第二百五話 クレイグの提案
「まあ、こんな感じなんですよ……」
ドラゴンたちが去った会議していた部屋で、アリスはうぼあーっと凄い声を上げて身体を伸ばしていた。
ここに残っているのは、アリスを除けば僕とリースだけだ。
だからこそ、こんなだらけきった様子を見せることができるのだろう。
「はー……私がいない間に、面倒なことになっていたんだなぁ」
「他人事みたいに言わないでくださいよ、姉上。本当なら、姉上が族長になっていたはずなんですからね」
リースが感心したように呟くと、アリスが恨めしそうな目を向ける。
ドラゴンもそうだけれど、魔族というのはトップに最強の個体を置きたがる。
そのことから考えると、ドラゴン族最強のドラゴンであるリースが族長となるのは必然だっただろう。
しかし、そんなリースがうちのギルドのやってきたものだから、次点であったアリスが族長になったのだ。
「いえ、兄上も責任を感じてくださいよ。兄上がいなかったら、姉上が集落から出て行くなんてことはなかったんですから」
アリスがリースに向けていた恨めしそうな目を、僕にも向けてくる。
「まあ、それは確かにな」
リースもまたしたり顔でうんうんと頷く。
そんな……まあ、リースが集落を飛び出した原因が僕だというのであれば、それなりの責任はとるけれども。
「マジか!?」
「兄上。あまり、姉上をぬか喜びさせるようなことは言わないでください。ポンコツになります」
顔を赤くしながらも、目をキラキラとさせて僕を見る姉の姿に、妹がため息を吐く。
おぉ……どちらが姉か、わからない……。
本当、随分と成長したよね、アリス。
そんな年寄りっぽいことをしみじみと思いながらも、改めて今ドラゴンの集落で起こっている問題を聞かせてほしいと彼女に頼む。
「ああ、そうですね。詳しく、説明させていただきます」
アリスは一から丁寧に話しはじめてくれた。
――――――兄上がこのドラゴンの集落にやってきて、天変地異に近い大暴れをしてくれて、それに惚れた……ああ、姉上痛いです。掴みかからないで……。まあ、とにかく、兄上が出て行くと姉上も付いていきました。ここまではいいですね?
その後、しばらくしてから私が族長についたんですけど、それくらいからドラゴンの数も減少傾向に入ったんです。とくに、純血のドラゴンの数がどんどんと減っていきました。
どうしようかと悩んでいる時に、魔王軍から使者が来たんです。ドラゴンと交配可能な魔族を送る。その代り、不可侵条約を結んでほしいという内容でした。
まあ、混血が増えるのは純血があまり好ましく思いませんでしたが、それでもドラゴンが滅びるよりはマシです。そんな考えて魔王軍の提案を受け入れたんですが……。
その結果、どんどんと純血の数が減っていき、混血のドラゴンの数が増えていったんです。当たり前ですけど。
それに足元を見たのか、魔王軍は魔族の代わりにとドラゴン族に不可侵条約だけでなく様々な要求をしてくるようになりまして……。
そして、ついに魔王軍の先兵として人間の国に攻撃を仕掛けろという要求がきたんです。
もともと、魔王軍に良いように要求をされることを好まないプライドの高い純血が激怒しちゃいまして――――――。
「……まあ、そんな感じで、今ドラゴンの集落は二分されてしまっているんです。……これが、魔王軍の策略だったなら、本当にマズイです」
冷や汗を流すアリス。
そうか、そんなことがあったのか。
……これって、アリスの予想する通り魔王軍の策略なんじゃない?
「あー、あー。聞きたくないです」
「おい、族長。しっかりしろよ」
耳を両手で塞いで声を上げるアリスに、思わず苦笑してしまう。
成長したと思ったけれど、こういうところは変わっていないようだ。
「もぉぉぉぉぉっ!姉上、代わってくださいよ!!」
アリスはギロリとリースを睨みつけ、癇癪を起こした。
リースはやれやれと首を振りながらも、姉らしく諌める。
「何言っているんだ。もう、何百年も族長を続けたんだったら、最後まで責任をとれよ」
「うぅ……」
ぐうの音も出ない正論に、アリスは口を尖らせる。
子供っぽい仕草をする妹に、リースは苦笑する。
「ほら、もうそろそろ休憩時間も終わりだろ。ドラゴンたちが戻ってくる前に、その腑抜けた態度を戻しておけよ」
「はーい……」
姉妹らしい光景に僕はほのぼのとなりながら、これから再開する会議のことを考える。
……また、怒声の飛び交うものになるんだろうなぁ。
◆
「だから、貴様らは何度言えば分かるんだ!これだから、混血はドラゴンとしての自覚と誇りがないと言うんだ!!」
「いつまでもえばり腐りおって!純血の何が偉い!数は、最早こちらの方が多いんだぞ!!」
ほら、やっぱり。
想像していた通りの状態なので、僕は笑みを絶やさぬまま死んだ目になる。
ドラゴン同士の喧嘩とか、本当に怖いんだけれど……。
もし、ここにリースとアリスがいなければ、こっそりと逃げ出していたくらい怖い。
議論は平行線のままである。
純血側は要求を突っぱね、これを機に魔王軍の保護から抜け出そうとする。
混血側は要求を受け入れ、さらに篤く保護をしてもらおうとする。
どちらとも、互いの主張を一切聞き入れようとしないのだから、議論をしている意味もないのではないだろうか……。
「それに……族長!!」
「ん?」
ついに、静観していたアリスに目が向けられる。
混血側のドラゴンが、ギロリと興奮冷めやらない目で睨みつけてくる。
その視線の先には……僕とリース?
