孵化
暗闇の中、意識が覚醒した。
目が覚めたのでは無い。
生まれ落ちたとでも言うべきか。
自分がいる、とハッキリ認識した。
頑丈な殻に守られているような、そんな感覚だ。
………あの後死んで、鳥にでも転生したのでは?
ジワッと浮かんだ嫌な想像に焦りを感じ、無意識に体を治そうとして気づく。
気、魔力、固有能力はある。
だが、使い勝手が妙だ。
夢の中の手足のように、イマイチ言う事を聞いてくれない。
……日頃の行いが悪すぎて、バラバラにされて封印された、みたいな……
「ノゾム?」
「……はいよ」
ムアの声に安堵し、反射的に発した声でようやく肉体を実感した。
「……うお?」
全身どころか瞼すら重い。
こりゃ長い時間眠っていて、筋肉が衰えてるとかかな?
体は痺れ、固有能力の再生も上手く行き届かないのに思考は不思議とクリアだ。
全身の治療に集中し、しっかり治したところでようやく目を開ける。
「起きた!!」
光に目が慣れるより早く暖かい何かに、視界を塞がれる。
次に復活した鼻に、実家より嗅いだ匂いが届いた。
「おはよ、ムア」
ようやく光に慣れた目に映ったのは、頭を俺に擦り付けるムアの、ブンブン振られるポニーテールであった。
「ありがと。
心配かけたね」
フワリと霧で持ち上げられ、そのまま180度回転させられる。
リーチェとラグニィは目に涙を浮かべ、黙って抱きしめてくれた。
胸に響く嗚咽に2人の頭を撫でつつ、周囲を探ろうとしたところで、違和感を覚える。
魔力と気が上手く扱えない。
「……ふむ?」
更に不思議な事に、リーチェとラグニィから魔力と気を吸い取れそうなのだ。
………ドレイン系の邪悪な力にでも目覚めてしまったのだろうか。
兎にも角にも状況を把握すべく、2人が落ち着くまで待つのであった。
●●●●
「………まじ? 俺そんなやばかった?」
「死ぬ寸前。
半分死んでた」
ミイラ取りが何とやらになっていたとは。
「いけると思ったんだけどなぁ」
「いけてない。
今も万全じゃ無い」
「そうなんだよねぇ」
俺の体は今、生命力も気も魔力もかなり少なくなっていた。
これまでなら固有能力で直ぐに補充出来ていたのだが、負の感情を今までのように貯めた所で、生命力はともかく、気と魔力がイマイチ増える気配が無い。
リーチェとラグニィを治療する時に削った自覚はあるので………
「気と魔力の発生源を再生、いや再現するのが最優先だね。
このまま軟弱な体でいたらうっかり死にかねん」
「出来るんですか?」
「さぁ? 多分いけるんじゃない?」
俺の返事に、冷ややかな視線が突き刺さる。
「それで死にかけてた」
「いや……でもお陰様で峠は超えたっぽいし、後は回復の一途を辿るのみでしょ」
●●●●
「タキは今日もお休みかしら」
「はい。 まだしばらくはかかりそうです」
様子を見に来たルトレリに、ラグニィは扉から顔を覗かせて応対していた。
初めは警戒されているのかと考えたルトレリだが、部屋から漏れ出てきた瘴気に片眉を釣り上げる。
「……何か今必要なものはあるかしら?」
「回復の時間、ですかね」
苦笑いするラグニィだが、ルトレリにとってはラグニィも守るべき生徒である。
「あなたも、瘴気の中に長時間居続けないよつにね」
「あー……そうですね。 ありがとうございます」
「お大事に。
何か力になれる事があったら何時でも言ってちょうだい」
ルトレリを見送り扉を閉めたラグニィは、部屋の奥でぐったりしている脱色された貞子の隣に腰掛けた。
「ルトレリ先生来てましたよ」
「……せんきゅー」
かろうじて聞こえる掠れた声にラグニィはため息を着くと、白い髪を掻き分け頬に手を当てた。
「死人みたいに冷たいですよ。
どこら辺がいけると思ったんですか?」
「……感」
「ノゾムは感に頼らない方が良さそうですね」
虚ろな目は虚空を見つめ、肌は生白く、髪すら真っ白のノゾムは、現在あらゆる能力を用いて『気』の再生に力を尽くしていた。
イケルイケルと言っていた当の本人だったが、「おや、難しいぞ」から始まり、現在絶賛体調不良である。
固有能力と、僅かな魔力と気も全てを再生に回しているせいで生きている事すらままならないのが現状だ。
