1:それは唐突に。
魔物と呼ばれる大型の獣が世界を蹂躙して百年が経った。
腹を減らした魔物は『食事』の行為として、人類をターゲットにしていた。丸のみにされる者、かじられチーズのように四肢が割かれる者。逃げまどい体力が尽きた汗だくの者の塩分を楽しんでから捕食される者。
そのどれもが『食事』であり、魔物にとっては生きる為の摂理に過ぎなかった。
唯一の救いがあるとすれば、腹が膨れると自分の巣へと戻り、再び腹を減らすまでその場から動く事は無かった事か。
おかげで、一気に人類が全滅する事は無かったが、三メートル級の四足歩行の獣を前に世界の保持する重火器では圧倒的に数が足りなかった。
銃は魔物にそれなりに効果はあったが、巨大な体躯をしているにも関わらず身軽に銃弾を躱す魔物。一発二発が当たっても、怯む事無く襲い掛かるタフネス。毒物も効きが悪く、何時間も毒付けにしなければ魔物を倒すことはできなかった。
毒を遮断するマスクをつけても、魔物には人並みの知能があるのだろう。マスクをその鋭い爪で剥がしにかかるのだ。
その行動から、魔物はあくまで『食事』の為に人類を捕食し腹を満たしているわけで、虐殺マシーンという訳ではなかった。
つまりは、魔物の存在がこの地球上に現れた時から『人間が家畜』という立場に成り下がった事を意味していた。
ただ、人類も決してやられたままではなかった。
人々は魔物の波に抵抗する為、巨大な壁を建造して新たな国をいくつも作りあげた。巨大な壁からの射撃、崖打ちという古典的かつ効果的な方法にて魔物からの脅威を退けていた。重火器は資源面から国の中心に建てられた城に保管され、基本的には木の弓で応対していた。
魔物も体に何本も弓を生やすと、素直に引き下がるようになっていた。それでも、三十メートルの高さの壁から射撃を行う弓師質が犠牲になる事はあったし、国から国へと移動する商人達が襲われることも多々あった。
閉ざされた国の中では、資源がどうしても底をついてしまうのでどんなに危険な仕事だとしても商人の存在は必須だった。その商人達を魔物から守る存在、ソルジャーとビーストマスターがある。
ソルジャーは名前の如く、魔物と直接戦いを挑む者達の総称である。武器を手に、魔物を狩る者である。
そしてビーストマスターは、魔物と心を通わせ従える者。彼らは魔物同士を戦わせる事で魔物を狩る者である。
魔物は集団でも個別でも行動するし、スピードも緩やかだが討伐数以上に増え続けている。そして、今魔物の集団は一つの貧乏国に目をつけていた。
その国の名は衛巴。大杉衛と遠海巴の二人の元資産家が建てた国だった。
ふたりの名をとり、衛巴。既に今は国が出来てから二代目の国王と王妃がこの国を統治している。
人口も一万強と、そこそこ大きい国だが問題がいくつもあった。魔物が世界に降り立って直ぐに行動を移した二人だったが、条件が壁の建設時間と魔物の進行時間。そして自分たちが安全に移動出来る場所という条件で国を建造したのだ。
わかりやすく言えば大阪の北部が二人の条件に合い、山岳地帯に財産をつぎ込み重機を次々と投入した。
一年。そう、経ったの一年で山を丸々削り取り、その土砂で壁を築き上げたのだ。
だが、この場所は資源の面が非常に乏しかった。少し遠出をすれば海があり、海産物を手に入れることができる。少し外へ出れば木々や山の恵を手に入れることができる。地殻変動で面積を増した琵琶湖から無限とも思える飲み水を確保する事もできる。
その全てが壁の外で手に入る物であり、山をくりぬいたその場所に残ったのは多数のマンションと中央部に建てられた城。モチーフは大阪城なのだが、中身はエスカレータやらシーリングライトやらしっかりと近代建築の品物である。
そんな居住区と多数の商品がなかなか並ばないコンビニと予算が尽き手付かずになった広大な空き地やポツポツと居住区の中に空き地と書かれた看板のみが占拠する土地があった。いや、それしかなかった。
現代人の思考、余りに考える時間や考察する時間が足りなかった結果、過剰に作ったコンビニへ商品を供給する術まで手が回らなかったのである。ただ、衛と巴の功績はこの国のエネルギー資源に自然エネルギーをふんだんに取り入れたことだろうか。
建築物の天井にはソーラパネルが敷き詰められ、発電機と蓄電器を大量に用意したことだろう。光ケーブルなどは魔物が切断して現代では使い物にならず、通信手段は国の中に巡らされた電柱に設置されたアクセスポイントからのLi-Fi通信だけであった。
国外との通信手段は衛星通信があったが、残念ながら他の国の回線がわからず今のところこの国が出来てから一度も活躍をした事は無かった。
そんな貧乏な国の二代目の国王、高見守と王妃、眞間トモエはため息をつかざる得なかった。
「なぁ、どうしたら良いと思うよ?」
「わっかんないわよ、そんな事……」
リクライニングチェアに腰掛け、全力で背に体重を預け仰向けになりながら二人とも天井を見上げていた。前王は同じ名前、という理由だけで二人に国の未来を預けたのだ。
