十八
「お疲れ様。こちらの勝利で終わったようで何より」
住民の被害も少なく、エヴァン地区が取られることもなく終わったと聞いて、トーマスたちはほっとした。
「特にメイナード曹長、君は鬼神のようだったよ」
「自分の、故郷ですから」
恥ずかしそうに言うメイナードをトーマスは不思議そうに見ていた。
「二日ほど、二人に休みをやる。自由にしたまえ」
メイナードの故郷だというなら、少し見てまわらせれば情報も得られるかも知れない。
「ありがとうございます!!」
嬉しそうに笑うメイナードを見やり、故郷の記憶があるのはうらやましいと思った。
数日振りのベッドに二人は寝転んだ。
「明日から二日も休みかぁ……ここに来るの言ってなかったけど、両親に会いに行ってもいいのかなぁ」
興奮気味のメイナードをトーマスは冷めた目で見ていた。
「いいんじゃない? おそらく情報収集ありきだろうけど」
「は?」
「城下町の噂は侮れないってことだよ。今回第二王子殿下が何故あんなことをしたのか、イーユン中佐は知りたいんだろうね」
「けっ。お前のそのひねくれた考え方、むかつくな」
「事実だ」
そっけなく答えると、トーマスは壁の方に顔を向けた。
「お前も来いよ。トーマス。母ちゃんたち喜ぶからさ」
そんな言葉を聞きながら、翌日はトーマスの実家に行くことになった。
「ここでいいはずなんだけどなぁ……」
手紙に書いてある住所を見ながらメイナードが呟いていた。本日は特殊部隊の制服ではなく、帝国陸軍の制服。これが一番ばれにくい。……が、ここにいる帝国陸軍は土地勘があるとされているため、住民に道案内が頼めない。赴任したばかりという理由すら、ここでは怪訝な顔をされる。
「重要拠点だから、赴任と同時に土地勘叩き込まれるって……俺の故郷なのに迷子って……」
「諦めろ。給金で服買って旅行者になるのも無理だ」
そう、二人は「私服」を全く持ってきていない。新たに買おうにも、ここの服は王都で着るには分厚すぎるのだ。
「しかし、じろじろ見られて気味が悪い」
己のエメラルドの瞳がこういう時は嫌になる。滅多にない色、珍しがられるのだ。
「……あの……何かお探しですか? 兵士様」
おどおどと小さな女の子が声をかけてくれた。
「兵士様って……」
「だって、兵士様がいらっしゃってのこの地域です! 兵士様皆様が色んなことをして下さるからお外で買い物が出来るのです!!」
その女の子の母親が声を大きくした。帝国への並々ならぬ忠誠心を見せ付けられた感じがした。
「んと、この住所に行きたいんだ」
封筒の裏側を見せながらメイナードが言った。
「あら! ハンスの家ですか? ハンスは先日引っ越したばかりですよ」
「引っ越した?」
「えぇ。ハンスの次男坊が特殊部隊入りしたとかで、あたしらでお祝いしたんですよ。なんたってこの地区じゃ初めての特殊部隊入りですからね。で、ここから二件先のちょっと大きめの家へ引越ししたんです!」
「案内してもらってよろしいですか?」
「構いませんけど……まさかハンスの次男坊何かなさったとか?」
「いえ、違います。ここに赴任したらぜひ立ち寄って欲しいと言われたんです」
固まったメイナードを放っておいて、トーマスが言う。「若干」嘘は混じっているが、トーマスから見ればメイナードに誘われたのは事実で。
「そうでしたか! じゃあ、あなた方も先日の戦いに?」
「微力ながらお手伝いさせていただきました」
「母ちゃん、そろそろ案内しようよ。どうせあたしたちもハンスさんとこ行くんだしさ」
嘘がやばくなってきたところで、女の子が助け舟を出してくれた。
「ハンス! あんたにお客さんだよ。帝国陸軍の兵士様だ」
どかどかと入っていく様は、何と言うか圧巻である。
「兵士様がうちに? あの馬鹿野郎何しでかしやがった?」
「違うよ。どうも孤児院で一緒だった人みたいだよ。この地区に赴任するなら立ち寄って欲しいって言われたって」
「……ならいいが。……メイナードか?」
「ただいま! お父さん!!」
「……ってあの坊主か!?」
ここまで道案内してくれた女性が驚いていた。
「そりゃねぇ、うちらは働き手はいくらあっても足りないさ。でも、それはこの土地あってだからね」
メイナードを孤児院へ送り出したわけをここまで案内してくれた女性、メルが話し始めた。
「あたしの兄貴も孤児院へ行ったけど、結局脱落したみたいでね、手紙が来なくなっっちまいましたよ」
「孤児院の訓練は厳しいですから。僕たちも脱落しそうになりました」
「そうでしたか……メイナードが卒業して軍隊に入ったって聞いて、あたしら喜んでたんですよ。だって、第二王子殿下がこの土地を守ってくださってる。その恩に報いることが出来るんだって」
「そうでしたか……」
その第二王子が今回裏切り行為を働いたことは黙っておこう。
「どうしてもあたしらはエヴァン様リディア様ごご夫婦と比べてしまう。あのお二人がこの土地を命がけで守ってくださったおかげで、生きていられる」
「確か、エヴァンという地区がありましたね」
「そりゃそうですよ! あの最重要地区を守ってくださったお二人だ! 忘れちゃいけませんよ。
でも、第二王子殿下はそちらと比べられるのがお嫌みたいでしたねぇ……」
そこまで聞ければ十分だ。
「おお~。メイナード! あれほど来る前に連絡入れろって言っただろ!!」
「仕方ないじゃないか、兄ちゃん。俺らいきなり言われて来るんだからさ」
「あ、初めまして。もしかしてトーマス君かな? 弟の手紙によく出て来る人だね。あまり帝国への忠誠心がないとかって」
豪快に笑ってメイナードの兄が言う。
「あ、マルドゥラちゃんは?」
「別行動だよ、兄ちゃん」
「そっか。あ、改めまして。メイナードの兄、エヴァンです。あと半年で徴兵義務が終わる、しがない一兵です」
「メイナードと同期卒業のトーマスです」
そのあとも次々と挨拶されていく。
「不敬罪になるかもしれないけど、助かったよ。ホント。特殊部隊が来てくれなきゃ、エヴァン地区どころかうちの地区までやばかった。なかなか殿下が了承しなくてさ」
「へぇ」
「あの四機凄かったよなぁ……何せ、ほとんどの敵機潰したんだ。一番はあの汎用巨体だろうけど」
「そうかい? 特化型の方が凄いとあたしはおもったけどねぇ」
凄く照れる。
「いや、上官の話だと、あの特化型二機の間をすり抜けて敵機を潰すって難しいらしいよ」
「そうなのかい?」
「うん。上官は『俺は絶対出来ない。あの戦闘機の補佐くらいしか出来ない』ってぼやいてた」
「もっと早く来てくれていればねぇ……。うちの旦那も死ななくて済んだんだけどね」
「俺の倅も死んじまった」
集まった人たちが戦死者を弔い始めた。
「メイナード、ちっとばっかし話がある。出来ればそちらの方も一緒に聞いて欲しいんだよ」
唐突にハンスが声をかけてきた。
「この地方に関する話だ。あんたらは聞きたいだろう?」
そして衝撃の話を聞くことになった。




