三十九
翌日からは、セシル殿下は宿舎に入り浸るようになっていた。
「公式行事より緊張してたよ」
笑って言うが、普通は公式行事のほうが緊張すると思うが。
「殿下、近衛部隊は大丈夫なんでしょうか?」
ダレル大佐が不思議そうに聞いていた。
「問題ないよ。私はこちらの責任者をつとめているのは近衛部隊でも周知しているし。アッカー少佐とデイ少佐がいれば大丈夫」
王太子から貰って開封だけした茶葉を使い、セシル殿下がいつも茶を淹れている。
「あ、会議とか訓練はきちんと出てるよ? ちょっと私の場合は休憩が多すぎるだけ。はい、全員に茶は行き渡ったかな?」
これも会議だし、と嘯くセシル殿下が椅子に座った。
現在セシル殿下の王家の身分証明の紋章は開発室の奥深くに眠っている。渡そうとしたが、セシル殿下が嫌がったのだ。今、紋章の場所はイライザとダレル大佐しか知らない。
「お茶、多いですよ」
イーユン中佐が気がついて言う。だが、セシル殿下は気にしていない。
「間もなく来るし」
「?」
「お待たせ。遅くなっちまったね」
来たのはイライザとベンだった。
会議の内容は今度バークス公国へ行くというものだった。勿論、武器輸出のため。
「一個問題が発生してね。はい、招待状」
「公式の招待状ですね。セシル殿下とトーマスに」
セシル殿下が持っている用紙を一瞥したマルドゥラが呟いた。
「さすがマルドゥラ准尉。その通り。『親愛なるセシル第三王子殿下とその弟分様へ』だよ」
「……僕、ですか?」
「そう。向こうで揺さぶりをかけたいのか、エメラダ王女の我侭か分からないけど、これが届いた。これに従って、私と第二特別特殊部隊はバークス公国へ行くことになっている。無下に出来ないからね。あと兄上も行きたいそうだ。……表向きは第一側室の里帰りについて行く。……言い訳だろうね」
「今まで側室殿の里帰りは一度もありませんでしたし、ついて行くような方ではありませんからな」
「ダレル大佐、その通りだ。だから私は前回と同じような配置で特別機を動かそうと思っている。適材適所だし。またトーマス准尉には包帯を巻いてもらって……あとは開発室だけど、イライザ責任者には残って欲しい」
不穏な空気が会議室を包んだ。
「軍上層部で不穏な動きがある。開発室の機密が漏れたら大変だ。……だから正直に言うと第二特別特殊部隊からも数人残って欲しい」
「残るのはイーユン中佐とビル中尉でよろしいかと思います」
「こちらも、あたしとベンは残るよ。ガイを行かせる。技術者も精鋭をそろえて送り出す」
ダレル大佐とイライザがすぐに同意した。
「『カメレオン』が動くかどうかは未知数だ。今回は兄上の近衛部隊も一緒だからそこまで酷くは無いと思いたい。前回の件でだいぶ軍自体が罰則を受けている」
カメレオンの説く「個体チップ不要説」に心酔したのだ。
「『カメレオン』自体、あたしはバークス公国もしくはシャン・グリロ帝国に唆されて動いたと見たけどねぇ」
「イライザ責任者、前回はそうかもしれないが、おそらく彼らが狙っているのは『遺跡』だ」
「遺跡」その言葉に全員が絶句した。
「世界大戦前の遺跡、宇宙をも支配する『方舟』。それが欲しいのだろう」




