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第一章 借金と世界樹と泥酔の始まり

72時間連勤の果てに助けたのは、燃えるゴミでした。

「……いらっしゃいませぇー。お次でお待ちのお客様ぁ、どうぞぉ……」

自分の口から出ている声が、遠くのスピーカーから聞こえてくるような錯覚に陥っていた。

武田健人たけだけんと、20歳。経済学部のしがない大学生である俺は現在、地獄のど真ん中にいる。

「ワンオペ(従業員一人体制)」という名の、終わらない耐久レース。

風邪で飛んだバイト仲間の穴埋め、飛んだ店長、そして本部の無慈悲なシフト強行により、俺の連続勤務時間は大台の「72時間」を突破していた。

(あぁ……蛍光灯が……まぶしい……。レジのピッて音が……脳みそに直接響く……)

視界はぐにゃぐにゃと歪み、廃棄弁当の匂いで吐き気がする。

深夜3時。ようやく客足が途絶え、ゴミ捨てのために店の外へ出た時だった。

フラフラと車道に目を向けると、道路のど真ん中に、小さな黒い塊がうずくまっていた。

「……ねこ?」

ヘッドライトの強烈な光が迫ってくる。大型トラックだ。

ブレーキ音は聞こえない。運転手も居眠りしているのか。

その瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。

72時間寝ていない脳内麻薬アドレナリンが爆発したのだと思う。

「危ないっ!!」

アスファルトを蹴り、ダイブする。

迫り来る巨大なトラックの鉄塊。俺は間一髪で、その黒い塊を抱きかかえるようにして路肩へ転がり込もうとした。

――ギュムッ。

腕の中に抱いた「それ」は、猫特有の温かさも、柔らかさもなかった。

カサカサと鳴る、無機質なビニールの音。

そして、鼻を突く生ゴミの臭い。

(……え?)

迫るトラックのライトに照らされて、俺は自分が命懸けで抱きかかえたモノの正体をハッキリと認識した。

『燃えるゴミ(カラスに漁られて中身がはみ出てる)』

(嘘だろ……俺、ゴミ袋を助けて……?)

プァアアアアアアアアアン!!!!!

絶望のツッコミを入れる間もなく、けたたましいクラクションと共にトラックのバンパーが俺の視界を完全に覆い尽くした。

衝撃すら感じる暇はなかった。

俺の、ブラック労働に捧げた20年の人生は、燃えるゴミと共に呆気なく終了したのだった。

「……んっ……」

柔らかな草の感触と、頬を撫でる心地よい風で意識が浮上した。

重い瞼を開けると、そこにはコンビニの黄ばんだ天井ではなく、突き抜けるような青空が広がっていた。

「……生きてる? いや、どう考えても死んだよな、俺。ゴミ袋抱きしめて」

上半身を起こし、自分の身体をペタペタと触る。

痛みはない。服装はバイトの制服から着替えていた時のまま、グレーのパーカーにジーパン、そして履き慣れたスニーカーだった。

周りを見渡すと、見渡す限りの大草原。遠くにはファンタジーRPGでしか見ないような、天を突くほど巨大な樹木がそびえ立っている。

「……異世界転生ってやつか。ははっ、72時間連勤よりはマシかもな」

社畜根性で瞬時に現状を受け入れた俺は、ふと、自分のすぐ横に「ただの木の棒」が一本転がっていることに気がついた。

長さは1メートルほど。どう見てもその辺の木から折ってきたような、ただの棒切れだ。

「なんだこれ、初期装備? ドラ◯エの『ひのきのぼう』的な?」

棒を手に取って首を傾げていると、背後から盛大な足音が聞こえてきた。

「あわわわわわっ! い、異世界人さんですかぁっ!?」

ペチッ、ペチッ、ペチッ、ペチッ! と、気の抜けた足音(どう聞いても健康サンダルの音)を響かせて走ってきたのは、一人の少女だった。

透き通るような銀髪に、天使のように愛らしい顔立ち。

しかし、その服装は目を疑うものだった。

上下ピンク色のダサい芋ジャージ。

ご丁寧に、胸のあたりにはデカデカと『若葉マーク』が刺繍されている。

「はぁ、はぁっ……! わ、私、天界から参りました見習い女神のリリスと言いますぅ! あなたの担当女神になりましたのでぇぇ!」

「……女神?」

俺は無表情で、彼女の足元(健康サンダル)から胸元(若葉マーク)へと視線を動かした。

「……女神がジャージ? しかも若葉マーク付きで?」

「はいっ! ルチアナ先輩が『天界の女神たるもの、正装はジャージが基本よ』って教えてくれました!」

(先輩に騙されてんな、この子……)

一瞬で天界のブラックな人間関係を察した俺は、手に持っていた棒を指差した。

「あー、リリスさん? じゃあ聞くけど、このただの木の棒は何? 俺、剣とか魔法とかチート能力もらえるんじゃないの?」

「あ、それですか? 初期装備ですぅ! えっと、遠くに見える『世界樹』様から、私がバキッとへし折ってきました!」

「世界樹からへし折った!? お前、それ怒られない!?」

ただの棒切れだと思っていたら、とんでもない業物(あるいは神への冒涜アイテム)だった。

「えっと、えっとぉ……難しいことは分からなくて……」

リリスは慌ててジャージのポケットから、分厚い紙の束(どう見てもカンペ)を取り出し、涙目で読み上げ始めた。

「そ、それでですね……ルチアナ先輩から私に、『チョウカイカイコ』っていう紙が渡されまして……。ジンケンヒサクゲン……? とか、よく分からないことを言われたんですぅ……」

「……ん?」

「それで、『もうお前の席ねぇから、適当な異世界人についてって養ってもらえ。そしたら毎日お菓子やお団子が食べられるから』って、ルチアナ先輩が……っ、うぇぇぇん!」

ついにボロボロと泣き出してしまった女神(見習い)を前に、俺は頭を抱えた。

つまりこの子、天界をリストラ(懲戒解雇)されて、俺のところに左遷……いや、不法投棄されたのだ。

72時間連勤で壊れかけていた俺の心に、妙な『社畜のシンパシー』が湧き上がる。

「……はぁ。なるほどな、リストラか。世知辛いね、天界も」

「ぐすっ……や、養って……くれますか……? 私、いっぱい食べますけど……」

「アピールポイント間違ってんだろ。……まぁ、一人旅よりはマシか。よろしく頼むよ、リリス」

俺がため息混じりに手を差し出すと、リリスはパァァッと顔を輝かせた。

「ありがとうございますぅぅぅ! 健人さん、優しいですぅ! あ、そうだ、これ! 良ければ使ってください!」

リリスは鼻水を拭いながら、ジャージのポケットから「一枚のプラスチックカード」を取り出し、俺に差し出した。

「カード?」

「はいっ! ルチアナ先輩の机から、借りパク(盗亡)してきたクレジットカードですぅ! これで欲しいものを買ってお団子食べましょう!」

……俺と、ポンコツリストラ女神の異世界サバイバルは、ここから始まった。

この直後、このカードに『90万円の負債(リボ払い)』が残っていることに気づき、俺が異世界の空に向かって絶望の雄叫びを上げるまで、残りあと3分。

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