十
「おはようございます」
下っ端三人組はさっそうと指定された訓練場所に現れた。掃除を念入りにしておく。これは孤児院からの慣わしで、「いつ、どこでも上官が来たとき恥ずかしくないように」という教えに従ったものだ。
「おはよう……早すぎ。そしてもう、掃除終わったの? 私の立場ないじゃない」
ベティ少尉が言うが、上官に掃除させるわけにはいかない。
「でも、今日は座学よ? 引っ込めたボードと机、それから椅子をもう一度出して……だから、行動早すぎ。
机は、そことそこ。そしてボードのところにイーユン中佐が座るから、お茶を……ちょっと待って! 給湯室の場所、教えてないでしょ!?」
「マルドゥラが昨日のうちに調べました」
こういうときの手腕はマルドゥラがかなり早い、というか主要場所を目敏く押さえている。トーマスたちは驚くしかない。
「でも、あなたたちだけじゃ、中に入れてもらえないから、メイナード曹長、一緒についてきて。トーマス、マルドゥラ両曹長はここで待機。……開始半刻(約三十分)前なのに、準備が終わってるってどういうことよ」
三人揃って敬礼をし、マルドゥラと共にベティ准尉を見送った。
戻ってくるまでにかなり時間はかかるだろうが、その間にイーユン中佐が来ても恥ずかしくないようにしておく。そしてまた直立不動のまま黙って立っていた。
「……二人とも、まさかそのまま立っていたわけじゃ……さっきよりも綺麗になっているし、終わったらまた立ってるの? 呆れたわ。リディア准尉に爪の垢でも煎じて飲ませたいわね」
四半刻(約十五分)後、戻ったベティ少尉に呆れられた。
それから一刻、三人揃って直立不動で待機していた。
「……末恐ろしいな」
いくら孤児院でそういった礼儀作法を教えられるといっても、ここまでされたことはない。隣の部屋から監視していたイーユンは驚いた。だらけたら乱入し激を飛ばそうと思っていたが、こちらの根気が削がれる。
「イーユン中佐、いい加減座学始めないと、モンストール中佐の授業に追いつきませんよ」
「……分かっているんだけどね……モンストール中佐はここから五回ほど乱入してるんだよ。掃除中も乱入したし……小生が部屋に入る前から掃除してるって、さすが『規格外』」
「最初だからじゃないんですか?」
ベティ少尉の言い分は最もだ。
「そうなんだが……小生も新入隊員を教えたことはあるが、途中で待機態勢が崩れるはずなんだが……」
「いつまでそうやってるんですか! いい意味での『規格外』なんですから!」
だが、この認識が間違いだったことに気がついた。
一定の時間ごとに一人が起きて残り二人が寝ていたのだ。しかもイーユンがいた「部屋」もマルドゥラが目敏く見つけ、ばれない様にしていたという徹底振りにベティもイーユンも開いた口が塞がらなかった。
「孤児院時代に落ちこぼれ組とどうやって直立不動のまま寝られるか、どうやって知らせるかを研究しました」
さらりと言うのは、トーマスである。落ちこぼれ組の厳罰の中に「二時(約四時間)」直立不動のまま立っていること」というのがあるらしい。その中でどのように楽に過ごすかを、考えたものだという。
それを知らなかったのは、ベティとイーユンのみ。モンストール中佐は昔に一度見破っていたらしい。どこでイーユンが気がつくか、上司であるダレル大佐と賭けていたらしい。もっとも、ここまで考慮されていたことはなかったので、その賭けはイーブンになったと。
本当に少し……いやかなり厄介な「規格外」である。




