2-3
◇
「そのお付きのその後を聞くのがこわいな……。当時は知らんなんだが、中津森の奥方様といやあ……美貌と機知に富んだお方と名高い……それになにより気性が……」
その在りし日の庭園のように西日差し込む部屋で、イーシュの話を聞きながらベルンが顎をもんでいた。が、急に慌て始める。
「って、おっと! 今のは聞かなかったことにしてくれ」
イーシュが告げ口などするはずもないのだが、それでもかき消したいほど、ベルンの耳に届いている奥方の評判は凄まじいものらしかった。
「それよりケシだ、ケシ。どうしてそんなものが気になったんだ?」
ベルンは強引に話を戻す。イーシュはその一連の様子をただ微笑みながら見守っていた。
「あのケシの花についていた精霊は私の両親のことを知っていそうだったんです。あの時は奥方様の手前、聞くことができませんでしたので、次の日の朝、行ってみましたが……もうすでにありませんでした。根ごと撤去されてしまったようです」
「そりゃあ……残念だったな……」
「いえ、いいんです。あとからよく考えてみたら、あれは良くない精霊だったのだとわかりましたから。何かを知っていそうな素振りを見せて、惑わせるような存在だったのでしょう。あの時、奥方様がそう言ってくださって、今は感謝しているんです」
あれから神官の修行を詰み、良くないものの存在も知ったのだろう。イーシュは確信した顔をしている。
「奥方様は精霊が見えるわけではありませんが……良いものではないと察したのでしょうね。病に冒され枯れかかった花です。当然といえば当然です。でも私にはその時わからなかったんです。実体無い物が目に見えてしまうと逆に囚われ、惑わされてしまうこともあるのだと……真実を見誤ることもあるのだと……。今でもあの時のことは教訓になっているんです」
「まあ、仕方ないさ。それに子供が両親のことを知りたがることもな」
「ええ、そこをつけこまれてしまったんですね」
イーシュがはにかんだので、ベルンは「別に恥ずべきことじゃない」とでもいうように、ゆっくりと首を振った。そして話を変える。
「それにしても、その時、なんで奥方様は、あんたの顔や旦那様の遠縁だと聞いてはっとしたんだ?」
「わかりませんが……もしかしたら、奥方様は知っておられるのかもしれません。私の両親のことを……」
イーシュはそこでうつむいて考え込んでしまった。ベルンが代わりに言葉を繋ぐ。
「そうだな。なにせ奥方様は外孫とはいえ西の旦那様ゆかりのお方だからな。あんたが生まれた頃ももう戦争中ではあったが、まだ森も今よりは安穏としていて、祖父である旦那様によく会いにいらしていたものだ。そう……面識があったのかもしれないな」
「ええ……でもその時は何のことかわかりませんでしたし……今もまだ聞くことができないんです」
「毎日お忙しい様子だから聞けないんだな?」
イーシュは苦笑した。
奥方は毎日、早朝から深夜まで戦の為に時間を費やしている。慣れない戦術書を読み漁り、伝令の伝える報告を聞き、将軍たちや知識者を集めて作戦を練る。訓練に励む兵士たちをねぎらいに小汚い兵舎へ出向くこともいとわない。まだ幼い子供と過ごす時間も無い。
その奥方の毎日を知っているなら、そんな私事はイーシュの性格では言い出しにくい。近しく仕えているからなおさらだ。
ベルンにも容易に想像がつく。
「まあ、そのうち奥方様の方から話してくださるだろうさ。思慮深いお方のようだからな。それに奥方様はよくして下さっているんだろう?」
イーシュの微笑みが答えを語っていた。安心したのかベルンもにやりと笑う。
「なんでも奥方様付きの神官なんだとか聞いたぜ?」
「ええ。あの時の私のことを覚えていてくださっていて本当に色々と便宜を図ってくださっています。……そう、精霊のお話もしましたよ。約束どおりに。信じてくださっているかはわかりませんけどね」
「そんなにすっとんきょうな話なのか?」
「どうでしょう……? 私は物心ついたときからそういうものだと思っていたので……ただ、まあ、あまりその話に関しては奥方様ではなくとも神職以外の方は信じてくださっている様子はありませんけどね」
「俺は信じられるかな……?」
ベルンは頭を掻く。
イーシュは空になったベルンのカップに新たにお茶を注いだ。とくとくいう心地よい音がイーシュの声に重なる。
「ふふっ。どうでしょうね。……そういえばライオルは私が精霊と話していても不思議な顔はしても、怪訝な顔はしませんでしたね。私が言うそのままを受け入れてくれていたようです」
「あいつ意外と、けっこう純粋だったからな。……。うん、ちょっと興味があるな、その目に見えないものの話。特に悪い方のな。亡霊とか」
紅茶の香りを楽しむように、目を閉じたベルンは鼻をわずかに上に向けた。
ポットを置き、席に戻ったイーシュは遠慮がちに口を開いた。
「……そうですか? では少しお話しますね。後でまたライオルのことでお話しなければならない似たような話もありますので……。正直お恥ずかしい限りの話なのですが……ライオルとの思い出には欠かせないものでもあるので」




