第百四十八話 ゲヒルネッドの悪巧み
うわー……すっごいなぁ……。
僕は目の前で行われていた戦闘を振り返り、そう思うことしかできなかった。
今回戦ったソルイドとやらは、かなりの実力を備えていた。
おそらく、世界に数いる吸血鬼ハンターたちの中でもトップクラスの実力だっただろう。
ただ、相手が悪かった。
真祖の吸血鬼で、僕の知る以上間違いなく最強の吸血鬼であるヴァンピールが相手なら、いくらソルイドといえども勝てるはずもない。
しかし、彼女の奥の手である太陽魔法まで使わせたのは凄かった。
「ぜー……ぜー……!よ、余裕でしたわね……!」
ヴァンピールも、魔力消費がとんでもないほど大きい太陽魔法を使ったせいで、疲労困憊といった様子である。
うーん……やっぱり、ヴァンピールでも太陽魔法は使うことが難しいかぁ……。
彼女は才能があったこともそうだけれど、『救世の軍勢』の中でもトップクラスに魔力量が多いので教えたんだけれど……。
まあ、彼女は他にも魅力のある子だし、僕みたいに魔力量だけしかとりえのないダメマスターではないからね。
「あぁぁぁ……。マスター……血を、血を……。頑張ったご褒美が欲しいですわぁ……」
いつぞやの時のように、フラフラと幽鬼のように近づいてくるヴァンピール。
いつもきれいな金色の髪も乱れていて、ちょっと怖い。
しかし、彼女が頑張ったのもまた事実だ。
吸血鬼にとって天敵である吸血鬼ハンター、それも、吸血鬼殺しの武器を手にしていた強力なソルイドが相手だったのだ。
ちょっとくらい、甘やかしてもいいだろう。
僕の『救世の軍勢』メンバーに対する悪い癖が出て、首を出そうとすると……。
「ちょっとっ!?いったい、何があったの!?」
空から降りてきたのは、リトリシアだった。
おお、流石ヴァンピールを苦しめた真祖の吸血鬼。ヴァンピールと違って傷一つ負っている様子はなく、無傷で敵に完勝したようだ。
「あ、あら……リトリシアさん……。勝ちましたのね……残念、ですわ……」
「な、何よ、このアンデッドみたいなヴァンピールは……。そんなに強かったの……?」
普段は顔を合わせただけで口論に発展するヴァンピールとリトリシアである。
ヴァンピールはいつものように憎まれ口を叩くが、リトリシアはそんな彼女の疲労ぶりに引いていた。
というよりも、少し心配そうだ。根は良い子なんだよなぁ……。
「べ、別に強くなんてなかったですわ……」
「……どうだったの、マスター?」
強がりを言うヴァンピールを見捨て、リトリシアは僕に聞いてきた。
うん、強かったと思うよ。
吸血鬼ハンターとしての経験も豊富だったみたいだし、吸血鬼殺しの武器も持っていたし……。
「……そんなのとヴァンピールと戦った結果が、これっていうわけ?」
……うん。
僕とリトリシアの視線の先。
そこには、ソルイドたちによって焼かれた村があったはずなんだけれど、今はまるで地面が燃えているようにくすぶって焦げていた。
ソルイドの炎天剣ではない。ヴァンピールの太陽魔法が原因であることは明らかだった。
村も、ヴァンピールより後ろにはちゃんと存在しているのに、彼女の前には何も残っていない。
……威力、凄いなぁ。
「……どんな魔法を使ったのよ、いったい」
「わ、わたくしなんてまだまだですわ……。マスターの魔法なんて……」
いや、僕の話はいいからさ。とりあえず、疲れ切ったヴァンピールを屋敷に戻そうか。
「そうね」
「マスター、運んでくださいましぃ」
はいはい。
僕は苦笑しながらヴァンピールと生き残った子供を抱き上げるのであった。
◆
「侵入した吸血鬼ハンターの中に、ソルイドの奴もいたのか!?はぁぁ……それでよくヴァンピールは無事だったなぁ」
ゲヒルネッドは報告を聞いて驚愕していた。
ソルイドという吸血鬼ハンターの名は、真祖の吸血鬼であるゲヒルネッドにも届いていた。
強大な力を持つ老齢の吸血鬼たちも悉く屠ってきた歴戦の猛者。
まさか、そんな強力な吸血鬼ハンターが侵入してきていたとは、少し肝を冷やさせる。
「ヴァンピールを弱らせるために穴を開けさせたのに、俺がやられるかもしれなかったってわけか」
人類から敵対視されている吸血鬼領は、その警備は厳重である。
本来であれば、いくらソルイドと言っても侵入することはできない。
今回侵入することができた理由は、ゲヒルネッドがその警備網に穴を開けさせたからである。
「こちら側の被害としては、吸血鬼ハンターに焼かれた村に住んでいた吸血鬼たち百名近くです」
「あ?被害?」
報告させていた眷属に、ギロリと赤い目を向けるゲヒルネッド。
「それは被害じゃねえよ。俺が領主となるために、人柱となってくれたありがたい吸血鬼どもだ。まさか、俺のせいとか言うんじゃねえだろうなぁ?」
「……そんなことはありません」
ゲヒルネッドの言葉に、彼の眷属は頭を下げる。
そもそも、彼の眷属はヴァンピールやリトリシアの眷属とは違って意識からその人格まで完全なる支配を受けている。
故に、彼の眷属がゲヒルネッドに対して不満や怒りを覚えることなど絶対になく、義憤にかられるなんてこともありえない。
「あいつらは、俺が領主になるためには避けられねえ犠牲なんだよ。あいつらに報いるためにも、俺は領主にならねえとなぁ……」
ニヤリと笑うゲヒルネッド。
「ヴァンピールは仕留められなかったが、あいつを疲弊させることはできただろう。ソルイドも鬱陶しい奴だったが、最後の最後に役に立ってくれたな」
ヴァンピールとソルイドの戦闘は、それは凄まじいものだったらしい。
それほど激しい戦闘を行えば、いくら化け物じみているヴァンピールといえども普段の力を発揮することは難しいだろう。
そのことを考えると、ゲヒルネッドの期待通りの展開に進んでいると言っていいだろう。
「今なら、こいつを使ってあいつをどうにかできそうだな」
ゲヒルネッドはそう言って『あの剣』を取り出す。
すでに死んだ錬金術師・ヴィッセンに作らせていた、歪に刀身が曲がった剣である。
そこを撫でながら、くっくっとゲヒルネッドは笑う。
「さあ、もうすぐだ。もうすぐ、俺は……」




