四十二
部屋に入るとセシル殿下から労いがあった。そしてすぐさま、計画へと入っていく。
「とりあえず覚えてもらうのはまぁ、国主ご一家とヴェルツレン侯爵。出来れば前侯爵も来てもらえるとありがたいが、あの方は既に公国の政に興味がないようだからね。こないと見ていい。それからもう一つの侯爵家であるアットウェル家が問題だ」
アットウェル家は昔からシャン・グリロ帝国寄りの発言をすることでも有名である。
「ヴェルツレン家はあまりそういった立場を取らないから、バークス公国は今までシャン・グリロ帝国よりだったのだろうけど、アットウェル家も前回の武器輸入で裏切りを受けている。だからこそ、今回カーン帝国へ話が来たと私はみてる。
逆に元エルグス男爵はカーン帝国よりだった。だからこそ、シャン・グリロ帝国よりのバークス公国が嫌になり、独立宣言をしたのだろうね」
様々な思惑が入り乱れる公国なのだとセシル殿下は言う。
「困ったものですな。今回は私とトーマス准尉が夜会へ出席させていただきます。他は前回と同じように外で警備をさせていただきます」
「ダレル大佐……全員分正装用意してあるから、参加して。これは私の命令と、バークス公国からのお願い」
「は?」
「我が軍隊内で全員ファンクラブがあるのをかぎつけている。イーユン中佐とビル中尉がいないことでさきほど兄上が嫌味を言われたそうだ。他は全員『何が何でも出席して、我が公国の人間と交流をはかって欲しい』との仰せだ。おそらく側室殿から話がいったのだろうね。あの方はダレル大佐のファンだから。准尉三人はまだ発足していないから側室殿の噂話に名前すら出てこないけどね」
「では、とりあえずトーマス准尉とベティ中尉以外は公国の方と踊って顔と名前を覚えること」
ダレル大佐が当たり前のように言ってきた。すぐさま全員敬礼する。
バークス公国内の社交界デビューは十三歳からということらしく、マルドゥラも規定内に入った。思わず部隊全員で固まってしまうのは許して欲しいところである。
そんな思いむなしく、トーマスはエメラダ王女に捕まったが。
とりあえず全員、コードネームで呼び合うということになり、トーマスはT、ダレル大佐はD、オスカー大尉はO、アーロン大尉はA、ベティ中尉はB、メイナードがMにマルドゥラがLだった。トーマスの名前を呼ぶわけにはいかないという、セシル殿下の優しさだった。
機嫌よくエスコートされるエメラダ王女と時折視線を合わせながら、全員と会いコンタクトを取っていく。現在、ダレル大佐は側室様に捕まってしまった。あとは、それぞれがバークス公国の貴族令嬢や奥方様などと踊っている。一番大変なのはマルドゥラだろう。王太子殿下のエスコートから避けるべく、バークス公国内の貴族様や騎士様と踊っている。それに対してダレル大佐やセシル殿下から名前を覚えるべく、指示が入っているのだ。今はベティ少尉もセシル殿下から離れ、バークス公国の人間とだけ踊っている。
「どうかなさいましたの?」
「いえ……最初からいるのは初めてですから……」
そういうことにしておいてもらいたい。
『Lから全員へ。怪しげな人物を外に発見』
『TからLへ。怪しげな人物の場所を教えて欲しい』
この間にも全員が臨戦態勢を取っていく。
『LからTへ。大体が木陰。そして迷彩を着ている』
『了解。Tから全員へ。簡易レーダーには反応なし。「カメレオン」の可能性あり』
『セシルから全員へ。戦闘態勢に入ってくれ。私は国主と兄上に言う』
離れるわけにはいかない、エメラダ王女を守るべく抱きしめた。
「え!?」
「舞踏は一時中止です。少し大人しくしてください」
『Mからセシル様とDへ。銃撃できます』
『分かった。私が言ったら開始してくれ』
開始の合図よりも先に、向こうが仕掛けてきた。
『MからLへ。場所の特定を!』
『乱射でいいわよ!!』
不特定多数の場所にいる、そういうことだ。そしてメイナードは銃を取り出し、前線にいき乱射を始めた。
「姫は国主たちのお傍にいてください」
「え?」
国主たちのところへ届けるなり、すぐに前線へ行く。既にベティ少尉もいた。
『君たち四人で抑えろ。こちらの守りは私たちでする』
『了解!!』
「とりあえず、今撃っている辺りは、全部敵! よろしく!」
それだけ言うと、トーマスも銃を取り出し、乱射を始めた。トーマスは的に当てるよりも、こういった乱射の方が得意である。
「『カメレオン』!!」
後ろから声があがった。やはり内通者はどこにでもいるのか。来賓を人質に取ろうとする輩はダレル大佐たちが仕留めていく。そして、内通者らしき人物を確定していくのだ。
「くそ!!」
きりがない。向こうの騎士様も応戦しているようだが、いまいち切れ味が悪い。
『おそらく我が帝国のせいにしたいのだろうね』
セシル殿下が呆れたように呟いていた。
結局、内通者を数人捕まえて「カメレオン」を何とか撃退できた。
翌日。全員が疲労困憊していた。あのあとから、トーマスはエメラダ王女に怯えられ、本日からのエスコートはなし、しかも全員夜会出入り禁止になった。それだけでもかなりありがたい。
「お疲れ様。向こうはこちらのせいにしたかったようだけど、内通者全員公国の方だったからね、向こうから謝罪をもらって終わったよ」
セシル殿下が労いの言葉をかけてくれた。
「予定を切り上げて帰ることになった。お互いその方がいいだろうとね」
側室様は一緒に帰国せず、別行動にするという徹底振りだった。




