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真円の月の光を受けて、幼い少女が木々に寄り添う。
空に伸ばした白い腕には夜闇からの風が微かに纏わりつく。その風が、薄い亜麻色の髪に、白い衣服に、巻きつけた蔦の葉を揺らす。
森の向こうから漏れてくる人々の喧騒は、小さな耳には届かない。
夢見るように煙る緑青の瞳を宙に投げかけ、少女は幸せそうに微笑みかけた。
透明の月光が、木々の葉の間から柱のようにいくつも降りていた。
絵のように時間が静止する。
その恍惚を破って、草が触れ合う音が鳴った。
おっとりとした少年の声が、少女の背にかかる。
「ああ、いたいた」
少女が振り返る。
藪の向こうの森の小道に少女より少し年上らしい子供たちが数人立っていた。蔦をまとう少女と同じように、皆揃って獣の皮や、草花を身につけている。
腰まで茂る草を掻き分けて、さきほどの声の主が近づいて来た。
「どうしたの? こんなとこにひとりで」
問いかけられて少女は微笑み、伸ばした腕を皆の前に持ってくる。
少年が頷いた。
「ああ、精霊と遊んでいたんだ」
「うん」
頷くと、幼い少女は再び手を宙に掲げる。その目には色とりどりの光の小さな珠が舞い遊ぶのが見えていた。
「今日はね、精霊祭だから、とっても喜んでいるよ」
そうしてさきほどと同じように至福の笑みを浮かべ、その目には見える精霊の光を愛おしげに見つめる。
探してやってきた子供たちが羨ましげにその様子を見守った。
「僕にはみんなおんなじぼんやりとした光の珠にしか見えないし、何を言っているかも聞き取れないんだけど……。やっぱ君はすごいね」
「あたしにもはっきり見えたらいいのになあ……」
口々に羨ましがる。そうは言っても、この子供たちの目にも、朧ながら精霊が見えている。十分、稀有なことだ。
少女の頬に、くちづけするように精霊が触れた。
集まった子供の一人がため息をつく。
「精霊たちは君が好きみたいだね」
「ううん。精霊はみんなをおんなじように大切に思っているよ? ただ、わたしが話しかけるから、応えてくれるだけ」
首を振り、微笑む少女の周りを精霊たちが輝度をさらに上げながら、いくつもいくつもふんわりと飛び交った。いくつもの色とりどりの光の珠が、淡く蔦の葉纏う少女を飾る。
はっきりとは認識できないと言った他の子供たちにも、その様は、少女を別世界の者のように見せた。
中の一人が呟いた。
「イーシュ……君、まるで森の精霊みたいだ」
か細くて声はイーシュに届かなかった。精霊の光と戯れる少女は軽く首を傾げただけで、また宙に手を差し伸べ遊んだ。
夢のような光景を、子供たちは、しばしそれこそ夢見るように眺めた。程度の差はあれ精霊を可視する子供たちにとっても、それは不思議で幻想的な光景だった。
流れの変わった風に乗って、厚い木々の向こうから楽しげな笛と竪琴の音が聞こえてくる。
精霊と戯れていた手を、イーシュは止めた。
「……あ、綺麗な音だね」
見惚れていた子供たちも、目を覚ましたようにはっとする。
「あ、うん、そう! あっちにすごい竪琴のうまい楽師さんがいるんだ。みんなも、それから孤児院の子もそっちに行ってる」
「探してたんだ。イーシュも行こうよ」
精霊に囲まれていた少女は、その場を離れ、子供たちとともに森の小道を駆けて行った。