第三百十三話 会談の始まり
会談とは言っても、大々的に国民たちに喧伝して歓迎をするというわけではない。
まだ、ヴァスイル魔王国とゼルニケ教皇国の間には国交さえないのだ。
流石に手放しで歓迎すると、こちらが下に見られることだってあるしね。
と言っても、今回こちらに来るのは使者のような人が来るみたいで、それを魔王である僕と会談させるというのだから初っ端から見下されている感があるよね。
まあ、別にいいけれど。
「ふふ~」
僕の隣でニコニコと笑うアナト。
今回、ヴァスイル魔王国側から会談に参加するのは、僕とアナトということになった。不安である。
アナトが下手なことを言えば、本当に宗教戦争待ったなしなのだから。
天使教は異常なまでに異教を認めようとしないし、マスター教も以前覗いた限りでは似たようなものである。
つまり、カルトvs.カルトという凄まじい構図になるのである。怖い。
「マスター、相手さんが来たでござるよ」
僕の椅子の陰からぷよぷよと柔らかそうに揺れる液体の塊が現れて、そう教えてくれる。
この子は、ソルグロスの分身である。王城にゼルニケ教皇国の使者が来たことを教えてくれたのだ。
僕はお礼を言って、気持ちを落ち着ける。
さてはて、どのような内容の会談になるのやら……。
「ま~、どうせろくでもない会談にしかならないでしょうけどねぇ」
えぇ……そんな僕の期待をあっさりと裏切るようなことを……。
別に、アナトが僕に対して意地悪で言っているというわけではない。
この子にも、昔天使教関連で色々とあったから……。
そんなことを考えていると、扉が軽くノックされた。
「魔王陛下、ゼルニケ教皇国からの使者の方々がお見えです」
綺麗に透き通るような声はシュヴァルトだ。
僕の奴隷という立場である彼女はいつもメイド服を着ているので、使者を案内することに不思議はないだろうと、今回の案内役を頼んだのであった。
僕が返事をすると、扉が開かれた。
「失礼します」
シュヴァルトに案内されてやってきたのは、神父の姿をした一人のやせ気味の男と、複数の人たちであった。
おそらく、先頭を歩く神父の彼がこの使者団の団長であり、他は多分護衛かな?
まあ、人類と長年敵対していた魔族たちの巣窟に来るのだから、警戒していない方がおかしい。
「お初にお目にかかります、魔王陛下。私はムラトフ。天使教の素晴らしき教えを伝える神父であり、この会談の全権を任されましたゼルニケ教皇国の使者でございます」
神父――――ムラトフは人当たりの良さそうな笑みを浮かべて頭を下げる。
それに習い、彼の護衛であろう者たちも軽く頭を下げた。
僕とアナトはにこやかにそれを受け取って、着席を促す。
なんだ、案外話しやすそう……と思って油断してはいけない。
何故なら、彼らは天使教の信者だ。勇者パーティーにいたメアリーという少女は、それは優しい心根を醸し出すシスターであったが、些細なことで一気に発狂した。
彼女が特別だからというわけではなく、天使教の信者というものは大体そんな感じなのである。
ムラトフも凄く柔らかい雰囲気を醸し出しているけれども、言葉の中には天使教に対する強い思いというのがにじみ出ている。
うーむ……これは荒れそうだ。
「まずは、新たな魔王となられたことをお祝い申し上げます。何分、我が国とヴァスイル魔王国は付き合いがなかったものですから、すぐに祝辞を伝えることができず……」
申し訳なさそうにしながら頭を下げるムラトフ。
うーむ……本当に、普通に良い人の感じがするね。油断できないけれど。
僕は、気にしないでほしいと伝える。
そもそも、僕はやりたかったわけではないし。
「そう言ってもらえると助かります」
また、人当たりが良さそうに微笑むムラトフ。
本当、天使教の信者って、天使教が関係しなかったら良い人なんだよねぇ……。惜しい。
さて、ムラトフはまだ話せそうだけれども、彼の後ろに立っている人たちはどうなのだろうか。
僕が視線を向けていることに気づき、彼が説明してくれる。
「あぁ、後ろの者たちは私の護衛ということになっています。道中、何があるかわかりませんからね」
単なる護衛であり、戦士で威嚇しているというわけではないと伝えてくる。
