十四
ベンはメカドックで難しい顔をしていた。
なぜ二人も戻さなくてはならんのか、そこから突っ込みを入れたくなった。ここまでメカニックが馬鹿にされるいわれはない。
「ベンさん、ご無沙汰しております」
にっこり笑う少年を見て、ベンの顔もほころんだ。
「トーマス君か、卒業試験はどうだった?」
「おかげさまで。先日何とか三人揃って卒業できました。今はダレル大佐の部隊に配属されています」
厄介なところに配属されたものだ。
「で、イライザさんにベンさんの手伝いをして欲しいって」
「姉ちゃんが?」
「はい。もともとベンさんを開発に戻したかったみたいですけど、それが出来なかったらしくて……」
今回の人事騒動の裏話をトーマスから聞けると思わなかった。
「姉ちゃんも無茶振りするなぁ……戻すのは一人でいいのに」
三人にどれくらいの負担がかかるか、イライザは知っているのだろうか。
「あと、多分ですけど、マルドゥラのためっていうのもあるみたいです」
「マルドゥラの?」
意味がわからない。ベンたちの父親がマルドゥラを連れてきた日を覚えている。そして、マルドゥラはベンたちにとってかけがえのない「妹」になった。
その「妹」は父の他界後、笑顔を失った。
その期間、わずか一年だった。
「僕もよく分かりませんけどね、イライザさんが『マルドゥラ泣かせるやつは許さん!』って漢になってましたから」
「……それ、姉ちゃんに聞かれたら、トーマス君が殺されるぞ」
「メイナードがテスト中に軽く殺されてましたよ」
ということは、その言葉をテスト前、もしくはテスト中に言ったのか。怖いもの知らずめ。
その後、メイナードと共にマルドゥラも来た。
「ベンさ~ん、こんな感じでいいですか?」
「おうよ、助かった。あとは大丈夫だ。マルドゥラは?」
いつの間にか、いなくなっていた。
いや、メカドックの壁に寄りかかって、小さな寝息を立てていたのだ。ここのところ、メカドックに泊り込みになっていたベンが自分の毛布をかけた。イライザの考えはよく分からないが、マルドゥラのための考えならしばらく黙っているか。
十三歳という年齢よりも幼く感じるのは、小柄なせいだろう。孤児院は敗者に対して過酷な場所と聞く。初めてマルドゥラをみた時、あまりにもガリガリした身体に驚いた。そして、父がこの子を最悪の場合引き取ると宣言した時は、正気を疑った。
――誰構わず助けられるほど、俺は聖人様じゃあねぇ。だけどよ、この子はしっかり教育すりゃ、絶対そこいらのやつじゃ敵わなくなるぜ――
何を根拠に言っていたかは分からない。引き取るというより開発部の人事予算から金を出して、専属テストパイロットとして使うという意味だった。
ある意味、父の読みは当たっていた。落ちこぼれ組から這い上がり、十三歳にして孤児院を「卒業」出来たのだ。まぁ、レーダーの扱いに未だ慣れないのが難点だが。
「ベンさ……」
少し大きな声を出してしまえば、マルドゥラは起きてしまう。だから、二人に静かにするよう、ジェスチャーした。
「あなたが誰かを甘やかすとは、面白い」
二人の後ろに立っていた、イーユンが驚いていた。
「甘やかしていませんよ? ここで眠られたら、風邪をひくからです。
俺はもう少し仕事をします。トーマス曹長、メイナード曹長はあと大丈夫です」
イーユンがいるなら、あまり近しくしない方がいい。
「そうか、では二人ともあがりたまえ。小生は少しベン技師と話をする」
二人が敬礼していなくなったあと、イーユンを避けるべく作業に戻った。
無茶振りに振り回される年少曹長三人組を、どう扱っていいものかイーユンは悩んでいた。
一瞬だけ見せたベンの表情は誰よりも穏やかだった。もしかするとこのあたりに年少組が開発部に関わった理由があるのだろう。それを聞こうと思ったが、ベンには見事に避けられた。
イライザ、ベン姉弟の軍嫌いは開発部やメカドックでも有名である。確か、二人の父親も軍が絡む懇談会には一切出席しなかった。
――俺は技術屋だ。お偉いさんと仲良くしたって意味はねぇ。それくらいなら巨体と向き合ってる方がましさ。予算の配分なんて俺は分かんねぇからよ、分かるやつ行かせる――
一度、迎えに行ったとき面と向かって言われた。
そんな男に育てられたわけだし、母親を殺させた恨みもあるだろう、嫌いでも仕方あるまい。だが、なぜあの三人にここまで姉弟が固執するのか。
「イーユン中佐さんよ、あなたがいたって俺の仕事が進むわけじゃない。帰っていただけませんかね」
「あなたに聞きたいことがある」
「マルドゥラ曹長たちの話ですか? 俺は特に話すことはありません。ただ、メンテナンスの基本が出来る、それだけですよ」
メンテナンスの基本が出来る? 有り得ない。
「あなたの『常識』なんて俺は知りませんよ。ただ、テストパイロットとして開発部によく来てたんだったら、有り得なくもないでしょ? 操縦だけが仕事じゃない」
「それは、失礼した」
ここまで言われてしまえば、引き下がるしかない。
「……そういや……もうあの時期か」
呟いた言葉は聞こえた。だが、質問したところで答えてもらえるとは思えなかった。




