第百五十話 街の騒乱
ぎゃいぎゃいという大騒ぎを聞いて、僕は苦笑してしまった。
お風呂に入るだけなのに、どうして喧嘩に発展するのか……。
まあ、ヴァンピールとメルも仲が良さそうだし、放っておいても大丈夫だろう。
それにしても、ヴァンピールには本当に驚かされる。
風呂に一緒に入ろうと言ってきたり、何故か全裸で突撃してきたりと。
いや、まあお風呂に入ることはやぶさかでもないんだよ?
『救世の軍勢』メンバーに背中を流してもらうというのも、僕のささやかな夢の一つであるのだし。
ただ、全裸は違うだろう……。
いくら気を許してくれているとはいえ、羞恥心は必要だよ……?
これじゃあ、いつ男を連れてくるのか心配で仕方ない。
まあ、ヴァンピールくらい美人なら、その気になればすぐに捕まえることはできるんだろうけれど。
『救世の軍勢』メンバーに関しては、それほど心配はしていない。
皆美人だし、性格も良いしね!
逆に、僕はどうなんだろう……。
無駄に長生きだし、これと言って長所があるわけでもないし……。
うーん……まあ、お嫁さん探しも今すぐに始める必要もないし、そのつもりもないけれどね。
とりあえず、『救世の軍勢』メンバーが皆ギルドから離れて独り立ちできるようになってからだ。
……それも、寂しいな。
来たるべき将来のことを考えてしみじみとしていると、ズン……と小さく地面が揺れた。
おっと……地震か?
僕はふらつく身体を押さえつけながら、原因を考える。
すると、僕の耳が何かが崩落するような音を聞き取った。
幸い、僕が今いる場所は平地よりも高い場所なので、すぐに街の様子を知ることができた。
うわっ!?どうなっているんだ?
街が壊れて、吸血鬼たちの悲鳴が聞こえてくる。
まさか、襲撃か?吸血鬼領にどうやって侵入したのかと疑問はあるけれど、以前のソルイドたち吸血鬼ハンターの侵攻のこともある。
とにかく、状況の確認をしなければいけない。
「どうかなされましたか?」
風呂の方から、メルの声が届いてくる。
彼女も、この異質な音に気付いたのだろう。
僕は、石で見えないところにいるけれども、一応後ろを振り返りながら街の状況を説明した。
「な、なんですってぇぇぇぇっ!?わたくしのマスターのものとなる吸血鬼領を、どこの誰ともわからない輩が、また攻撃したんですの!?」
ザパァッと水がしたたり落ちる音を聞いて、後ろを向いていてよかったなぁと改めて思った。
ヴァンピールが感情のまま立ち上がったのが、まるで見ているように分かるんだから。
……それに、吸血鬼領が僕のものになるわけではないから。
とにかく、僕は街の方に行って状況を確認してくるよ。
ヴァンピールはまだ無理もできないし、この場に残っていて。
メルは、動けない彼女を守ってあげてほしい。
「わかりました」
「うぐぐぐぐぐっ!!あの吸血鬼ハンター程度に、太陽魔法なんて使うんじゃありませんでしたわ……っ!!」
バシャバシャと水の跳ねる音がする。
ヴァンピール、風呂で暴れないように。
さて、僕は街の方に行くとしよう。
太陽魔法による消耗で完全ではないヴァンピールを置いていくのは少々心配だけれども、彼女は消耗しているとはいえ真祖の吸血鬼。
そうそう、やられたりなんてしない。
それに、メルだっている。
彼女も、他の眷属とは一線を画するほどの実力を持っている。
そう考えると、あまり街の被害の方も心配していない。
何故なら、街にはヴァンピールと同じく真祖の吸血鬼であるリトリシアがいるのだ。
以前の吸血鬼ハンターの騒動の時もあっさりと敵を倒した彼女がいれば、悪い事態にはならないだろう。
だが、魔剣と吸血鬼殺しの武器を持っていたソルイドのような例も存在するのだ。確認だけはしておいた方がいいだろう。
それじゃあ、行ってくるよ。
「はい、お気をつけて」
「早く戻ってきてくださいまし!」
メルとヴァンピールの声を背中に受けて、僕は街に向かうのであった。
◆
僕は唖然としてその建物を見上げていた。
