第二百四話 血の対立
夜が明けて日が昇り、僕とリースはアリス邸の外に出ていた。
ぽかぽかとした陽気が気持ちいい。
ドラゴンしか住んでいなくて数も少ないせいか、自然と近いせいか、エヴァン王国の王都よりも気持ちいい朝な気がする。
うちのギルド本部も森の奥深くにあって、ドラゴンの集落よりも生物の気配がないから、閑静で空気の美味しい場所だったりする。
「……おはようございます。いい天気ですね」
声をかけられて、僕たちは振り向く。
この場所で僕たちに声をかけるようなドラゴンは、一人しかいない。
アリスだと思って振り返ると……。
あ……。
真っ白な髪や肌を真っ黒にさせたアリスが、荒んだ目で僕たちを見ていた。
だ、大丈夫……?
「大丈夫なわけ、ないでしょ。真っ黒ですよ、私」
ケホッと咳をすれば、黒い煙がもわっと出てきた。
昨日、ベッドの下を覗き込んだことによってリースのブレスをもろに浴びたアリスは、白い身体をこんなに汚してしまっていた。
……というか、彼女のブレスを直撃してもこれだけで済ませるとか、流石はドラゴン族の族長である。
昔はあんな小さくて、色々とぶっ飛んだ言動をしていたのに、よくぞ成長したものである。
「お前が悪い」
リースは憮然とした表情で言った。
謝るつもりはなさそうである。
「……妹の家でおっぱじめようとする姉上も姉上だと思うんですが」
「お、おっぱじめるとか言うな!!」
ジト目でとんでもないことを口走るアリスに、リースが顔を真っ赤にして牙をむく。
いや、おっぱじめるって……。何も始まるようなことはなかったよ。
リースの怒気に当てられたアリスは、慌てて首を振る。
「わ、わかりました。……今日は、大切な会議があるんですから」
ああ、そう言えば、昨日はそんなことを言っていたね。
このままだったら流石に族長としての威厳も吹っ飛んでしまいかねないので、僕の魔法で清潔にする。
アリスの髪と肌が白さを取り戻す。
「あ、ありがとうございます、兄上。……今の、なんて魔法ですか?」
清潔にする魔法である。
便利そうだから、創っておいた。
「やっぱり、兄上も規格外だった……」
ちゃんと理論を組み立てて適切な魔法陣を組めば、誰でも魔法は創れるんだ。
皆、やらないだけで。
「やらないじゃなくて、やれないんだと思うぞ」
リースもジトッとした目で僕を見てくる。
し、姉妹揃ってなんていう目を向けるんだ。
「とにかく、またブレスなんて吐かれたら困るんです」
「なんだ。手加減してやっただろ」
あれで手加減していたのか……。
アリス、断末魔の叫びを上げながら吹っ飛んで行っていたけどなぁ……。
「黒龍のブレスなんて、私以外のドラゴンなら意識不明になっていてもおかしくないんですよ?というか、軽く死にかけたんですけど」
「白龍のお前なら大丈夫だろ」
とても武力的に高度な話をする二人。
流石は、ドラゴン族の誇る最強のドラゴンと族長である。
「はぁ……。とにかく、会議の場に行きましょうか。姉上と兄上には、是非敵対派閥に圧力をかけてくださいね」
圧力かぁ。いつも笑っている奴が凄みを出しても、別に怖くないと思うよ。
「おぉ……。何だかわからないから、いきなり圧力はかけないぞ?」
まあ、会議の話を聞いてみないことにはね。
アリスが間違っているのであれば、指摘してあげないといけないわけだし。
「本当は一から十まで説明したいんですけど……時間もないですし、話の流れで理解してください」
「ああ」
アリスの言葉にリースが了承し、僕も頷く。
こうして、ドラゴンたちの会議に参加することになったのであった。
……人間としてなら、僕が初めてではないだろうか?