幸い命自体は『個』として安定した為、ムアとリーチェは図書館で役に立ちそうな資料を漁りに行っており、ラグニィはノゾムの延命係である。
「ほら、手を貸してください」
「……頼むわ」
蝋人形のように固まりかけている手を握ったラグニィは、自らの回路と繋げて気を流す。
気の心臓を貸し出すような治療は、常人ならとても耐えきれなかっただろうが、ラグニィの負担は無に等しい程小さくなっていた。
それもそのはず。
ラグニィはノゾムから治療を受けた際、気の再生機関と同時に固有能力の1部も受け取っていたのだ。
「……すまん」
「負担になんて感じてませんよ。
それにノゾムの固有能力の影響か、瘴気の中だと心地良いんです。
ゲル浄化作戦中に欲しかったくらいですよ」
軽口を叩くラグニィに、ノゾムの虚ろな目が向けられる。
「……授業、出たかったでしょ」
「そもそもノゾムが治療してくれなかったら、私生きてませんから。
かなり弱ってるみたいですね。私が知ってるノゾムは一緒に別日に行こうって誘ってきましたよ。
だから、今はゆっくり休んでください」
ラグニィの言葉に、ノゾムは自嘲気味な笑い声を漏らす。
「……俺は皆が思ってるような、強い人間じゃないよ。
負の感情を吸収する固有能力だって、肉体の再生と一緒に手に入れた生存用の力なんだから。
固有能力が無くなれば……このザマってワケ」
「私は今のノゾムも好きですよ」
反射的に出てきた言葉だったが、ノゾムの重苦しい呼吸に身に覚えがあったラグニィは、言葉を足す。
「今は気にせず休んでください。
何かして欲しいこととかあったら、何でもしますよ」
曇り無く言われた言葉にノゾムは苦笑するも、笑い声は力無く沈んでいく。
しばらくの沈黙の後、独り言のように呟いた。
「……俺もラグニィみたいに勇気があったら良かったんだけどねぇ……」
「………何かあったんですか?」
ノゾムは僅かに渋ったが、歯切れ悪く話し始めた。
「……昔いた世界でさ、俺はぼっちだったんだよ。
環境とかのせいにしてたけど、今になって考えたら逃げてたのかなーって」
「人付き合いからですか?」
ラグニィの言葉に、ノゾムは「ううん」と返すと、眠るように目を閉じる。
「自分の価値の証明から」
「………」
息を呑むラグニィに構わず、ノゾムは続ける。
「値踏みされるのが怖かったんだよ、多分。
無価値だと思われれば苦しいし、かと言って期待されれば自分の意思が無くなっちゃうんじゃないかって思えて嫌だったんだろうね」
しばらく胸の内を換気したノゾムは、穏やかな瞳を開き力無く笑った。
「ラグニィは凄いよ。
ギルドでは信頼を積み上げてるし、冒険者部でも出来上がってる輪の中に飛び込んで、あっという間に立場を作ってる。
皆にモテモテで、家族思いでもある。
良いお姉ちゃんだ」
嘘偽り無く並べられた褒め言葉に、しかしラグニィは奥歯を噛み締めた。
「………そんな事、無いですよ」
歯の隙間から絞り出した声は、本人も驚く程怒りが篭っていた。
だが、堰を切ってしまった言葉はもう止まらない。
「妬んだ他の受付嬢から陰口を言われてましたし、それを乗り切る為の演技がたまたま役に立っただけです。
笑って、元気な声出して、明るくしていないと勢いが無くなってしまうんです。
家族にも心配かけられないからいつも明るく振舞っていた私は、近所でも評判のお姉さんでしたよ」
「……誰にでも出来る事じゃない」
ノゾムが手を重ね、続きを促す。
「モテてたって、体目当てなら見れば分かります。
中には箔付けの為だったり、小さいからって言う事を聞かそうとして舐めてかかってくる奴までいて、固有能力なんて捨てて馬鹿になれたらどれだけ楽か、なんて考えてしまって……。
でもそんな事したら家族はきっと悲しみますし、それで……」
「ずっと、誰にも言えなかった」
吐き出された言葉よりも遥かに多く流される涙は、まだまだ底が見えない。
しばらく背中をさすっていたノゾムだが、不意にクスッと笑った。
「なんだ、案外同じような事で悩んでたわけか」
「かも、しれませんね」
2人寄り添い、声を潜めて笑う。
「人気者過ぎて、勝手に気が引けちゃってたよ。
あれ?
