気に笑った。

「いっその事、最強パーティ組んでしまえばいいのではないでしょうか」

その時、緑髪女がヅカヅカと寄って来た。

「コイツと組めですって?有り得ませんわ。電気使いなら証明して下さりまして」

私は黄色い眼球で睨み付け、言った。

「殺すにゃ」

少女が慌てた調子で金髪の男に縋った。

「ハッカーさん、ちょっと女の子達の喧嘩止めて下さい」

ハッカーと呼ばれた男は渋った顔で辺りをキョロキョロ見渡した。

「ジュリエットちゃん、俺じゃなくてリチャードに頼めよ。よお、リチャード、3人の女の子のピンチだぜ」

リチャードと呼ばれた金装備で全身固めた男がのっそり立ち上がった。

「俺は興味無いんだが、ジュリエットには借りがあるからな」

「お前ら来い」と凄い力で私とカルマが店の外に連れて行かれる。

ヒラヒラの服が伸びそうになって慌てるカルマを私は嘲笑した。

「リチャード、お辞めなさい!」

カルマがカンカンに怒っている。

リチャードは住宅街の端に私達を追いやった。

「少しは冷静になるんだな。お前ら2人共S判定受けてるんだろ?なら、仲間だ」

私は声を荒げた。

「こんにゃヤツが仲間?」

カルマの鼻の鳴らす音がする。

「こっちのセリフよ。にゃあにゃあウザいでしてよ」

私は咄嗟に電気をカルマにぶち込んだ。カルマの心臓を狙っていた。しかし、カルマの手が私の手に重なった途端、私の手が植物になる。

カルマが血を吐く。

私も手を引っ張り出せず、体に侵食していく植物に恐怖を抱いた。

「にゃんだ、これ!?」

「早く電圧かけるのお辞めなさい!!!2人共死にましてよ!」

「お前が先にやめるにゃ!」

「いいえ、アンタが先に手を出して来たのですわ!!」

リチャードが見兼ねて、炎を出した。

カルマはどういうことか察して、「イヤ、イヤですわ」と喚き出す。

リチャードが「悪ぃな」とポツリと呟いた。

「女2人殺したくないんでね」

リチャードの炎は瞬く間に私の手から私の心臓付近まで伸びた植物の触手を焼き焦がした。その後、素早く電気を硬化で遮断する。

カルマは気絶した。

私は一連の流れをポカンと見ていた。

「無防備な女を殺す程、お前は凶悪なのか」

リチャードが怖い顔で睨み付けて来る。

私は、カルマを懲らしめたいだけだったのに気付き、恐れ戦きながら、何とか立ち上がった。

「コイツの介抱、任せてくれにゃ。リチャード」

リチャードが不審そうに私を眺めていたが、何を思ったのかフッと笑った。

「お前ら、案外、似た者同士だったりしてな」

私は反発しなかった。緑の髪がエメラルド色に輝き、カルマの美しさに一瞬見惚れる。私が男だったら、放って置かなかっただろう。

夜の街は静かだ。鼻に何かを焦がしたような臭いが吸い付いて来る。それが、自分が放った電圧の跡だと知るのに時間がかかった。

私はカルマを軽々と抱き抱える。そして、屋根伝いに〈ザ・エングラシム〉に向かう。リチャードも首元の鎖をジャラジャラさせながら、屋根の上を遠慮なく走った。

私はリチャードとカルマに付いて行くことにした。




デッドドラゴン退治を終えた。

また来客だ。また死にに来るヤツだろう。

俺はうんざりした気分で扉に目をやった。途端に我が目を疑った。美しいなんてものではない。美しいを越えて神の所業だ。

彼女は「クロス」と名乗った。美しい声音にマーメイドのハーモニーを感じる。

俺は一目惚れした。男は大抵、女を一目惚れから入る生き物だ。女は逆に時間の経過で相手に好意を抱く生き物だ。

俺は何としてもクロスと接触したかった。

彼女はSクラスのギルドに入りたいらしい。俺は一応、Sクラスの野良だ。

仕掛けることにした。

「ジュリエット」

受け付け嬢がクロスをまじまじと見つめるのを遮断させて言う。

「ギルドを作りたい」

ジュリエットは驚いた顔で俺を見た。

「リチャードさんはいつも勝手に死なれて困るって仰ってたのに」

「今の人、Sクラスだろ」

「確かに……はい」

俺は露骨に乗り出して言った。

「あの人と組みたい」

ジュリエットがメモ帳を取り出す。数回ペン先を舐め、書き留めた。

「何て言うギルド名ですか」

俺は頭の中に突然降って来たワードを口に出した。