◆
「だから、こうなってしまっては仕方ないでしょう!?魔王軍に従うべきだ!」
「馬鹿を言うな、混血め!!誇り高きドラゴンが、魔王軍の傘下に加わることなど認められるか!」
「魔王軍はそんなことは言っていません!ただ、人間どもを攻撃する時に先鋒を務めてほしいと……」
「それが、我らを下に見ていると言っているんだ!!」
ひぇぇ……。
目の前で繰り広げられる言葉の応酬に、僕はかなり萎縮していた。
いつも笑顔が浮かぶようになっていてよかった……。
もし、そうじゃなかったら怯えた表情を見られていたかもしれない。
会議の紛糾くらいでビビるなよと自分でも思ってしまうけれど、言い争っているのは人間の形態をとっていると言ってもドラゴンである。
強力な魔物同士が激しく喧嘩しているんだ。
そんな危険な場所にいたら、怯えても仕方ないと思う。
「……これでも、随分大人しいんですよ。多分、姉上がいるからだと思いますが……」
こっそりと僕に耳打ちをして教えてくれるアリス。
リースはこんな激しい会議の中でも、腕を組んでいつも通りだ。
ああ、なるほど。先ほどから、議論をしながらもチラチラとこちらを見ていたのは、リースの様子を窺っていたからか。
流石、ドラゴン族最強のドラゴン。長い間集落から離れていたといっても、まだ一目置かれているようだ。
「貴様ら、ドラゴンとしての誇りはないのか!?」
「あります!だからこそ、ドラゴン族の繁栄を考えて……」
「考えた結果が、魔王軍に服従か?笑わせるな!!」
どうやら、会議で意見は真っ二つに分かれているようだ。
アリスや僕たちが座っている側は、ドラゴン族として完全な独立を守り、魔王軍の指令を断固拒否するという構えのドラゴンたち。数は少ない。
一方、僕たちの対面に座るのは、魔王軍の指令に従って保護を受けようというドラゴンたち。こちらは、数が多い。
「話にならん。これだから、混血はダメなんだ!」
「なっ……!?」
先ほどから会議を聞いていると、どうにも魔王軍がどうだからということよりも、別のことで対立しているような気がする。
多分、『血』に関する対立ではないだろうか?
対面側に座っているドラゴンたちは、おそらく混血のドラゴンなのだろう。
あちら側には、クレイグの姿があった。
ラスムスは子供だからいないけれども、彼もあちら側だろう。
そして、アリス側のドラゴンたちは純血。
数こそ少ないものの、その力は混血のドラゴンを上回る。
だからこそ、数で勝っていても混血側は意見を押し切れないのだろう。
……まあ、純血の方がドラゴンとしての能力は高いのかもしれないけれど、こんな風に混血のドラゴンを侮るようなことを言っていると……。
「さっきから聞いていれば、混血、混血と……っ!貴様ら純血が、いったいどれだけ偉いというんだ!!」
「なんだと!?」
ずっと敬語を使っていた反対側に座るドラゴン、混血のドラゴンが怒声を上げる。
これに、純血側のドラゴンも反応する。
おぉう……こんなところでドラゴンの乱闘なんてやめてくれよ……。
冗談抜きで、僕が死んでしまう。
僕が戦々恐々としていると……。
「静かにしろ」
「――――――ッ!!」
静かな声で、紛糾していた現場が静まり返る。
全員が視線をやる先には、腕を組んでいたリースの姿があった。
混血のドラゴンは何かを言いたそうだったけれど、彼女を見て何も言えずにいた。
そんな現場を見ていたアリスが、ふうっとため息を吐いた。
「今、お前たちは冷静さを欠いている。こんな中で議論しても、満足する結論は出ないだろう。一度休憩をとり、それからもう一度話し合おう」
「……はい」
アリスの言葉に、純血側はともかく混血側が不承不承といった様子で頷く。
こうして、ドラゴンたちの会議は一度終わりを迎えるのであった。