国の財政は正直いつ崩れても可笑しくない。商人が最近この国に来てくれないのだ、お金がないから当然と言えば当然なのだが。
家畜が居ないこの国で食料を得るには、外に出るか商人に頼るしかない。いや、本当は米だけは過剰にあるのだが、米しかないという惨状だった。
米とエネルギーはあるが、この日本国内にあるほかの国も米は確保しているらしく需要は全く無かった。エネルギーに至っては、渡す手段が無く百年前に持ち込まれた電化製品も次々と寿命で朽ち果てていき、宝の持ち腐れとしか言いようがなかった。
それでも電気だけは絶やすなという王令があったがため、自然エネルギーの供給方法だけは今でもしっかりと維持している。
「ビーストマスターの武って」
「この前テイムしてた魔物に食い殺されたじゃない」
「ああ、そうだったか……」
「じゃあ、ソルジャーの香澄は」
「違う国で良い男みつけたとかで、移住したでしょ……」
「ああ、そうでした……」
守が国王になってから僅か三日で、この国の重鎮であった二人が国から居なくなったのだ。トモエも頭を悩ませていたのはこの事が原因だった。
一万強が今日も生きるこの国に、水などの資源を供給する術が失われたのだから。他の国からソルジャーやビーストマスターを雇うにも、雇う金がない。
住民もわざわざ危険な仕事はしたくないので、王令であるエネルギーの取り扱いに関しての学勉をしてその技術者志望者ばかりである。勉強ができない者は、商品の無いコンビニで懸命に働いた。命の危険がある外へ出ないためにも、皆が皆必死だった。
余った土地に作られた貯水槽も、雨に恵まれず半分まで減っていた。雨水の浄水はエネルギーが豊富なこの国では朝飯前なのだが、天候に左右されすぎるキャパシティの上限にも頭を悩ませていた。
以前ならビーストマスターが大量の水を運んでくれていたため、現状に可能性を全く考慮していなかったのである。
貯水槽はMAXで二か月は持つよう設計されているため、最悪まだ一か月は猶予があるのだが。
「なぁ、気象予報の話だけど」
「ピクニックでも行く? 私たちまだまともに交流したことなかったものね」
「そう、だな……」
「もう、しっかりしてよね王様!」
「ぐっ、その呼び方は辞めてくれよ王妃さんよぉ!?」
「……あんた、表に出なさい!」
「このクソマア! さっきから偉そうに何様だよテメェ!」
「王妃様よこの馬鹿!」
二人は顔に乗せていた生ぬるいタオルを部屋の隅へと投げ捨てると互いの顔が触れるほどに近くに寄せられた。
「……なぁ」
「何よ、息かかんだけど」
「あっ……すまん、まぁピクニックにでも気晴らしに行くか」
「えっ? ……うん、そうね。少しくらい良いわよね」
お互い、目の下に隈を作りこの城に来た当初よりやつれていた。
守は二十歳と、本来なら大学で授業を受け成績も伸びずこのままコンビニへ就職する予定だった極々普通の青年である。頭がダメならと、体力作りのために下手な歌を口ずさみながらランニングを毎日かかさず行っていた。おかげで普段着からジャージ姿で、夜寝る時ですらジャージのままというズボラな性格であった。
残念ながら筋トレなどはしていなかった為、体力だけしか取り柄がないような守だったが、国王に任命され城へ連行された時は国中の人以上に本人が驚いた程だ。
衛と同じ身長ということもあり、衣服を自由にして良いと言われたのだが横に大きかった衛の服に袖を通す事は今のところなかった。中肉中背の守は国王に任命されてからも、ジャージ姿のままであった。
そんな守と同じく、名前だけで選ばれたトモエはまだ十四歳と中学生にも関わらず王妃として選ばれたのだ。頭の上の中と、なかなかに優秀で中学生にもかかわらず長身で170cm超えと、守とほぼ同じ身丈だった。
トモエは身長だけで無く胸の育ちもよく、男子からの目線に悩める女子中学生であったが、ここ最近は守からの熱い視線に胸中でため息をついていた。
(何この変態ロリコン男、マジでこんな冴えなさそうな角刈り頭が王様に任命されたわけ?)
前王もそうだったが、王と王妃だからといって恋人のように仲が良いかと問われたら別であった。衛と巴は共に資産家であり、協力者としてその人生を歩んだのだ。
子供に恵まれなかったのも、つまりはそもそもそんな行為を許した二人ではなかったからだろう。
だがしかし、守とトモエは王と王妃として選ばれたのだ。断る権利はなく、仮に断ろうものなら国外追放。つまりは死を意味していた。
そう、三日前から守とトモエは事実上の夫婦関係になっていた。お互いのことをまだ何も知らないまま、それは突然にやってきたのだった。
(ああ、財政も王様も難有りって、一体私にどうしろっていうのよ!)
胸中でのため息から一転、考えることを辞め白米だけを詰め込んだ弁当箱をバスケットに入れていた。何度目になろうか、鏡の前に立ちその場で一回転。オシャレをした姿を何度も確認するトモエは、初めての異性とのおでかけに少しだけ浮かれていた事に、トモエ自身まだ気が付いていなかった。