えぇ……。
「どうして、この場に部外者が二人もいるんですか!?そこの二人は、このことに関係ないでしょう!?」
議論が進まないことにイライラしていたのか、今度は僕とリースに矛を向けてきた。
なるほど、確かに僕は部外者なんだけれど……それって、今言うことなの?
気になるんだったら最初に聞いておけばよかったんだろうし……。
「この人は、私の姉上だ。その力は、私を軽く凌駕する最強のドラゴン。そんな彼女が、ドラゴン族の行く末を決めるこの会議に関係ないわけないだろう」
「な……っ!?」
アリスは混血のドラゴンの意見をバッサリと切り捨てる。
家族だから会議にいれたとなれば問題になりそうなものだけれど、人間と魔族は違うのかな?
それに、族長のアリスよりも強いともなれば、参加する資格が与えられたり……?
そんなことをのんきに考えていると、言葉を詰まらせた混血のドラゴンが僕を睨みつけた。
……あれ、矛先が僕に?
「だ、だったら、その人間はどうなんですか!?そいつは、ドラゴンですらないじゃないですか!!明らかに、場違いな者です!!」
唾を吐きながら、僕を糾弾する混血のドラゴン。
確かに、彼の言う通りである。
ドラゴンよりもはるかに個の能力が劣る人間が、大切なドラゴンの未来を決める会議にのこのこと参加しているのを見て、愉快な気分になるはずもない。
僕としても、アリスの頼みでなければさっさとお暇させてほしいくらいなんだよ……。
「馬鹿っ!!」
しかし、意外にも混血のドラゴンを叱りつけたのは、純血のドラゴンだった。
おや?われ関せずを貫くか、混血のドラゴンに同調して僕を糾弾するとばかり思っていたんだけれど……。
いきなりの怒声に、混血のドラゴンだけでなく、僕までびくりと反応してしまう。
「な、なんだよ……?」
「お、お前、この人のことを知らないのか!?いくら混血で若いドラゴンだと言っても、貴様もドラゴンだったら知っておけよ!死にたいのか!?」
純血のドラゴンが僕のことを知っているように言った。
……え?君、僕のことを知っているの?
僕を知っているような古龍は、皆集落から出て行ったと聞いたんだけれど……。
……というか、僕のことを知らないだけで死にたいのかって……。
僕、そんなに野蛮じゃないけれど?
「この人は、あのとき――――――」
純血のドラゴンが何かを話しはじめようとしたときであった。
「――――――あ?」
一人の声に、この場が静まり返る。
それは、声に威圧感があったからとか、そんな生易しいことではない。
猛烈な殺意が、この場に吹き荒れたからである。
その発生源は、瞳孔を細めたリースであった。
「何だ、お前。いつから、お前はマスターに不満を言うことができるようになったんだよ、なあ。というか、お前誰だよ」
「あ、う……ぁ……」
なんだか、むちゃくちゃなことを言っているような気がするよ、リース。
僕、そんなにドラゴン族から見て地位なんてないし……。
しかし、彼女の圧力は本物である。
混血のドラゴンは息ができないように、口をパクパクと開閉させている。
それどころか、圧を向けられていないはずの他のドラゴンたちも苦しそうに顔をゆがめている。
……リース、強すぎじゃない?
「あ、姉上、落ち着いてください」
「おい。お前も族長だったら、ちゃんと教育くらいしておけよ」
「ご、ごめんなさい……」
リース、族長をもしかりつける。
ドラゴンたちの反感を買いかねないようなことだけれど、誰も非難するどころか目線すら上げない。
どれだけ怖いんだ、リースが。
……リースも、僕のために怒ってくれているなら嬉しいんだけれど、できることなら許してあげてくれないかな?
このままじゃあ、議論もできないしね。
「……もう少し、マスターも怒った方がいいぞ」
リースは僕の言葉で殺気を抑え込んでくれたけれど、不満そうに頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
僕がそんな彼女の様子に苦笑していると、この議場がホッと緩んだ空気になる。
まあ、あんな強大な圧をかけられていたら、押しつぶされてしまいそうな感覚に陥ってしまいそうになるもんね。
直接、彼女の圧をぶつけられた混血のドラゴンは、泡を吹いて気絶をしてしまった。
彼は、退場のようだ。
「このままでは、いつまでたっても結論が出ませんな」
静まり返った会議場で最初に声を出したのは、ラスムスの父であるクレイグであった。
彼は何とも落ち着いた様子で……あ、冷や汗が顔中にびっしり浮かんでいる……。
しかし、それでも声を出すことができるというのは凄いことだろう。
「私に一つ、案があるのですが……」
「なんだ、クレイグ?」
さらに、こんな紛糾していた場で提案をしようというではないか。
その度胸に、僕は思わず感嘆してしまう。
さてさて、どのような提案をしようというのだろうか?
期待のあまり、アリスの顔は輝いている。
「ここは、われわれだけでなく、他の視点からも意見を取り入れるべきではないでしょうか?」
……他の視点?
僕が不思議に思うのと同じように、アリスの顔も訝しげに歪められる。
「……どういうことだ?」
「入ってきてください」
アリスの質問には答えず、クレイグは外に向かってそんな声をかけた。
すると、扉から二人の男が入ってきた。
驚くべきところは、彼らが『ドラゴンではない』ということである。
「おーおー!すんげえ爬虫類臭ぇ場所だなぁぁっ!俺の自慢の鼻がもげちまいそうだぜぇ……っ!!」
「…………」
ドラゴンたちに真っ向から喧嘩を売るようなことを言う軟派そうな男と、僕のようにうっすらと笑みを浮かべている男だ。
「彼らは、魔王軍の者たちです」
クレイグの言葉に、ドラゴンたちがざわめく。
……何だか、一波乱起きそうな予感だ……。




