五十二
「くそっ」
ダレルは思わず悪態をついた。
これでは「カメレオン」の思惑通りだ。「個体チップ」による全ての人間への監視、それこそが誤りだと「カメレオン」は声高らかに叫ぶ。各国に同調する者が現れる、そして保護するのだ。
「『個体チップ』が誤りだろうがなんだろうが、二度と大戦を起こさせるものか!」
ダレルがずっと抱いていた目標でもある。アッカー家のもう一つの家訓といってもおかしくはない。
「ダレル!」
「デール兄、殿下!!」
帝国は既に半分ほどが「カメレオン」の支配下だ。そしてその支配下で「個体チップ」が取り外されている。
ただ「個体チップ」が外されるだけなら問題はない。その後洗脳されてしまう。マルドゥラたちより小さい子供が前線へ出て行く。帝国も、「カメレオン」も同じ。
どの国もが疑心暗鬼になり、手を結ぶどころではない。
近くで銃撃の音がする。既に居場所は知られている。
「デール兄! 殿下を連れて逃げてくれ!」
「しかし」
「あなたは近衛隊でしょう!? 私は第二特別特殊部隊の隊長。殿は私の役目!」
「共に来い! ダレル!!」
肩にかけた散弾銃を無闇に撃ち放つ。こういう時こそマルドゥラがいて欲しかった。
誰もいないところに向かって巨体が撃ち放った。
『ダレル大佐! ご無事ですか!?』
イーユン中佐の声だった。
「小生が援護します。間もなく国境です!』
見れば全機体が揃っていた。
『こちら側の鎮圧は終わりました。殿下、大佐、ご指示を!!』
何と部下に恵まれたことか。
『全機撤退! ヴェルツレン侯爵領へ入る』
『了解』
数ヶ月かけてヴェルツレン侯爵領へついた。
「……ふむ。わしとてどうしようもない事じゃな」
ヴェルツレン前侯爵は呆れたように言う。
「不肖の孫なら試験中じゃ。アレが出来なくばヴェルツレン侯爵は名乗れん」
帝王学とはまた違う「何か」があるらしい。ヴェルツレン前侯爵はそれについて何も言おうとせず、ただひたすら茶を飲んでいた。
「貴殿らはよいのか? カーン帝国を裏切ったことになる」
「それを言うなら、ヴェルツレン前侯爵あなたもです。バークス公国を裏切っているはずです」
セシル殿下がためらいもなく告げた。
「もとよりあの愚かな国へ忠誠など誓っておらん。ただひたすら奇跡だけを望む国だ」
「そうおっしゃるなら私とて一緒です。私は大戦を防ぎたい。父上は民あっての帝国だと言っておりましたが、カーン帝国は内側から既に腐っている」
「いさしかたあるまい。皆あの大戦を忘れただけのことよ」
「あなたは……ご存知なのですか?」
文献ではない、大戦を。
「ヴェルツレン家はその為だけに存続しておる。愚かなるバークスを抑えるためだけに」
「『裏切りの公国。世界大戦の発端』」
トーマスが以前口に出していた言葉。それはメイナードから出た。
「いかにも。愚かなる初代バークス国主。あとは不肖の孫が帰ってきてからじゃな」
がたん、どこかの扉が開いた音がした。
「トーマスッ!!」
「ベティ中尉……声大きいです。静かにしてください」
ぼろぼろになったトーマスへ誰一人駆け寄れなかった。
「終わったか」
「はい。何とか。……多分、動かせます」
「動かすか」
「……はい。それしか方法はありません。ただ、僕は指揮を取れません」
「何故?」
「それだけの力量がないからです。僕が出来るのは……動かすだけです。指揮はお祖父様か殿下、もしくはダレル大佐にお願いしたく……」
それだけ言ってどさりと倒れた。
虚空を見つめたヴェルツレン前侯爵がため息をついた。
「あなた方にお願いできますかな? わしはこれより登城し、ヴェルツレン侯爵の譲位を孫に行う。それによりカーン帝国軍からの離脱、そしてヴェルツレン侯爵として動くことになる」
「分かりました」
ヴェルツレン前侯爵がトーマスを抱え、城をあとにした。




