外伝~「僕」の生きる意味~中篇
頭がぼうっとする。ここはどこだろう。
「やっと気がついたか」
あなたは誰?
「まだ声は出ないか……仕方あるまい」
壮年の男が苦笑していた。
「旦那様、白湯をお持ちしました」
「うむ。ご苦労。それからバネットを呼んでこい」
「無理にございます、旦那様。本日はクリスティお嬢様のお供で王宮で夜会に出席にございます」
「クリスティごとキャンセルさせろ」
入ってきた男がやれやれといった感じで出て行った。
「半月も寝ておればただでさえない筋肉が減っておるな。動けるようになるまで精進せよ」
そんなことを言われている間に、また扉が開いて若い男女が入ってきた。
「気がついたんだね」
若い男が言う。確か、この人には見覚えがある。なんて綺麗な服を着ているのだろう。「僕」とは無縁の世界だ。
若い男は白湯を口に含み、「僕」へ飲ませた。
「これで分かっただろう? これに毒は入っていない。安心して飲みなさい」
「バネットは過保護ね」
「最初の一口は口移しがいいですよ。クリスティ様」
穏やかな二人に「僕」は圧倒された。
「まずは体力をつけて頂戴。他のお話はそのあと。体力つけながらお勉強しましょう?」
優しく微笑む若い女を見て、この世は不公平だと心から思った。
半年も経てば、「僕」は普通に歩けるようになった。バネットさんに体術を教わり、サシャさんに勉強を教えてもらっていた。食べるものには困ることはなく、逆に困っていた。
「さて、そろそろ君に選択肢を与えたい。まずは『個体チップ』を埋め込むか、埋め込まないか。埋め込む時に発生する違反金と手術代はこちら持ちだから、気にしなくていい。それから、ヴェルツレン家のために生きるか、自分のために生きるか。もし、住む場所がない、仕事がない、でもヴェルツレン家のために生きたくないのであれば、仕事先ぐらい斡旋できる」
とんでもないことをバネットさんが当たり前のように言ってくれる。
「バネットさん、その前に『僕』に名前を下さい。そして、僕はあなたとクリスティ様のために生きたい」
バネットさんはそんな僕を困ったような顔で見て、そして優しく微笑んでくれた。
「……トム」
その日から「僕」の名前は「トム」になった。
そして、「僕」はバネットさんのために「個体チップ」を埋め込まなかった。
だって、国境を越えるとき楽だから。誰かと接触する時、気付かれないから。「僕」にとっての唯一の主はトーマス様ではなく、バネットさんだから。
でも、「僕」の名前を考えてくれたのは、トーマス様だとあとから知った。「トム」はトーマス様の愛称だって。ここにいる人たちは皆厳しくて優しい人たちばかりだった。




