第三百十四話 分かりきっていた決裂
「マスター教?これまたわけがわかりませんね」
ムラトフはやれやれと首を横に振る。
ふっ……奇遇だね、僕も分からないよ。
まあ、天使教もわけのわからないことを喚いて行動しているので、どっちもどっちだと思うけれど……。
「いったい、何を信仰の対象にしておられるのですかな?」
言いたくない。僕は口をつぐむ。
「その名の通りぃ、マスター様ですよぉ?」
「……ほう。つまるところ、魔王陛下を崇める宗教というわけですな」
しかし、アナトが誇らしげに暴露してしまう。
彼女は僕をチラリと見て言うので、ムラトフや彼の後ろにいる護衛たちの目も僕に向けられる。
アナトの目が敬愛と親愛の情がこもっているとするならば、天使教陣営の目はゾッとするほど冷たかった。
彼らからすれば、僕がマスター教を広めた大罪人のように映っているのだろう。
違うんです……止めようとしたんです……。
「長年、唯一にして頂点の宗教である天使教の敬虔な信徒である私からすれば、まさに許しがたい」
おっと、早速ディスり始めた。
それも、許しがたいというとても上から目線の言葉で、だ。
マスター教も天使教もなくなればいいのにと思っている僕からすれば何とも思わないけれども、アナトの額にうっすらと青筋が浮かぶ。怖い。
「個人を信仰の対象にする?それで、信者が救われますかな?その信仰の対象が愚者であれば、信者たちは路頭に迷うことになってしまうでしょう」
うんうん、言い方はともかくとして、ムラトフの言っていることには同意できる点がある。
まあ、天使を信仰しているお前が言うなとも思うけれど……。
それに、彼の頭の中では、天使が愚者であるということは考慮に入っていないようだ。
昔、天使と関わることがあった僕からすれば、救いがたいような天使もいると思う。
「教えも少しチラリと聞こえましたが、マスターとやらに全てを捧げる?はっ、バカバカしい!」
嘲笑うムラトフ。
態度は悪いけれど、同意するよ!もっと言ってあげて!
……しかし、もはや穏やかに会談を進めるつもりないな、この人。
普通、初めての会談だったら、当たり障りのないことを言って友好的に振る舞おうとするはずなんだけれど……天使教関連の話題だから、自分を律することができないんだね。
こういうところが、天使教のダメなところだ。
「そのような教えで、よくもまあこれだけの信者を集められたものです。よっぽど、その信者たちが愚かなのでしょうね」
ムラトフさん、ヴァスイル魔王国の国民をも嘲笑する。
うーむ……これは流石に言い過ぎなような気がするなぁ。
こんなに言いたい放題する前に、一緒に来ている護衛の人たちのうち一人くらい彼を止めてもいいと思うのだけれども、誰も止めようとしない。
それどころか、うんうんと同意するように頷いていた。
あぁ……。
「しかし、そのような愚か者でも救ってくださるのが、我らが天使様なのです!」
陶酔するように笑うムラトフ。
いい年をした痩せたおじさんが恍惚とした笑みを浮かべていると、どうにも気持ちが悪い。
しかし、結局いきつくところはそこなんだよね。
お前らの信仰している宗教はクソだから天使教に改宗しろ、と。
まあ、予想通りです。
「さあ、魔王陛下!今こそ、我らが天使教を受け入れてください!国教にしていただくと、天使様はあなたを見初められることもありましょうぞ!」
ぐるりと首を回して僕を見るムラトフ。
ひぇ……矛先がこっちに向いた……。
うーむ……国教は遺憾ながらマスター教に決まっているしなぁ。
嫌だけれども、だからといって天使教を国教にするのもどうかと思う。
というか、天使に目をつけられるとか不幸以外のなにものでもないし……。
「……そうですか。あなた方は、この素晴らしき教義に背こうというのですね?」
ムラトフは一気に顔を暗くし、一切感情を浮かべない表情で僕を見る。
い、いや……そもそも僕は天使教徒じゃないんだから、教えに従う必要はないんじゃあ……。
「敬愛すべき天使様に、背を向けるということですね?」
ダメだ、話が通じていない。
「そもそもぉ」
今まで黙っていたアナトが口を開いた。
おぉっ!助けてくれるみたいで嬉しい。
しかし、彼女の性格を考えると、あまり任せ過ぎると……。
「天使教の教義なんてぇ、『天使を崇めよ、天使に尽くせよ、天使に捧げよ』って言葉を変えて言っているだけでしょう~?大したことなんてぇ、一切書いていないわぁ」
「なんですと……?」
言っちゃったー!
初っ端から凄いストレートを繰り出すので、止める間がなかった……。
僕は正直天使教の教えは知らないのだけれど、アナトは元関係者なだけあって少しは覚えているようだ。
まあ、凄く曲解しているようだけれども。
ムラトフの声が一段と低くなる。怖い。
「敬愛すべき天使ぃ?反吐が出そうになるわねぇ。ガキ臭い天使に必死になってすがっているあなたたちはぁ、私からすれば嫌悪の対象にしかならないわぁ」
アナトはいつも通りのニコニコ笑顔なのだけれど、言葉は凄まじい毒に満ちていた。
修道服をしっかりと纏って貞淑な印象を受ける彼女が、反吐が出るとかガキ臭いとか言っているのはとてもアンバランスだ。
「……よくも、よくも言ってくれましたね。我らが教えに触れることさえないあなたが……部外者が……異教徒が……!」
「知っているからこそ言ったのだけれどぉ……」
ムラトフは知らないようだけれど、アナトは本当に昔に触れていたことはある。
盲目的に天使を信仰する天使教徒に、他宗教へと改宗する人はほとんどいないだろうから信じられないのだろう。
ムラトフは血走った目で、僕たちを睨みつける。
「黙れ、異教徒!!このような会談など、もはや不要!貴様ら異教徒を皆殺しにし、この世界全てを天使様に捧げることこそが我らの使命!それを邪魔する輩は、魔王であろうと殺すのみ!!」
……そ、そっすか。




