2:ピクニック1
城を出ると、むわりと湿気を帯びた熱風に思わず顔が歪む。せっかくオシャレにと、白のワンピースを着たのに汗でみるみるうちに肌へはりつき清潔感が失われてゆく。帽子も持ってきたらよかった、と守を待つトモエの意識は既にこれから出かける事だけに意識が向いていた。
しばらくして、同じように城を出た瞬間に顔をゆがませ登場したのは白色のジャージを着た守である。
「うわっ、今日も外は熱いな。すまん、待たせたか?」
「ううん。早く行きましょう」
応、と返し足早に歩きだすトモエの後を追う形で二人は目的地へと歩き出した。
「「……」」
会話が無いのも無理はない。トモエはズガズガと足早に進んでいたにもかかわらず、数十メートルも歩いたころには汗だくになり手に持つバスケットの重さが恨めしく思い出すほどだった。そんなトモエと違い、まだほとんど汗もかかず追いついた守は、並んで歩きながらどうしたものかと思考する。
(すげぇ汗だなおい、こいつ普段運動してねぇだろ……)
そんな失礼なことを考えつつも、右手をトモエの体の前に突き出す。
「ひゃっ、な、なによ!」
勿論、そのバスケットを代わりに持つという意思表示なのだが恋愛歴ゼロな守はぶっきらぼうにソレをよこせ、という感じで手を突き出すしか出来なかったのだ。そして同じく恋愛歴ゼロなトモエもその突き出された手が何を意味するのか全く理解することなく、罵声を浴びせていた。
「か、体を触ろうったってアンタに気を許したわけじゃないんだからね!」
それはもう完全に自意識過剰だと言えるほどに、完全に襲われる私、といった感じで目に涙を浮かべながら両手で胸をガードしていた。
「あー、いや……わりぃ」
そして守も、トモエに悪いことをしたと手を引っ込め頭を掻きながら遅くなった速度にあわせて横並びになったまま歩き続けた。そんな年上の小さな配慮に気づくことなく、気分を害しながらもトモエは目的地へと歩き続けた。
さて、目的地となるピクニック会場なのだが、城を出て下り坂を進むと橋がある。その下には水貯めがあり、城を囲むように水が張られている。貯水槽の一つなのだが、大阪城をモチーフに作ってるだけあり構造はアレのそのままである。
ただし、構造は同じでも門は全て自動ドアになっており、水も洗浄されており底のコンクリートが見えるほど透き通っている。そんな自動ドアをいくつか潜り抜けると、ベンチとこの国の中では珍しく木が一本程は得ているスポットがある。
そこが今回の目的地である。木の下にあるベンチで食事をするなんて、何と贅沢な事か。
と、二人にこの場所を提案した執事は熱く語ったのだ。
ぐっしょりと汗を含んだワンピースの胸元に指を入れ少しでも暑さを紛らわせようとするトモエの行動に、かなり視線を奪われつつ先にベンチの前に移動して座る場所を手ではたいてみせる守である。
そんな紳士的な行動をしていても、トモエは視線を守から意識的に遠ざけているため全く気が付かない。
「やっとついた……」
ズンッ、とベンチに腰掛けたトモエは足をだらしなく開きながら再び胸元をせわしなく指で広げては新鮮な空気を取り入れていた。
「な、おい……少しは恥じらいというものをだな」
さすがに角度的にアウトだった。守は暑さのせいか、はたまた別の何かのせいか眩暈を覚えた。
「何よ? さっきみたいに触ろうとしたって駄目だからね?」
(ちげぇよ! 色々とちげぇから!)
