元帥君のその後
元帥は「ハッ」と目覚める。周りを見回すと、どうやら見知らぬ公園のベンチで横になっているようだ。上を向くと視界の左に丸く膨らんだものが二つ。右手でその膨らみの一つを掴むとすごく柔らかい。
すると色っぽく「あん」という声が聞こえた。
元帥はさらに「ハッ」と覚醒し起き上がる。どうやら大和に膝枕されて、大和の胸を揉んでいたようだ。
元帥は「大和さんっ」とそう叫ぶ。そして大和の顔をしばらく見た後、すべてを思い出したのか、周囲をはばからず元帥は泣き出した。
「怖かったよお、怖かったよお」
大和は元帥を抱きしめ、優しく頭を撫で「よしよし、もう大丈夫よ」とあやす。そして元帥は大和の胸でしばらく泣き続けた。
その後。
「でもなんで僕はこんなところにいるわけ?」
「元帥君はリアル世界に蘇生したの。でも元帥君の自宅の住所がわからなかったから、適当にここの公園にいるわけ」
「……そうなんだ。具体的に聞かせて」
「元帥君はタイフーンに取り込まれて、その魂でタイフーン級はリアル世界と異世界両方で存在することを可能にし、ロシア製最新鋭兵器も異世界に転生させたの。だから元帥君を蘇生させることで異世界のタイフーンの魂の容量を下げて追い出したの」
「ほへー」
「それでね。リアル世界のタイフーン級は私たちの工作で民生化された。だからこのリアル世界でも異世界でも兵器としてのタイフーンの魂はもう存在しないの」
「それならタイフーンの魂は死んだという事?」
「わからないわ。ただ『普通の物』としての魂になったんじゃないかしら。そしてタイフーンの再就役式典にR-39(潜水艦発射弾道ミサイル。核ミサイル)がタイフーンに収容されていたから、R-39の元帥君も蘇生したわけ」
「え、でも僕は人間の魂だからR-39に憑依できないって?」
「あくまで予想、いえ今となっては現実だけど、異世界で元帥君がタイフーンに取り込まれたとき、その魂が人間のものから兵器のものに変換されたの。だから大容量のデバイスがR-39にあれば元帥君の魂でも憑依できるの」
「なるほどお」
元帥は強くうなずきながらそう言った。
「んで元帥君が憑依したR-39をロシア側から回収して、兵器の蘇生と同じように、R-39の部品で人型の肉体を製作した。そしてここにいるのが今の元帥君というわけ」
「ということは僕は魂も肉体も兵器としての存在なのかな?」
大和はあっさりと「そうよ」と答え元帥は「……」と沈黙する。
「やっぱり人間の元帥君としては複雑なようね。でも、自我はそんなに変わりがないはずよ。いまも人間だった時と同じ感覚でしょ?」
「うん、でも……」
「言いたいことは分かるわ。でも安心して」
「え?」
「実は元帥君が異世界に転生してくる前、リアル世界で生きていた頃に事故にあって、肉体の50パーセント以上がR-39の部品に置き換わったとき、置き換わる前の肉体はどこへ行ったのか」
「まさか……」
「そう、それをタイフーンは回収していた。だから私たちはそれをタイフーンから取り返した。これで最先端バイオテクノロジーを使って元帥君の肉体を再生して、今の元帥君の肉体を構成するR-39と換装したら、晴れて元帥君は人間になる」
「でも魂は兵器の物なんだよね。脳も人間の脳ではないし」
「そうよ。でも肉体の50パーセント以上は人間の肉体に置き換わる。だから死んでも異世界に転生することは無い。子供も残せると思うわ」
「……うーん。それで大和さんはどうしてリアル世界に蘇生したの?」
「簡単よ、異世界の潜水艦の魂をリアル世界に蘇生させて、戦艦大和の船体のいくらかを回収して人型の肉体を確保、あとはいつもの手で私がリアル世界に蘇生したというわけ」
「そうかあ、それで異世界はどうなったの?」
「双頭の鷲計画の首謀者でロシア県の主将たるタイフーンがいなくなったから、計画は頓挫。ロシア県は大人しくしているわ。また異世界にも平和が戻ってきたわけ」
「ほかのみんなはどうしたのかなあ。F-4EJとか」
「みんなはやっぱりリアル世界より、寿命が尽きた兵器の魂は異世界に転生するという本来の摂理に沿った方がいいみたい。だからみんな自己破壊で転生していったわ」
「でも、もしも僕が会いたくなったら……」
「それがそう簡単にはいかないの。今回の一件でリアル世界での兵器の肉体を失った魂が多い。だから簡単に蘇生できる兵器は少ないの。とくにF-4EJは何回も蘇生と転生を繰り返したから、もうリアル世界に蘇生する肉体がないそうよ」
「なんか少し寂しいなあ」
「でも彼女たちの思いは元帥君も知っているはずよ」
「それは僕にこのリアル世界で幸せになってほしいと?」
「そう、日本国民の幸せ。すなわち元帥君の幸せ。それが日本兵器の魂にとって最大の望み」
「うん、そうだけど……もう二度と会えることもないのかあ」
「まあ言いたいことは分かるわ。理屈じゃない、何か寂しいんでしょ。でも私は元帥君のそういうところが好きなの」
元帥は顔を赤くして「ありがとう」と言った。
「でも兵器も似たようなものよ、転生するときはやっぱり感傷的になったわ。兵器の魂たちも元帥君と楽しい時間を過ごしたんだから」
「そうかあ。ところで大和さんはこの後どうするの?」