「スターエデン」

ジュリエットが何度も頷く。

「Sクラスの人だけを集めるのはどうでしょう。死亡率が格段に減りますよ」

俺はニカっと笑う。

「元々、そのつもりだ、嬢ちゃん」

「では」とジュリエットが物怖じしない態度で言う。

「5人揃った時点で活動して頂きます」

ジュリエットは相も変わらず強かだ。俺も見習わなければならない。

「後3人か」


何者にでもなれるヒュウラがクロスに化けて、男達が鼻の下を伸ばして群がるのは時間の問題だった。

そして、その3週間後には、アルラウネ悪役令嬢のカルマ。

その2週間後には、電気使い猫娘のメーデーが合流した。

皆、強いギルドを欲した。

俺達は合コンのように席を囲んだ。

皆、コミュ障という訳ではなかったが、迂闊に自分の弱みを見せるのが怖くてなかなか話を切り出せない中、クロスが間を取り持ってくれた。

「初めまして、皆様。私は魅惑しか能力がないため皆様を信じて生存したい所存であります」

俺はクロスのアクアマリンのような目を意識しながら、ドギマギしつつ、話した。

「スターエデンのリーダー、〈赤い悪魔のリチャード〉だ。ま、噂だけ聞くと物々しいが本当はリザードマンのなり損ないだ」

カルマが手を挙げる。

「リーダー、こんな時に寝てるバカ猫、ビンタしてもよろしくて?」

俺は「軽くな」と諌めるように囁いた。

バチンッという大きな音と共にメーデーが目を覚ます。

「このクソメス、許さないにゃ」

メーデーが腫れた頬を押さえる。

カルマはバカにした調子になりつつ、真面目に説教を始めた。

「ギルドメンバー顔合わせの場で眠るアンタが悪いのでしてよ。一応、アンタも私を守る義務があるのを理解して下さる?」

「お前にゃんか死体の山に捨ててやるにゃ」

俺は少々、うんざりしながら、言った。

「はい、そこストップ。俺達はギルメンだ。ビンタも軽く、死体の山にも捨てない。いいな」

カルマとメーデーが渋々承知の意を示した。

ヒュウラが面白いものを見たという顔でカルマとメーデーをチラチラ交互に眺める。

「お2人はカップルですか」

俺の想像に反して、カルマとメーデーは顔を真っ赤に染めた。同時に叫ぶ。

「そんな訳ない!!!」

ヒュウラが「ヒュー」と口笛を吹く。

「決定ですね」

カルマが気を取り直してヒュウラに突っかかった。

「そう言うアンタはどういう能力なのよ」

「僕は何者でもないから何者にでもなれる能力だよ」

俺は考え深げに言った。

「ヒュウラはスパイに向いているな」

クロスが不安そうに俺に寄りかかる。心臓が爆発しそうになった。

「私は何もお役に立てませんか」

俺は大慌てで彼女を元の位置に戻す。

「見張りを無効化できる。アナタは水神だから、何をしなくても相手は何も出来なくなるだろう」

メーデーが目を擦りながら、「ふにゃー」と欠伸をした。

しばらくして語り出す。

「私は暗殺者だったから、見張りの1人2人殺すのは簡単にゃ」

俺は軽く何度も頷いた。

「皆、使えるな。自己紹介まだの人」

カルマが屈辱感に震えて、俺をジトーと見た。赤い眼が批判の意志を宿していた。

「この私を何かどうでもいい存在と間違えておりませんでして」

俺は軽く受け流した。

「それじゃあ、自己紹介どうぞ」

「私はエングラシアム有数きっての貴族でしてよ。触れるだけで花が咲くのですわ」

カルマがスープを飲むスプーンに触れる。

スプーンの先から花が咲き乱れた。

「どうでして?私も無能ではないことが証明されましたこと?」

クロスがウットリとしている。そんなクロスに俺はウットリする。

「まあ、使えそうだな」

俺の生返事にカルマは憤慨していた。

「リチャードったら、水神に恋する変態竜でして。メーデー、一緒にポーカーしませんこと」

メーデーが少し嬉しそうにカルマに応じた。

「私が勝ったら、お前は私の奴隷にゃ」

カルマが強気に出る。

「猫を飼うの夢だったのでして」

俺達、リチャード、クロス、ヒュウラ、カルマ、メーデーは正式にギルドを組んだ。

それが運命だったと知らず。

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