ならさ、浄化作戦で体調崩した時にいっぱい甘えてくれたけど、ひょっとして俺が初めて?」
「どうでしょうね〜」
「おい、焦らすなよ」
ケラケラ笑うラグニィを、僅かに熱が戻った手で擽る。
しばらくじゃれ合っていたが、現在絶賛体調不良だったのを思い出したノゾムは布団に倒れ込んだ。
「あーあ、死人が調子にのるからー」
「病人ですら無いのかよ」
「ほら、手貸してください。
…ひゃっ!」
ユラリと持ち上がった腕はラグニィの手を取ると突然力を失い、小さな体を引き倒した。
「……こんな死に体で取って食うつもりですか?」
「……そう。
だから……逃げないように捕まえておかないと……」
ポン、と頭を包み込む大きな手に、再び涙が溢れて来たラグニィは、ゆっくり上下する胸に囁いた。
「……なら、ずっと居ますからね」
●●●●
翌日の昼。
まだまだ体調不良の俺は、煙管から煙をふかしていた。
病人に有るまじき行為だが、これもれっきとした治療である。
「どう?」
「煙ってより、湯気みたい?
肺への優しさを感じる」
吐き出した白い煙からは、かつて耳鼻科で吸入した霧を思い出す。
「リーチェの匂いがするからかな?」
「強がって気取っても無駄だよ。
私は全部分かってるからね」
煙を吸った回数を数えていたリーチェに煙管を没収され、そのままベッドに寝かされる。
情けない事に手も足も出ず、されるがままである。
テキパキと何やら用意しているリーチェの後ろ姿を眺めていると、先程の発言の痛々しさに涙が出てきた。
「殺してくれ……」
「起きて」
「はい」
華奢な体からは想像もつかない腕力で引き起こされ、口に匙を運ばれる。
「……なんか美味い」
ポタージュの甘みを噛み締めていると、次に差し出された匙には赤茶色の粉末が載っていた。
「美味しく作ったからね。
はい、これも」
有無を言わさず口に突っ込まれた瞬間広がったのは、初期の青汁を思わせる青臭さと、舌が痺れる渋みであった。
「美味しくないだろうけど飲み込んで」
「ウグッ……んググっ……」
感覚の消えた舌を何とか動かし、腹の奥へ激物を流し込む。
「……リーチェになら殺されても文句は言わないよ……」
「毒じゃないから。
ほら、残り食べちゃって」
味が分からなくなってしまったポタージュをモソモソ啜り、お腹に少し溜まったところで再び布団に潜る。
昨日と違い、全身の感覚は取り戻していたが、やはりこちらの世界では魔力が無ければ話にならないらしい。
40℃の熱が出た時と同じように頭がグラグラし、節々に痛みを感じる。
痛みや苦痛には慣れていたつもりであったが、固有能力が治療に使われている今はしっかりしんどく、メンタルがゴリゴリ削れていた。
そんな状況を打破すべく、魔力の発生源の再現を試みる。
再現と言っても、記憶と感を頼りにひたすら在るべき形を模索する作業なのだから、これが苦痛で仕方がない。
乾いた土の斜面に水を流しても、表面張力や僅かな引っかかりで思うように進まないが、イメージはあれに似ているだろう。
で、その模索に失敗すると……
パツンッ
皮膚が焼かれたソーセージのように弾け、血肉が溢れる事になる。
「いてー」
「ああ、はいはい。
今行くから動かないで」
弾けた俺の腕を握ったリーチェが行使するのは、馴染みのある治癒の力。
つまり俺の再生能力を、リーチェ独自の形で会得していたのである。
逆再生のように塞がっていく腕を見ていると、俺よりも使いこなしていると思わざるをおえない。
「……お」
「あ」
リーチェの魔力を呼び水に、ようやく魔力の発生源が再現され始めた。
「魔力このまま流し続けるから、ゆっくり丁寧にね」
「うい」
押し破るように、しかし決壊しないように、丁寧に魔力を溢れさせていく。
「いいよ、ゆっくり……」
溢れる魔力が正しく循環するようにと、リーチェが俺の腕を抱える。
…………柔らかい
パツンッ
手の甲が弾けた。
俺の腕を抱えたまま、リーチェが白い目を向けてくる。
「集中」
「はい」
気を取り直し、再び魔力を流し始める。
第1目標は自分の体を満たせるくらいの魔力を再生させる事だ。
雑念を振り払い、肘から先、更に指の先へと意識を向けた所で、壁にかかっている白いステッキが目につく。
あれはラグニィから注文を受けて作っていた、新たな武器である。
当然リーチェにも作ってある訳で……
「そういえば、あの煙管使い勝手よかった?」
バチンッ
ロケットのように発射された指が、壁にぶつかり転がった。
「……集、中」
「はい」