「それは元帥君次第ね。私は元帥君のこと好きだけど、でも私は兵器の魂で肉体も機械。一緒にいて元帥君に違和感があるのなら私も異世界に戻るわ。でも元帥君がそばにいてほしいのならお守してあげるわよ」
元帥は腕組みをして「うーん……」と唸る。
「それと一つ注意。異世界の兵器の魂が蘇生するのには、リアル世界に現存する兵器一体をまるごと消費する。いまの私の体は戦艦大和の船体でできているけど、大和型は三番艦までしかないから、異世界から転生できるのはあと二回。それも計算して」
元帥は「えー」と頭を抱えて悩みだす。
「やっぱり悩むわよね。元帥君も人間だから彼女は人間の女の子の方がいいかもしれない。でも年を取らずいつまでも同じ若さを保つ私も捨てがたい、そうなのよね」
元帥は左右の人差し指を突き合わせながら「ごめん」と。
「まあいいわ。もし元帥君に恋人が出来たら、私はメイドロボとしておいてくれたらいいわよ。もし人間の彼女はいらないけど、子供が欲しかったら、私の肉体を人間の物に換装すればいいし」
「うーん、これって両手に花で案外幸せなのかな?」
「それは分からないわ。ただ元帥君の恋人が私を受け入れるかどうかは分からないけど」
「その問題があったかあ」
「でもその場合は恋人が私を受け入れてくれるように努力するわ。料理も洗濯も掃除もできるように頑張ってみるわ。そうすれば恋人も便利なメイドロボットとして受け入れてくれるかもしれないし」
「うーん、それは嬉しいような複雑な感じ」
そしてしばし沈黙が流れる。
「ところで元帥君は今回の異世界での一件。どう思ったのかしら?」
「うーん、そうだなあ。兵器って前世の僕にとってはテレビで見るくらいしかなかったよ。でもそんな兵器にも魂はあった」
「人間にとっては意外かもしれなかったわよね」
「そしてそれぞれに思惑もあったんだよね、それに兵器の魂が行き着く異世界があるのにも、そこからリアル世界に蘇生できるのにも驚いたよ」
「そうね」
「まあ、異世界の現実も一筋縄ではいかないことを今回の一件で思い知ったけど、普段は兵器の魂たちがまあまあ幸せな生活ができているのなら僕は嬉しいよ」
「そうよね。でも元帥君にとっては大変みたいだったけど」
「まあ僕は大変だったよ、皆にはアタックされるし、いろいろと作戦に巻き込まれたし、最後にはタイフーンに取り込まれたしね」
「でも最後には人間に蘇生できた。今回の事苦しいばかりだった?」
「僕は平穏な日常の方が好きだけど、異世界の事が楽しくなかったと言えば嘘になるかなあ」
「元帥君って正直よね」
「大和さんの作戦でいろいろと頭脳戦が繰り広げられたりして。僕はあんまり頭の回転が良くないから、非日常として楽しくはあった」
「私もそれなりに楽しめたことは楽しめたかしらね」
「波乱万丈の異世界生活だったし、スリルとかは好きじゃないけど、いつも大和さんたちがいてくれたから、そんなに怖くはなかった。いつかは何とかしてくれるんじゃないかという安心感があったからね」
「それはうれしいわ」
「しかし、なによりも僕にとっては……大和さんに出会えたことがなりよりの喜びかなあ」
「日本兵器の私にとってそれは光栄なことだわ」
「僕は年齢イコール彼女いない歴だし、この先も彼女ができるか分からない。でも大和さんは僕に好意を抱いてくれている。僕もそんな大和さんが好きだし、守ってもらいたい。やっぱり僕みたいに情けない男の子にとっては、大和さんみたいなしっかり者のお姉さんが一番相性がいいみたいだしね」
「そう言われると恐縮するわ、うれしいけど。では私はこれからも元帥君を守ってあげるわね。機械の体だからよほどの相手出ない限り喧嘩では負けないわよ。料理も掃除も洗濯もがんばるわよ」
「うわあ、なんかこれから楽しい人生が送れそうだなあ」
「んじゃ……そろそろ帰ろっか。さ、元帥君の自宅の住所を教えて」
「ああ、そうだね。一緒に家に帰ろうか。ああ、でもなんか疲れちゃったよ」
「何なら私が負ぶってあげようかしら」
「うーん周りに人がいなくて僕一人ならお願いしたいところだけど、ここでは遠慮しておくよ」
「本当に疲れたらいつでもしてあげるから言ってね。それとももう少し休んでいった方がいいかしら?」
「いや、父さんたちがどうなったか気になるから帰るのを優先するよ」
「そ、わたしもお父様たちに早く挨拶したいわね」
「んじゃ行こっか」
こうして二人は新しい道へと歩み出した。
兵器たちの異世界物語、いかがだっただろうか。
僕は20年以上軍事オタクを続けているが、それで思うのは、兵器や装備品の最大の役割は抑止力として存在し、戦争に供されることなく寿命を全うすることだと思う。
たしかに戦場で活躍する兵器の方が輝いているという考えもあるだろう。しかし人間が戦争を忌避するのと同様、兵器も決して戦争で使われたくないと思っていると信じる。
平時に抑止力としてよく整備された兵器は芸術品のように美しく輝いている。逆に実戦で使われている兵器は泥にまみれ、整備も手が抜かれて泣いているのかのように曇って見える。
ところで冒頭で話した割ってしまった茶碗だが、うまく真っ二つに割れたせいで、接着剤を使うとうまく修復できた。まだ使われたいのか、輝きを失っていなかった。
兵器もまた、抑止力として輝き続けてほしいと願う。
※本作に登場した実在兵器の退役時期などは現実と異なる場合があります。




