第二百四十八話 サンダーバード
「きゃぁっ!!」
クーリンは目の前に落ちた強力な雷に、顔を覆って悲鳴を上げる。
爆発音とともに瓦礫が飛び散る。
少ししてから目を開けると、ラルディナに襲い掛かっていたオーガはその原形をまったく残さずにこの世を去っていた。
そして、人型をとっていたラルディナは、その姿を異形のものへと変えていた。
『久しぶりよ。私が本当の姿を現したのは』
「……ふーん。予想はしていたけど、あんたってやっぱり……」
ラルディナは巨大な鷲のような姿へと変貌していた。
しかし、その身体を覆う羽毛は雷をつかさどる魔物らしく黄色であり、さらに身体を取り巻くように電気がバチバチとはじけていた。
元同僚であれど、関係は険悪であったクーリンは初めてラルディナの本当の姿を見た。
ラルディナの正体はサンダーバード。
かつては大陸にもその姿を多く見せていたのだが、現在ではほぼ人が見ることはできない伝説と化した魔族であった。
「本当、魔族ってズルいわよね。本来の姿になったらパワーアップとか、物語の主人公みたいじゃない」
『あなたは魔族じゃなく、愚かな人間だものね。羨ましいの?』
「まさか。あたしが魔族を羨むことなんてないわ。恨むことはあってもね」
クーリンの脳裏に、忌々しい過去の情景が浮かび上がる。
自分を糾弾する魔族たち。
元は仲間であったのに……あいつらのせいであんなことになったのに。
自分たちの責任などまったく省みず、ただただ自分を責めたてる魔族たち。
そして、絶対に自分の味方だと信じて疑わなかった父の裏切り。
「……本当、魔族なんて大嫌いよ」
『ふーん、そう。……まあ、どうでもいいことね。あなたはここで死ぬだけだし』
クーリンにどのような過去があったかなど、ラルディナにとっては至極どうでもいいことだ。
彼女は魔王軍を裏切り、人間と共に行動をしている。
それだけで、ラルディナにとっては殺すべき対象でしかないのだ。
バチィッ!!
「くっ……!」
雷撃を避けるクーリン。
しかし、その威力は今までとは比べ物にならない。
その数も飛躍的に増加し、近接戦闘に優れているわけでもないクーリンは次第に追い詰められていく。
「うぐっ……!!」
迫りくる雷撃にゴブリンを肉壁にして何とか防ぐクーリン。
しかし、ゴブリン程度ではサンダーバードの雷を完全に防ぐことは不可能だった。
バリバリと電流が彼女の身体にも流れる。
その電圧は、人間ならよくて失神、悪くて死に至らしめるほどであったのだが、一般人よりはるかに丈夫なクーリンは身体が多少痺れる程度であった。
『あらら、当たってしまったわね。でも、痺れて動けなかったら本当に死んじゃうわよ?』
「…………っ!」
しかし、その動けない一瞬はラルディナにとって絶好のチャンス、クーリンにとって絶体絶命のピンチをもたらす。
ラルディナの前方に、電気が集まりだす。
今までは溜めることをせずに、すぐさま雷を撃ち出していた彼女。
それだけでも、クーリンをしびれさせる程度の威力を持っていたのに、雷撃を集めて力を溜めれば、その威力は想像をはるかに超えるものとなる。
『死になさい』
集められた雷撃が放たれた。
ほとばしる電気は地面を割り、木々を抉り取る。
スライムのソルグロスならまだしも、種族的には人間であるクーリンがそれを食らえば命も危ない。
それほどのものがクーリンに迫る。
彼女もまた『使いたくない切り札』を使おうと魔力を練るのだが、無駄に強力なあいつを呼ぶにはクーリンほど優れた召喚魔法使いでも時間を要した。
それは、ラルディナの雷撃を防ぐには時間が足りず、クーリンの目前に光り輝く雷撃が迫り……。
バチッ!!
クーリンの前に現れたマスターが、笑顔でそれを弾いた。
多少痺れる腕のまま、大丈夫かと彼女を気遣う。
「ま、マスター……」
クーリンは目を潤ませてマスターを見る。
やっぱり、マスターは助けてくれた。見捨てなかった。裏切らなかった。
あっけなく自分を見限り、裏切った魔族とは違う。
自分を助けてくれるのは、マスターだけなのだ。
彼女の内心で、依存度がどんどん上がっていっていることにマスターは気づかない。
『今頃になってようやくお出まし?てっきり、私は最後まで見ているのかと思ったわ』
ラルディナの言葉に、苦笑しながら頷くマスター。
クーリンは任せてというので、ハラハラしながら見守っていたのだ。
しかし、流石にあの雷撃を前にして黙って見ているなんてことはできなかった。
『クーリン、あなたは情けなくないの?他人に助けられていたら、魔王軍の四天王が形無しね』
「元よ、元!」
クワッと八重歯をぎらつかせて怒りを露わにするクーリン。
実は、マスターにかばってもらったということでかなりの幸福感を得ており、追い詰められるのも悪くないと考えていたりした。
「でも、マスターに格好悪いところばかり見せられないのは本当ね」
クーリンは練っていた魔力を解放し、特大の魔法陣を描く。
先ほどは間に合わなかったが、これを出せば確実に勝てる。
しかし、今から呼ぶのは個人的に嫌いなのである。
まあ、あっちもクーリンのことを嫌っているのだろうが。
『あら?なにか、まだ手があるのかしら?本当の姿をした私に勝てる魔物なんていないわよ』
まだあがくのかと嘲笑うラルディナ。
たとえ、いくらワイバーンやオーガをけしかけられようとも、サンダーバードが敗北するはずがない。
その過分なまでに思える自信を裏付けるほどの力を、彼女は確かに持っていた。
「うぬぼれるのも大概にしなさい、鳥。とっておきのを見せてやるわよ」
クーリンは魔法陣を輝かせる。
なかなか出てこない。相手が抵抗しているようだ。
そんなに召喚されるのが嫌なのか。
そもそも、クーリンだって呼びたくて呼んでいるわけではないのだ。
せっかくのマスターとの二人きりを、自ら終わりにすることをしているのだから。
うじうじとなかなか出てこない『彼女』を、無理やり召喚した。
『なっ……なっ、なっ……!?』
ラルディナは目を見開く。
魔法陣からゆっくりと……見る人が見れば嫌々のっそりと姿を現した魔物。
その巨体と禍々しさに驚愕と恐怖を与えられる。
黒々とした鱗。自分とは比べ物にならないほど鋭い牙と爪。
それは、間違いなく最強の魔物であるドラゴンであった。
『……急に呼ぶなよ、クーリン。ビックリしたろ』
「悪かったわよ。ちょっと、面倒な相手だったから」
ブスッとした様子のドラゴン。
クーリンの側にマスターがいるということを思い出さなければ、断固として召喚を拒絶するところであった。
クーリンの面倒な相手とやらを、金色の目で見据えるドラゴン。
『ん?……あぁ、サンダーバードか』
『こ、黒龍……!冗談でしょ!?』
ドラゴン族最強のドラゴンにして闇ギルド『救世の軍勢』のメンバー、黒龍リース。
サンダーバードのラルディナの前に、その禍々しい姿を現したのであった。