その建物は、僕がお風呂のあった場所から見ていた所の近くにあったのだけれど、そこまたボロボロに破壊されていた。
建物として輪郭を保持しているのが、信じられないほどである。
しかし、僕は建物が崩れていないことに唖然としているわけではない。
僕は、『ボロボロになっているはずのない建物がボロボロになっている』ことに驚いているのである。
だって、ここはあの真祖の一角、リトリシアの所有する建物なのだから。
「う……」
建物の内部を歩いていると、とある部屋からそんな声が耳に届いてきた。
慌てて中に入ると、そこには可愛い容姿を血に汚したリトリシアが倒れていた。
僕は慌てて傷の様子を確認する。
……うん、大丈夫。
傷を負ってはいるけれど、致命傷はなかった。
しかし、魔力の消耗が激しいことから、かなりの激戦が繰り広げられていたことが予想できた。
「ま、マスター……?」
目をうっすらと開けたリトリシアが僕を認識した。
うん、そうだよ。すぐに回復魔法をかけるから、待っていてね。
僕は魔法を使いながら、何があったのかと聞いてみる。
本当なら今聞かない方がいいんだろうけれど、状況が状況だしね。
それに、リトリシアがそんなに身体に気をつけなければいけないほど弱いわけないし。
「し、知らない男がいたのよ。私がどうしてここにいるのか問いただせば、襲い掛かってきて……」
流石はリトリシアと言うべきだろうか。
気を失うほどの激戦を繰り広げたというのに、もう説明してくれるだけの体力を回復したようだ。
僕の回復魔法も関係しているだろうけれど、流石真祖だ。
それにしても、知らない男……か。
僕はてっきり、真祖のリトリシアを倒せるのは同じく真祖のゲヒルネッドかと思っていたのだけれど……。
当然、リトリシアはゲヒルネッドの顔を知らないわけないから、別の男ということになる。
「それに、腹立たしいことに人間だったわ……。あなたと同じ、ね」
悔しそうに顔を歪めながら、リトリシアはそう言った。
人間……。僕は男の正体に言葉を失った。
もちろん、人間が吸血鬼に勝てないなんてことはない。
以前のソルイドたちのような吸血鬼ハンターもいるし、吸血鬼殺しの能力を持つような強力な武器を持てば戦うことはできるだろう。
しかし、それでも一人で真祖を圧倒できるかといえば、僕は首を横に振るだろう。
ソルイドですら、攻め込むときには多数の仲間を引き連れていたようだし、それでも真祖であるヴァンピールに敗れたのだ。
僕は、誰にも悟られることなく街の中枢にまで入り込み、さらには真祖のリトリシアさえ倒してしまった男のことを考え、背筋に寒いものが走るのを覚えたのだった。
「うっ……私はもういいわ。それより、早くヴァンピールの元に戻りなさい」
リトリシアは僕の腕を握って、そう言ってきた。
いや、でもまだ回復魔法は途中で……。
そこまで言うと、リトリシアが話す時間も惜しいと言葉を被せてきた。
「あの男、私を倒した後こう言っていたわ」
『そうですか、マスターが来ましたか。今、彼と戦うのは得策ではありませんねぇ。引き付けるという最低限の仕事はできましたし、真祖を殺せなかったのは残念ですが、ここで退きましょう』
僕はゾッと背筋を凍らせた。
まるで、その男は僕のことを知っているようではないか。
『救世の軍勢』という世間一般的には知られていない闇ギルドのマスターである僕のことを知っている人物は、非常に少ないだろう。
つまり、その男は最低限僕が闇ギルドのマスターであることを知っており、それでもなお僕と敵対する意思を見せたということだ。
さらに……。
「敵の狙いは、ヴァンピールよ……!」
――――――。
僕はリトリシアを抱き上げ、ボロボロになっていたベッドに寝かせる。
ボロボロだけれど、地べたに寝かせているよりマシだろう。
それから、僕はすぐに屋敷を飛び出した。
いちいち歩いてなんていられない。僕は飛ぶような勢いで、ヴァンピールとメルのいる高い露天風呂へと向かう。
……誰だか知らないけれど、随分とふざけたことをしてくれるじゃないか。




