第二百四十九話 手ごま入手
『あ、あなた……ど、ドラゴン……それも、黒龍を支配下に置いていたの!?』
ドラゴンは他の魔物と次元が違う。
この世界には数こそ少ないが、召喚魔法を使う者はいる。
それでも、彼らの中でドラゴンを召喚できる者はほとんどいないだろう。
いや、召喚するだけなら、ほとんどの魔力を搾りつくせば可能だ。
問題は、召喚した後である。
ドラゴンを従わせることが、とてつもなく難しいのだ。
最強の魔物として多くの人が名前を挙げるドラゴンである。それも当然かもしれない。
しかも、リースはただのドラゴンではない。
魔王軍にも、四天王のイザッコを倒したことによって名を轟かせたドラゴン族最強のドラゴン、黒龍である。
ラルディナが汗を大量に流してうろたえるのも、仕方ないだろう。
しかし、リースはラルディナの言葉に不愉快そうに牙をむく。
『失礼なことを言うな、サンダーバード。私を支配できるのはマスターだけだぞ』
「あたしだって、こんな奴支配下になんて置きたくないわよ。ちょっとした協定みたいなものがあるのよ」
そして、それはクーリンだって同じである。
誰が、好き好んで『救世の軍勢』メンバーを呼ぶというのか。
明らかに嫌々である。
しかし、彼女が召喚できる魔物の中で最強は間違いなくリースである。
今だから呼んだだけであり、積極的に呼ぶことはない。
『それよりも、マスター!元気だったか?最近、魔王軍のせいで逢えなかったから、その……寂しかったぞ……』
リースはその凶悪な顔をマスターの方に向けて、ひどく懐いた声を出す。
かなり強面なドラゴンが猫なで声を出しているのは、ちょっと不気味だ。
もちろん、マスターは強面のドラゴンだからといって、ギルドメンバーに会いたいと間接的に言われて嬉しくないわけがない。
いつもより笑みの深さも増している。
「おい、そんなことしてないで、さっさとこのクソ女を倒しなさいよ。今、人間の形態に戻ることは許さないわよ」
それに面白くないのはクーリンである。
自分が召喚したのだからと、かなり強い口調で言う。
だが、リースも良識派であるとしても、それは『救世の軍勢』メンバーの中で、かつ『比較的』である。
イラッとしたリースはギロリとクーリンを見下ろす。
『……お前にそんなことを言われる義理はないな、クーリン。私はお前の魔物になったつもりは毛頭ないぞ』
「……あたしの召喚魔法で呼ばれたんなら、その時は大人しく従いなさいよ」
黒龍に睨まれても、クーリンの強気は変わらない。
いざとなれば、『召喚をしたら彼女でも動けなくなってしまうほどの強力な魔物』を大陸の外から呼び出す準備もあるのだ。
『あはははははっ!仲が悪そうね、クーリン!』
さて、この仲間割れが面白いのはラルディナである。
黒龍が全力で向かって来たのであれば彼女もかなり危険だっただろうが、どうやら黒龍はクーリンの言うことにはなかなか従わないらしい。
それなら、まだラルディナにだってチャンスはある。
……のだが、クーリンは鬼のような形相で睨みつけてくる。
「あぁっ!?当たり前でしょうがっ!!」
『えっ……仲間でしょ……?』
仲の悪さを当たり前だと断言するクーリンに、ラルディナの仲間の定義が崩れる。
ちなみに、彼女は知らぬところであるが、『救世の軍勢』のメンバー間には大して仲間意識など存在しない。
むしろ、邪魔者だという認識である。
彼女たちをかろうじてつなぎ合わせているのは、マスターという共通の至上の存在があるからである。
そんなことを知らないラルディナは、うろたえた気持ちを落ち着かせて、再び勝ち誇る。
『ま、まあいいわ!あなたたちが馬鹿みたいに内輪もめをしていてくれたおかげで、これだけの雷を集めることができたんだから!』
ラルディナの全身に帯電していた電気を集め、彼女のくちばしの元に巨大な雷球を作り出す。
それは、非常に高エネルギーであり、ワイバーンでもその身をこの世に留めて置くことはできないだろう威力を内包していた。
これならば、最強のドラゴンにも……殺すことはできなくとも、多少なりともダメージを与えることができるだろう。
そして、その推察は非常に正しかった。
