二十三
「これって、誰かに見せたことは?」
イライザの顔が強張っていた。
「えっと……メイナードとマルドゥラだけです。院長先生にも見せてません」
「だったらいい……ってぜんぜん良くない!」
ベンの顔も強張っていた。逆に軍の人間は誰一人、分かっていない。
「あんた、今までよく無事だったね。ほかの孤児院で引き受けしたくない理由はこれだよ」
ペンダントを二つ見せびらかした。
「カーン帝国の隣国、『バークス公国』って知ってるかい?」
「馬鹿にしてらっしゃる?」
イライザの言葉にベティがすぐさま突っかかった。
「悪い、そういう意味じゃない。まず、金貨の話からいこうか。こっちの金貨はそのバークス公国の金貨だ。もう一つはそこから二十年位前に独立し、我が帝国の属国になったエルグス共和国のものだ。あそこは確か、『身分制度を無くす』って事で、エルグス地方が暴徒と化して、一方的に独立、そしてエルド・ラド国で正式承認され独立国となった。その後間もなく、我が帝国と提携を結んだ。
正直に言えば、提携話が先にあったから、独立が承認されたようなものさ。勿論バークス公国側は異議を唱えた。だが、それはあっさり却下された」
「『裏切りの公国、世界大戦の発端』」
「トーマス、誰があんたにそれを教えたんだい? 歴史では教えないはずだ」
「え? 僕なんか言いました?」
「言ってた。『裏切りの公国、世界大戦の発端』って」
素に戻ったトーマスに、メイナードがさっき呟いた言葉を教えてくれた。
「正解。確かに世界大戦発端の国とも言われているね。何せ、バークス公国は対戦前は『神聖シャン・グリロ帝国』の飛び地領だった。当時のバークス公爵がシャン・グリロ帝国から独立しようとして、カーン帝国がそれを応援したのが始まりと言われてるよ」
「初耳ですな」
ダレル中佐が言った。
「この辺りは母親からの受け売りでね。あたしたちは歴史狂いの母親から色々教えてもらったよ。で、結局独立はしたけど、身分制度はそのままなんだよ。自分たちが元『公爵』だから身分に『公爵』がないだけで、それ以下の『侯爵』『伯爵』『子爵』『男爵』『準男爵』までしっかりある」
「知ってます。侯爵家は二つ、伯爵家四つ、子爵家が八つ、男爵が十六、でしたっけ?」
「トーマス、誰に習ったんだい? そんな詳しい話」
「え?歴史で……」
「教えないわよ。おそらくあなたは来るのが他の子より遅かったから、そちらで習ったのかしら?」
あれ、いつ覚えたんだろう……。
「あたしも、家の数まで初めて聞いたよ。侯爵家二つってのは有名だけどね」
そこからは、イライザの独壇場だった。
二十年位前に、ヴェルツレン侯爵の一人娘がエルグス地方に視察にたまたま行っており、独立紛争に巻き込まれ執事や護衛と共に行方不明になった。間もなく死亡が確認されたものの、七年くらい前までは遺体すらエルグス共和国で渡さなかったらしい。
「あれ? 七年前って、トーマスが孤児院に来た時期……」
「そのあたりにエルグス共和国でゲリラ軍による破壊工作があり、『たまたま』ご息女が葬られた墓を壊してしまったらしいよ? ま、ここまで言えば分かるだろ?」
「たまたまではなく、わざと壊したということ?」
「おそらく、壊してないね。証拠にこの二つのペンダントだ。純金製のペンダントは片面にバークス公国の紋章、そしてもう片面にヴェルツレン侯爵家の紋章。そして、こっちは……ベン、開けてくれ」
「姉ちゃん、先に開けとけよ」
「しゃあないだろ? 簡単に開くと思ったんだよ」
姉弟で四苦八苦しながらペンダントをこじ開けようとしていた。
「トーマス君、君しか開けかた知らないんじゃないかな?」
「え? 僕?」
やってみたが、どうやっても開かない。何とかあいたのはかなり時間が経ってからだった。
「思ったとおりだよ。今のヴェルツレン侯爵はコンラッド=ヴェルツレン。先代トーマス=ヴェルツレンの甥だ。で、先代ヴェルツレン侯爵は別に亡くなったわけじゃなく、引退だね。愛娘クリスティの遺体を引き取ったあとだ」
「へぇ、お前と同じ名前なんだな」
「いや、違うな。そう言いたいのだろう? イライザ責任者」
ダレル中佐の言葉に、イライザはにやりと笑った。
「当たりだよ。さすがダレル中佐。やっぱりあんたは開発室に欲しかったよ」
「私は軍服を着たかったのですよ」
「知ってるけどさぁ……。ダレルって、昔から軍人にあこがれてたからね。両親亡くなったときに、ブレナン家で引き取るって言ったの無視して孤児院の門叩いた偉人だからね」
「はぁ!?」
イーユン少佐以下全員、でかい声をあげた。




