第28話 永遠の17歳
一方、サチを囲む男たちの渦が見えるベンチでは、インバッハがぺちゃんこになった竜子を介抱していた。
龍一のために道を開けようと、果敢に突撃した竜子だった。
しかし、熱狂するファンの間に男も女も関係はない。
竜子は屈強な男たちの波に壮絶に巻き込まれた。
足蹴にされ、まるでカートゥーンアニメのようにペラペラになるまで潰されていた。
「大丈夫かい? 竜子ちゃん」
どこから調達したのか、インバッハは至れり尽くせりの道具をベンチ上に並べた。
冷たいおしぼり、サチがイラストされたプラスチックカップに入ったひまわりドリンク。
ブラシや絆創膏、手鏡、ウェットティッシュは竜子の手の届く位置に静かに置かれた。
「ありがとう。あのね、サチちゃんが進もうとする私に投げキッスして「あとでね」ってジェスチャーしてくれたの。あれは本物のアイドルメイドだと思う」
竜子のクセ毛は、実にひどい状態になっていた。
それでも満足そうなのは、サチパワーを間近で授かったからだろう。
「そうだな。龍一以外にもあれだけの人数を虜にしてるんだから、きっと本物なんだろうな」
今の状態では龍一がサチに思いを伝える計画の実行が難しい。
なにしろ、お別れの見届け人である竜子が側に近づけないのだ。
インバッハは午前中の龍一のサポートを諦め、ベンチで竜子と雑談することにした。
「サチちゃん、モンキーマジックのお姫様になるのかな」
今回のメイドイベントもそうだが、今、新旧両世界ではいわゆるミスコンテストが爆発的にブームになっていた。
それはなぜか。
3Mのひとつ、東洋の偉大なる統治者であるモンキーマジック。
その当主である「日光」が、第10夫人を迎えるための大日光祭りと称したイベントが控えているからだ。
選考の際に、各コンテストの優勝をアピールできることは非常に大きかった。
「どうかな。新旧両世界からいろんな女の子が集まってくるわけだし、なにより日光の趣味に合うかだろうからね。竜子ちゃんは日光の10番目の奥さんになれたらなりたいのか?」
日光は齢65。猿に似た外見の派手好き娯楽好きで、そして世界中の人々を愛する博愛の人物だ。
「私はいいかな」
竜子はひまわりドリンクをすすりながら、興味なさそうに首を振った。
「なら、レイソル・マリアは?」
女の子ならこういう話が好きだろうと判断し、インバッハは話を続ける。
レイソル・マリア。
新興勢力であるマリア家の現当主であり、太陽のごとき男。
激しいクセ毛の主で、大柄なハンサムだった。
まだ30歳と若く独身。
おまけに日光と同じで派手好きであり、あらゆる広告に出演するほど自己顕示欲が強かった。
やはり、世界中の人々を愛している博愛の人物でもある。
「レイソルもヘリオスもいいかな」
先回りして竜子が答える。
ヘリオス・マクラクラン。
古くから世界の頂点に立つ、マクラクランの現当主。
28歳独身。
眼鏡をかけた長身のハンサムだった。
しかし、普段はほとんど公の場に出ないため、その人となりは謎に包まれている。
世界を統治する3Mの当主たち。
その名前を並べられても、竜子の瞳が揺らぐことはなかった。
彼女にとっては誰の妻になるかという色恋の話題など、どうでもいいことだった。
興味は専らその3人の中で強いのは誰か、だ。
「インバッハはその中で誰がいいの?」
「僕に選ばせるのか? うーん……迷うな。ただ、レイソルではないかな。一度、シェルトドーガにレイソルの下位互換と言われたことがあってね」
レイソル・マリアと比べ、同じクセ毛の男性でもインバッハは体格も身長も劣る。
そこをあのクソザコナメクジは的確に揶揄してきたのだ。
「クセ毛だから? 全然似てないし、能力も違うのにね」
「あいつは昔から根拠のない悪口をするする言うんだ」
「あぁ、金玉とかね」
「女の子が言っちゃだめ」
「同じ学校の子も普通に言うよ。私の陰口は陰毛だし」
「そ、そうなのか」
インバッハの仲間内の綽名も陰毛だ。
しかし、陰口と綽名は違う。
シェルトドーガの悪口が本質的に刺さってこないのに対して、竜子へ向ける一部の同級生の声には明確な悪意が混ざっていた。
気を使わせてしまうと思ったのか竜子は話題を変える。
「そう言えば救世主退治の当時、6人は学生だったんだよね? 同じ学校だったの?」
「いや、違う。縁もゆかりもなかったよ。だから、最初は連携もとれないし喧嘩ばかりだった」
インバッハも空気の切り替えにのってきた。
「思ったことを言っていい?」
「どうぞ」
「うちのおじいちゃんね、今年で80歳なの。しゃべり方がもうまさに老人でね」
「いつまでも健康でいてほしいね」
「ありがとう。それでね、80年生きてるおじいちゃんが相応に年老いてるのに対して、200年生きているインバッハ達は外見だけじゃなくて内面も若々しいなって思う」
「そ、うきたか」
「16歳の私のことを小娘とか思わないの?」
竜子の言うとおり、200年生きているが6神全員、体からおつむの中まで輝かしい17歳のままだ。
落ち着いているアレックスでさえ精神年齢は17歳である。
シェルトドーガなぞ200年間、青春真っ只中の絶倫状態だ。
「外見に影響されて中身が成長しないというか、確かにそれを言われると恥ずかしくて仕方ないんだ」
「あ、悪い意味で言ったんじゃなくて、ただ200年あれば、例えばひとつの学問を究めることもできるんじゃないかって思って」
「だよな。いいんだ、フォローは必要ない。僕達は多分、何百年後も幼稚なままだから」
まるでネバーランドのピーターパンだ。
何年経っても大人になれない。
額に手を置きうなだれるインバッハを、竜子はしまったという顔で見るしかなかった。
6神という最強の異能を持つ神々の、意外すぎる精神的な脆さと停滞。
時空が歪んだこの旧世界と同じように、彼らの内面もまた、200年前の世界崩壊の危機から1歩も先へ進んでいないのかもしれない。
そんな二人のやり取りの最中に、魂の抜けた龍一がふらふら近づいてくる。
こうして散々な午前中が幕を閉じたのだ。




