第三百十二話 受ける理由
ゼルニケ教皇国。この大陸でエヴァン王国やヴァスイル魔王国のように力の持つ国である。
天使の加護を受けていると自称する強力な軍隊も持っており、その軍事力は大陸の中でも有数である。
そして、最も大きな特徴と言えるのが、天使教の聖地であり総本山であるということだ。
この大陸で勢力の大きい宗教としては、天使教と悪魔教があった。
悪魔教は昔に……まあ色々とあったので衰退しており、今回のヴァスイル魔王国での騒動でほぼ壊滅したといってもいいだろう。
つまり、今は天使教一強の時代と言えるだろう。
そして、布教活動にも非常に熱心な彼らが、まだどちらの宗教勢力にも属していないと考えているヴァスイル魔王国に目をつけていないはずがない。
「今までは魔族の国ということで敬遠していたのでしょうがぁ、最近のマスターの融和路線に隙があると思ったんでしょうねぇ。本当~、気持ち悪いですよねぇ」
ニコニコと笑いながら毒を吐くアナト。
荒れた国なら布教もなにもないだろうけれど、今のここは比較的落ち着いている。
だからこそ、今会談を申し入れてきたのだろうけれど、この内容って……。
「十中八九ぅ、天使教を受け入れろという内容でしょうねぇ」
そう、ゼルニケ教皇国が会談を申し込んでくるならば、それしか目的はない。
僕はどうしても天使教に対して批判的な思考なんだよね……。
昔、アナトと一緒に色々とあったのもあそこだし、後ろであへあへと笑っているララディと外に出たときに出会った勇者パーティーの中にも狂信者がいたし……。
というか、アナトはいいのだろうか?
「いいと言いますとぉ?」
いや、だってアナトって天使教絶対許さないウーマンだし。
マスター教の教主でもあるんだから、受け入れない方がいいに決まっている。
それなのに、彼女は受け入れることを提案してきている。
「えぇ。以前まででしたらお断りさせていただいていたでしょうがぁ、すでに態勢が整っているので大丈夫ですぅ」
…………態勢?
「はい~。ヴァスイル魔王国はぁ、完全にマスター教の支配下にありますからぁ。今更ぁ、天使教の屑どもがのこのことやってきても遅いですぅ。精神教育はしっかりとやっているのでぇ、天使教に改宗するような背教者はいませんよぉ」
…………完全に支配しちゃったの?もう?
「はい~。褒めてくださると嬉しいですぅ」
褒められないよ!
確かに、異常な広がりは実感していたけれども、もう完全に掌握しちゃったの!?
ヴァスイル魔王国には、そこそこの数の国民がいたと思うんだけれど……。
つまり、天使教の布教を受けても、もはやマスター教がビクともしないとアナトが判断したから受け入れるように提案してきたのだ。
精神教育という、なんだか背筋が恐怖でゾクゾクするような言葉も出てきたけれども、当初の目的である精神的な団結は果たせられたのか。
……僕が最も嫌がっていた方法で、だけれども。
これは、いまさら僕が嫌がったってどうしようもない。
しかし、どうしてゼルニケ教皇国の会談を受け入れるのかの理由にはなっていない。
「ふふ~。いつまでも断っているとぉ、あちらもなりふり構わなくなりそうですからぁ。それはぁ、面倒ですわぁ」
ふむふむ、なるほど。布教させるのであれば、僕たちの目が届くところでやれと言いたいんだね。
確かに、目の届かないところで布教活動をされれば、何を吹き込まれるかわかったものではないからね。
「あぁ……いえいえ~、違いますよぉ」
そういう考えもあったかというように目をパチパチとさせながら、アナトは否定する。
おや?それ以外に何か理由が……?
「えぇ、とても大切な宣戦布こ……けほけほっ」
宣戦布告!?戦意高すぎない?
アナトは可愛らしく咳をして誤魔化そうとするけれども、もはや後一文字で完成する予定だった四字熟語なんて簡単に予想できる。
だ、ダメだ……!せっかく、人類との戦争の敗戦や悪魔の暴動が終わって復興も落ち着いてきたというのに、また戦争だなんて……!
しかも、別に今はゼルニケ教皇国から挑発されているわけでもないし!
何度も戦争をするのは、国民も許さないだろう。
「皆マスター教徒なのでぇ、マスターの言うことに喜んで従いますよぉ?戦争ばっち来いですぅ」
えぇ……?
と、とにかく、僕は宗教戦争なんて認めないからね!
「ほらほらぁ。そうおっしゃらずぅ、ゼルニケ教皇国との会談を受け入れましょうよぉ。(あちらから吹っかけられなければ)戦争を吹っかけることなんてしませんよぉ。それにぃ、マスターの政策なら友好的に付き合うためにも会談は受けた方がいいでしょう~」
うーむ……そりゃあ、敵は作らない方がいいけれど……。
…………アナトもそう言っているから、信じてみようかな。
『救世の軍勢』の皆のことを信じられなくなったら、僕も人間としてどうかと思うしね。
ここは、アナトの言うことを信じようじゃないか。
「ありがとうございますぅ」
ニッコリと微笑むアナト。
僕もそれに微笑み返すのであった。
それはそうと、アナト……。
「ましゅたーばんじゃーい!!」
このララディを元に戻しなさい。
◆
会談を申し込んできたゼルニケ教皇国に了承の意思を伝え、日取りを決めた。
そして、ついにその日がやってきたのであった。




