第11話 豊穣の女神様
「……」
宿屋を出ると夜だというのに大勢の住民や冒険者で賑わっていた。
よく見るとすべての人には人間と違う特徴があちこちに見られる。
「本当に人間がいないなんて……」
サラやティナのようにケモ耳や尻尾がある人。
耳が横に長く背が高いスタイル抜群の人や立派な髭を生やした背の低い人。
中には羽が生えていたり皮膚の一部が鱗で覆われている人までいる。
「ミオちゃんみたいな黒髪と黒目の人を見たのも初めてだよ?」
「そうやな。黒に似た色の種族はおるけど真っ黒はないな」
これからは異世界――、リーディエルで生活するんだから何らかの設定を考えておく必要があるかもしれない。
「ところでミオはどこから来たんや?」
まさしくこんな質問が今後もあるだろうし。
さすがに違う世界から来たとも言えないし首輪のせいで嘘もつけない。
「気が付いたら古びた神殿で倒れてて……。そこを奴隷の仲買人に捕まって売られた後にサラたちと出会ったんだよ」
全部は伝えられないけれど嘘は言っていない。
この2人が悪い人じゃないのはわかっているけれど僕に関わったことで面倒事に巻き込むのは避けたいのだ。
「だから街を見て驚いたのね」
「うん。この世界は僕の知らないことばかりだから色々と教えてね」
「もちろん! 気になることがあったら何でも聞いてね」
「うちらが知ってることなら教えてあげるわ」
3人で話をしながら歩いて行くと大きな建物の前に到着する。
「ここに女神像が……?」
サラとティナに連れて来られたのは古い教会だった。
建物は風化が激しく雑草は伸び放題。
長い間、人の手が入っていないのは明らかだ。
大きな扉をゆっくり押すと軋むような音と共に扉が開く。
「誰かいるっぽい?」
教会の1番奥、祭壇の前に人影が見える。
まさか奴隷の仲買人とかヤバい奴か!?
そう思ったらサラがその人物へ声をかける。
「もしかしてマシス司祭様ですか?」
「おや、その声はサラじゃありませんか。それにティナも一緒に」
どうも2人の知り合いだったっぽい。
これ以上は驚かせないでほしいよ。
「2人がこんな場所へ来るなんて珍しい。ところでその子供は?」
「はい、実は奴隷売買摘発の時に保護した子供で――」
サラがマシス司祭様と呼ばれた男性に説明をしてくれる。
僕が人間族だと言うのは内緒にしてくれているので助かるよ。
それでも2人の知り合いだし挨拶くらいはしても大丈夫かな。
「マシス司祭様、こんばんは。僕の名前はミオと言います」
「こんばんは。私はアテリルの街で司祭をしているマシスです。君はあの時に保護された子供でしたか。今後何か困るようなことがあればいつでも教会へお越し下さいね」
「はい、ありがとうございます。その時はぜひお力をお貸し下さい」
そう言って頭を下げると僕の言葉と態度に驚く3人。
「君は礼儀正しい子供ですね。どこで教育を受けたのですか?」
「いえ、それが記憶になくて……」
首輪の主人であるサラ以外なら嘘も大丈夫っぽい。
だから嘘をついてもいいって訳じゃないけれどここは許してほしい。
「もしかしたら首輪のせいで記憶があやふやなのかもしれへんな」
(ナイスだよ、ティナ!)
ティナがうまく誤魔化してくれたおかげでスルーできた。
けれど普通に受け答えしただけなのに、そんなに不思議なことかな?
「ところでマシス司祭様はどうしてこちらに?」
サラが会話を逸らしてくれる。
「数日程前ですが教会に落雷があったのは知っていますか?」
「いえ、知りませんでした。ティナは知ってる?」
「うちもそんな話は初めて聞いたで」
3人の話を聞くと落雷があった日から夜になると女神像が淡い光を放つようになったのでその調査にきたらしい。
「それで原因はわかったのですか?」
「いえ、それが何もわからないのです。ここに女神像が作られてから数百年は経ちますがこんな現象は初めてのようでどの書物にも載っていなくて」
そんな前から女神像ってあったんだ。
何のためにここへ建てられているんだろう?
少し気になったから僕もマシス司祭に聞いてみる。
「あの、マシス司祭様。この女神像はどんな理由で作られたのですか?」
「ミオ君も気になりますか? 話してあげたいのですが実は私たちも詳しい理由まではわからないのです。古い書物によれば作ったのは人間族がまだ存在していた頃だと……。まあ人間族がいたなんて今では迷信ですけれどね」
「……そ、そうなんですね。ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
この女神像って人間が建てたんだ!?
人間族って言葉に敏感になってるから驚いてフリーズしちゃったよ。
「それでは私は調査も終えたので教会へ帰ります。またいつでも顔を出して下さいね」
そう言ってマシス司祭は大きな扉を開けて帰って行った。
教会に残ったのは僕たち3人。
「さて、ミオが言ってた女神像やけどどうするん?」
ティナに言われて改めて女神像を見る。
全身像で立ったまま上を向き手を組んで何かに祈っている姿は今にも動き出しそうな雰囲気の見事な彫刻だ。
数百年前に建てられたみたいだけれどひび割れや劣化の後もなく、作られて間もないと言われても信じてしまう。
(アラミオン様に言われた通り、女神像に祈りを捧げてみるかな)
女神像の前で膝立ちになり軽く手を組んで目を閉じる。
そして頭の中でアラミオン様の名前を出しながら祈りを捧げてみた。
すると急に意識が朦朧として何もわからなくなる。
☆☆☆
『……えます……? ……オ、聞こ……すか?』
女性が僕を呼ぶ声が聞こえる。
目を開けようとするが金縛りにあったように全身が動かない。
『ミオ、聞こえますか? 聞こえたなら頭の中で返事をなさい』
(……はい、聞こえます)
アラミオン様と出会った時のように声だけが聞こえる。
『私は豊穣の女神メラッド。危険なあの状況から無事に辿り着きましたね』
(ありがとうございます。なぜメラッド様が知っているのですか?)
『アラミオン様に起こされてからずっと見ていました』
マシス司祭が言った落雷ってアラミオン様がメラッド様を起こすために?
(もしかしてトンガンに殺される直前に奴が転んだのも?)
『何とか間に合いました。こうなる前に助けてあげたかったのですが昔のように祈りを捧げる者がいなくなり私の力も僅かしか残っていないのです』
あの時に聞こえた不思議な声の正体はメラッド様だったんだ。
本当に感謝しないといけないな。
『ミオには私の加護を授けます。そして次の女神像を目指しなさい』
(その前に僕がこの世界へ来たのか教えてもらえませんか?)
『ごめんなさい、今は話せません。ミオが女神像を巡ればいずれわかるでしょう。この地にはもう1体の女神像があります。そのために自身を磨き強くなりなさい。そうすれば――』
(……メラッド様?)
ザザッとノイズのような音がしてメラッド様の声が聞こえなくなった。
色々と聞きたいことがあったのに結局は何もわからないままだ。
(もう1体の女神像を探すしかないかな……)
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