外伝~命の誕生~
中途半端な話です。
その日もトーマスは書庫へこもっていた。
もうすぐ第一子が産まれるというのに、だ。
どうしても欲しい「本」が見当たらない。妻は見つけたというのに。
あの「本」があれば本当の意味での世界大戦の発端が分かる。そうすれば今問題視されている神聖シャン・グリロ帝国、軍事帝国カーン、そしてバークス公国のいがみ合いがなくなると信じている。
個人的にカーン帝国とは仲が大変よろしい若きヴェルツレン侯爵としては、バークス公国などどうでもいいのだが。
半年前からヴェルツレン侯爵領とカーン帝国では慶事続きである。カーン帝国では国王、セシル陛下のご婚約に始まり、ご成婚。そして独身を貫くと思われていたダレル准将の「出来ちゃった」による結婚……正直、トーマス的にはこれが一番驚いたが。盟友である第二特別特殊部隊のオスカー、ビル、アーロンが特殊部隊「三部隊」の責任者になったこと、それを補佐する役目としてメイナードがいる。マルドゥラはどうしたのだろうと思ったが、「私はテストパイロットがいいの」とどうやら逃げたらしい。
ヴェルツレン侯爵領ではベティが今控えている出産もあるが、執事であるサシャの従弟が結婚しただの、久々に食物の品種改良が成功し自給率がかなり上がったこと、それにより領民の暮らしがかなりよくなった。そして、カーン帝国王都では「当たり前」だった下水道が公国首都よりも早く領内全てに施された。それを羨み、他の貴族にネチネチ言われようがトーマスは気にしない。領民を守るのが領主である自分の役目だと思っているからだ。
徴兵が終わった領民に一年自警団への入団を勧めたのが良かったのか、犯罪率も低下している。そのまま自警団に居座る猛者も出てきてたくらいだ。
出来うる事なら、この慶事に沸く時間が続けばいい。それは無理だとしてもせめて飢える事がないよう、戦が起きぬよう、そして孤児が増えぬよう願わずにはいられない。
そのためにも「本」が必要なのだ。
「見つからない」
それもそのはず、おびただしい書物の数は今もなお増え続けている。トーマス自身はそこまで「本の虫」ではないが、何せ「兄貴分」であるセシル陛下が「本の虫」である。「政務で読めない! だから感想聞かせろ」とわざわざ贈って寄越すのは如何なものかと、ベティとサシャ三人で頭を抱えている。
「いっそ、図書館作っちゃおうかなぁ」
それくらいの財政的余裕はあるが、そのために建物を作るとなるとバークス公国国主が黙っていないだろう。
「別邸一つ潰しますか?」
「潰せる別邸ってあるの?」
「……ないですね」
サシャの妹であるティティの一言に、トーマスは普通に返してしまった。余計なものを嫌う代々のヴェルツレン侯爵、それなのに他の貴族よりも多い別邸を持っているが、全て必要に迫られて作ったものである。つまり、他の物は置けない。
「いっそのこと、どかんとぶち抜きます?」
「どこを!?」
茶色い髪に赤い瞳でかなり愛くるしい顔立ちのティティ、実はかなりの腹黒で容赦ない。正直マルドゥラといい勝負である。……見た目はマルドゥラの方が幼く感じられるが。
「どこって……カーン帝国の執務室です。国王陛下の寝室と執務室をどかんとぶち抜けばいつでも本が読めるんじゃないんですか?」
「……他国にそこまで口出しできないよ」
でも帝国でよかったと思っているのは、仕方ないと思って欲しい。ヴェルツレン侯爵邸は特殊な創りの為、柱をぶち抜くことが出来ない。
「侯爵様、思っていることは口に出さないでくださいまし。私が言うからこそ冗談で済まされるものです」
「ティティが言ったって冗談には聞こえないよ!!」
思考を読んだかのようなティティの発言に思わず突っ込みを入れた。……こういった手合いはカーン帝国軍に所属していた頃からマルドゥラで慣れていたが、突っ込み役が一人となってしまった今、かなりしんどいものがある。昔はメイナードとベティは確実に味方だった。
「諦めてくださいまし。私を補佐に頼んだ時点で」
「他に頼める人、いなかったからね」
そんな会話をしながら捜す手は休めない。
「トーマス様! おめでとうございます! 母子共にご無事でございます」
サシャがノックも忘れて書庫へ入ってきた。そして、自分の顔がほころぶのがよくっ分かった。
男女の双子、検診で分かっていたとはいえかなり嬉しいものがある。
名前は性別が分かった時点でベティに相談された。
今は亡き両親の名前をつけてはどうかと。
バネットとクリスティ。二人のように仲睦まじく、そして二人のように非業の死を遂げないようにと。
二人の名前はその後のヴェルツレン家に大きく残ることとなる。