強固な鱗を持つリースでも、あの雷の直撃を受ければダメージを負ってしまうだろう。
『黒龍もクーリンも、そして人間も!諸共黒こげにしてあげるわ!』
ラルディナは嬉々として雷球を放つ。
しかし、彼女は考えていなかった。
ダメージが通るのは、その攻撃が当たらなければならないという前提あってのものだと。
『――――――黙れ』
リースの口からブレスが放たれた。
黒い炎は向かってくる雷球を容易く飲み込み、さらにラルディナに迫る。
雷球の威力もかなりのものであったので、軌道が逸れた結果彼女に黒炎が直撃することはなかった。
ラルディナの身体をかすめたブレスは後ろにあった木々に着弾して、爆風と火炎によってなぎ倒して焼いた。
『あっ…………え?う、そ……でしょ?』
恐怖とか、そんなことよりも目の前で起きた現象を飲み込むことができなかった。
ラルディナは魔王軍最高戦力である四天王の一人。
さらに、もはや伝説の魔物の一種となったサンダーバードである。
雷撃は敵の命を容易く奪い去るほどの威力を持つ。
しかも、力を溜めた最高の攻撃だったのだ。
それを、大して溜めた様子もないブレスであっけなくかき消されたのだから、信じたくないのも理解できるだろう。
『まあ、私もあんな不様な姿をまたさらすわけにはいかないからな』
リースは少し自慢げだ。
彼女はドラゴン族の集落で起きたことでマスターの手を煩わせてしまったことから、再び自分を見つめ直し鍛え直すことを始めたのである。
もう一つの理由として、あのラルド帝国の残党も……。
『うっ、うぅぅ……っ!!』
ラルディナは泣いていた。
もうどうしようもできないほどの敵が目の前にいるのだ。
今更あがいても、死ぬという未来は変えられない。
でも、怖いのも事実であった。
「ねえ、ラルディナ」
そんな彼女に、クーリンが話しかける。
暗い笑みを浮かべて。
『何よ!笑うつもり!?別に笑ってもいいけど、痛くないように殺してちょうだい!』
「あんた、割と開き直るのは早いのね……」
案外物わかりのいいラルディナに、クーリンは苦笑する。
「そうじゃなくて……あんた、死にたくない?」
『あ、当たり前でしょ!』
「なら、あたしの要求を聞き入れたら生かしておいてやってもいいわよ?」
クーリンの申し出に目を見開くラルディナ。
まさか、ここにきて命をつなげられるかもしれない状況になるとは……。
この立場が逆だったら、ラルディナは問答無用でクーリンを殺していただろう。
『おい、クーリン。こいつはマスターを殺そうとしたんだぞ。殺していいだろ』
この発言に怒ったのはリースである。
ギロリとドラゴンの双眸を向けて、魔力に乗せた言葉を放つ。
そのため、この声はラルディナには聞こえていない。
『待ちなさいよ。簡単に殺すんじゃなくて、目いっぱい利用しないと損でしょ。それに、今のあんたはあたしに召喚された魔物よ。あたしに従いなさい』
『…………』
リースは渋々引き下がる。
まあ、死よりも辛い思いをさせるのであれば、彼女としても言うことはない。
それに、確かに今はクーリンに召喚された身である。
非常に業腹ではあるが、マスターも怪我を負っていないことから、今回に限っては大人しくしておこう。
「で、どうするのよ?」
『ひ、酷いことは……』
「あんたにそれを考える権利はないわよ。ここで死ぬか、あたしの魔物になるか。……まあ、別に用がなかったら使わないし、気は楽にしてくれていいわよ」
『…………』
悩む仕草を見せるラルディナ。
彼女だって馬鹿ではない。
ここで命を助けられて、次の瞬間には自由の身!……とならないことくらい分かっている。
もしかしたら、尊厳を奪われるようなことも強要されるかもしれない。
しかし、もし断れば……。
『なんだ?やるのか?』
チラリと見ると、好戦的に金の瞳を輝かせる黒龍。
あんなのと戦って勝つなんて無理……!間違いなく死ぬ!
『わ、分かったわ。あなたの魔物に……なる……』
結論として、ラルディナはクーリンの傘下に入ることにしたのであった。
「そっ。良い判断だと思うわよ」
そこそこ使える手ごまを手に入れたクーリンは、機嫌良さそうに笑うのであった。




