五十四
シャン・グリロ帝国辺境。
「動いたか」
とある男が叫んだ。
「全速前進! アレを守れ!」
ユグドラル共和国首都。
「……無理だったか……仕方ない」
老女が呆れたように呟いた。
「ほれ! 住民を避難させるよ。昔のような大戦は起こらない」
エルド・ラド国とある地域。
「あ~あ。今まで黙っていたのに。お終いじゃん、トーマス」
諦めたようにに若い男が呟いた。
ヴェルツレンの密命を帯びた人間たちがゆっくりと動き出す。
「指揮は誰?」
「ん~。カーン帝国第三王子セシル殿下とその補佐ダレル大佐。それからアッカー少佐」
「じゃあ、大丈夫だね。アッカー家が絡んでいるなら」
カーン帝国へ密命を帯びた人間が今まで入らなかったのは、アッカー家があったからである。以前の世界大戦のときも出兵を最後まで拒んだ孤高の男、セルデ=アッカー。カーン帝国からその名を消されても、彼の遺志は子々孫々まで受け継がれていた。
そして奇遇にも、現ヴェルツレン侯爵は彼の部下であった。
「さてと。動くか。いい加減『カメレオン』のやり方に頭きてるからさ」
「って言っても、『カメレオン』だってアレの末端だよ。どうしたらいいものかな」
「仕方ないじゃないか。今は大戦を防ぐ方が大事」
軽口を叩く男二人が『カメレオン』の本部へと入っていく。
「さて、お遊びはお終いだよ? ねぇ、チュルス」
「……お……お前はッ! 組織を裏切るのか!?」
「やだなぁ。裏切ってなんかいないよ? 子供攫ったりしなきゃ、僕たちはヴェルツレン侯爵へ君を紹介しようとは思ってたんだよ?」
ぼってりと太った男を蔑むように睨んだ。
「個体チップ」を嫌うのはヴェルツレン侯爵とて同じだった。紹介するかしないか迷っている間に、この男は愚かなことをしたのだ。
「もっとさぁ……崇高な意思があって、そんなに醜くなったりしなかったら、ホント考えたんだけどねぇ」
自分が世界の支配者になるなんて思わなければ。力を持った小心者は野望を大きくするのは早かった。
どうやっても戦は免れない。だからこそ、最小限に抑える、それが「彼ら」のやり方だった。
「見てごらんよ。君が欲しかった『方舟』だよ」
そう言って窓に意識を向けさせ、一瞬で殺した。
「あ、サシャ? 終わったよ。動いていいよ。トーマス様のご両親の敵は討ったって報告して」
あんなことしなかったら、トーマスはヴェルツレン侯爵のもとで帝王学を学べたはずだ。
ただ、カーン帝国のアッカー家と強いパイプをもてたことは嬉しい誤算だった。