そんな事を胸中で叫びながら、この角度はマズイと守もやや距離をあけてベンチに腰かけていた。
「なぁ、お前は何で王妃になったんだ?」
特に意識していたわけではない。何となく、そんな『どうでもいい』質問が浮かんでいた。
「あんたこそ、頭の悪そうな顔して今まで何を勉強してきたの?」
「落ち着けって。ほら、これ」
ポケットに忍ばせていた二つのプラスチックの筒を取り出すと、中からは小さな濡れタオルが顔を覗かせていた。それを素直に受け取ったトモエは、はぁぁぁ、とダラシナイ声をだしながら顔をゴシゴシと拭いて見せた。
「……ん、ありがと。でも、流石にさっきの質問無くない?」
「そう、だよな。すまん」
二人にとって、なぜ王に、なぜ王妃になったのかという質問は意味をなさない。選ばれ、拒む権利など持たないのだから。
選ばれた当日、電子媒体の新聞を見て一番目を疑ったのは当人達であり。
そして選択肢を突き付けられる。王(王妃)になるのか、国を出ていくか。断る事もできず、そのまま連行された二人は城の中にある最上部、畳の間に放り込まれると契約書にサインを書かされていた。
守はいつも通りのジャージ姿、トモエは通学前で制服に身を包んでいた。
「サイン確認致しました。それでは、お二人にはぜひこの国を再建していただきたく」
どこか非現実的な説明を受けつつも、財政、資源難だという事はこの国の住民ならば誰でも知っている事であり。
「それでは夫婦の愛の力で、頼みましたぞ」
そこでやっと二人は意識する。この隣の人が旦那(妻)になったのだという事に。
異議立てをしようとするも、二人はそれぞれ別室に連行され翌日に備えるスピーチの練習や城の事についてそれぞれ説明を受けた。
翌日のスピーチに至っては今は割愛させていただく。そして三日目、この限りなく詰みかけているこの国をどう立て直すのか、という議論のもと久々に二人は顔をあわせ丸テーブルを囲みリクライニングシートに腰かけていた。
相手のプロフィールはプライベート込みですべて調査されており、その情報はお互い資料として熟読させられていた。おかげで、お互いため息をつくこととなる。
トモエは頭の悪い守を資料の情報を鵜呑みに馬鹿にして、更には就職活動先がコンビニという事で意識高い系の彼女にとっては非常に付き合いたくない男性であった。髪型も角刈りで好みでないし、オシャレしないジャージもマイナスである。
守はというと、意識高い系のお嬢様だがまだ中学生のトモエが王妃に選ばれた事を大変だろうと心配し、声をいくらかかけていた。
だが、話しかける度に罵声や話を最後まで聞かない彼女に対し、言葉を汚く罵声を浴びせ返してしまっていた。決して頭がよくない守は、そんな自分を理解して出来ることを精一杯していたが、もちろん最初からそんな思考を持っていたわけではない。
荒れていた頃があり、俗にいう元ヤンキー属性を持つ彼なのだが、それも相まってトモエからの印象は地の底からスタートであった。
まぁ、そんな二人が今はベンチに二人、夏の風に身を委ねながら初めて落ち着いて会話を始めていた。
「話しても、良いか?」
「……うん」
「改めて自己紹介しとくわ。高見守、二十歳だ」
「知ってる」
「趣味はネットサーフィン、あとは体力作りのためにランニングをしている」
「それも知ってる」
「後は……」
「良いわ、今度は私の番」
すぅ、と軽く呼吸を整えると語りだす。
「私は眞間トモエ。ずっと身長がみんなより高くて、よく男子にいじめられてた」
「そう、なのか」
「ええ、それに貴方みたいに卑しい視線が本当に嫌い」
「そう……なのか」
「だから私は女子校へ進学したわ」
「……それは知っている」
「ム、その返しは嫌味かしら?」
「そんな事は……ああ」
そこで初めて、守は相手の知っている情報しか話せていなかったことに気が付く。
「まぁ良いわ。だから男子と一緒にデ、デデデ、デートなんかしたこともないの。わかる?」
「お、応」
「何が応よ! 馬鹿ににしてるの!?」
「わ、悪い。俺もその、女の子とデートなんかしたことが無くて」
お互い、無駄に視線を熱く交わしていたが我慢できずに視線を逸らしていた。
「そ、そうなの。貴方も初めてなの。へぇ、そう、そうなんだ……」
「その、さっきは罵声を浴びせてすまなかった」
「ああ、あの時の? 良いわよ別に。お互い徹夜でこの国の財政とか資源情報詰め込まれて、挙句の果てにプライベートを赤裸々に開示された後だったもの」
「……ごめん」
「もう、良いってば。一か月で水は尽きるわ、食料も米以外が一週間で尽きるわ、魔物に対抗する術が無いわ商人がしばらくこの国による可能性が皆無だとか。一分一秒を無駄に出来ない! なんて思い詰めてガムシャラに討論したのがまずかったわ」
何を言っても聞いてくれず、一人で悩んでたトモエがただ単に暴走していただけなのだが、その相手をする守も疲弊していた。そうして、やっとの思いで辿り着いたのが今の落ち着いてピクニックをしよう、という事だった。
「良いわ。貴方の話も聞いてあげる、どうしたら私たちは生き残れるのかしら?」
眞間トモエは気が付いている。恐らく、最初の一手を失敗すればこの国が亡びることを。この一万強の人々の命を、二人が背負ってしまったという事実に。
「出来ることをしていくしかない、だろう?」
「ええ、そうよね……」
そう、出来ることをするしかない。たとえそれが失敗したとしても、である。
何もしないで滅びるという選択肢は二人とも持ち合わせていなかった。