実際、比較的落ち着いているとはいえ、山賊などが絶対にいないというわけではないから、ムラトフが護衛を引き連れてくることには何の問題もない。
それに、ヴァスイル魔王国は人類の国であるゼルニケ教皇国と長年対立してきたのだから、その中に飛び込むのであれば護衛の何人かは絶対に必要だろう。
実際、こちらも僕とアナトだけというわけでもない。
ソルグロスはこの部屋のどこかに分身を忍ばせているし、シュヴァルトも扉のすぐ横で立っている。
ムラトフたちはただのメイドだと思っているかもしれないが、有事の際には魔剣で敵を切り刻むバイオレンスメイドなのである。
つまり、どちらもあまり相手のことを信用していないというわけだ。
「さて、我が国としては、貴国と友好的な付き合いをしていきたいと思っております」
早速、ムラトフが本題に入る。
その言葉に対して、僕も頷く。
それはそうだ。わざわざ敵になるくらいだったら、味方になってもらった方がいいに決まっている。
「ええ、魔王陛下の融和政策は、我が国の教皇さまも高く評価されていました。なるべく、戦争は避けた方がいいですからね」
どうやら、僕の政策というか性格というのは、すでにゼルニケ教皇国側にも知られているようだ。
別に、知られたらマズイことでもないしいいんだけれど……絶対、あちら側の人員が魔王国に紛れ込んでいたということだよね。スパイみたいに。
しかし、話が進みそうでよかった。
それなら、さっさと国交なり友好条約なりを結ぶことを約束してお帰りいただくとしよう。
いつ、マスター教関連で発狂されるかもわからないからね。
「そのことでなんですが……」
僕がそれとなく伝えると、ムラトフは少し渋るような態度を見せる。
ま、まさか……嫌な予感がするぞ……。
「我が国と国交を結んでいただくためには、我らが天使様を崇める天使教の布教活動を認めてもらう必要があるのです」
ひぇぇぇぇぇぇぇっ!やっぱりですか……。
そりゃあ、今まで出会ってきた天使教徒を見ていれば、その総本山であるゼルニケ教皇国もこういった条件を出してくるとは思っていたけれど……。
まさか、初っ端からぶっこんでくるとは……。
天使教の布教活動が、ゼルニケ教皇国にとってどれほど重要視されているかが分かる。
「ご理解いただけますね?」
なんだか、ムラトフの語気も強くなっており、今までの人当たりの良さが消えているし……。
まあ、そうだよね。そんな甘くないよね……。
以前までの僕だったら、多少渋りはしつつも最終的には受け入れていたと思う。
信仰は個人の自由だと思っているし、テロ活動をしないことを約束させて許可を出していたんじゃないかな?
しかし、今のヴァスイル魔王国の状況は、以前とは異なっているのだ……。
「申し訳ありませんがぁ、それについてはお断りさせていただきますわぁ」
僕がうんうんと悩んでいる時に、すでにアナトがお断りを入れてしまった。
……まあ、僕も多分断っていただろうし、いいけれどね。
天使教とマスター教が混在する街なんて、危なっかしくて住めるものでもないし。
「……何故か、お聞きしてもよろしいですかな?」
「すでにぃ、わが国ではとある宗教が広く受け入れられておりましてぇ……。新たな宗教を参入させるとぉ、紛争の種になるからですよぉ」
いら立ちを紛らせて質問をするムラトフ。
やっぱり、天使教徒の天使教に関することでの短気さは異常である。
アナトはそんな彼に、この国の現状を伝える。
彼女の言うことが事実であれば、もう国民はほとんどマスター教徒である。
そこに天使教が入ってきたら、間違いなく火種になるだろう。
「この国の宗教……?……あぁ、ちらほらと不快な話が聞こえてきましたよ。マスター教、でしたか?またわけのわからない宗教が流行っているようですね」
ムラトフの人当たりの良さが完全に消滅してしまった。悲しい。
とはいえ、言っていることはまともである。
マスター教、カルトだものね。まあ、天使教に言われる筋合いもないんだけれど。あちらもカルトだし。
ムラトフの毒に、アナトはニッコリと微笑む。ただし、目は笑っていない。
「…………ふふ~」
また荒れそうだぞ、これは。




