食事
宿屋の廊下は薄暗く、板壁にはところどころひび割れが走り、
三人が足を踏み出すたびに、軋む音が建物全体へ広がっていく。
廊下の中央を、黒いローブコートのリーダーが歩き、
左右に、若く美しい女を連れている。
右には、筋肉質で肩までの金髪の女が腰の左右に剣を吊り、
左には、特徴的な耳を持つ腰まで続く銀髪の女が背に弓を背負う。
二人は嬉しそうに身体を寄せ、
一人は大胆に腕を絡ませ、一人は恥ずかしそうに腕をつかむ。
そんな三人が降りてくれば、食堂からアノ噂話が聞こえてきた。
噂など気にも留めていない二人は、特に反応する事さえなかったが、
階段を降りている途中で、ミアがさりげなく肘を押し当てた。
「転ばないでよ、リーダー。重いんだからさ」
その声色に揶揄は薄く、別の感情が混じっていた。
「私がさせません。魔法で……もちろん、支えてみせます!」
リアも張り合うように言うが、どこか心配そうに視線が揺れる。
そんな感情を向けられている男は何も言わず、
淡々と階段を降りていき、食堂へ足を踏み入れた。
食堂といっても、粗末な木のテーブルと椅子が並ぶだけで、
昨夜の名残なのか、乾きかけた染みがところどころ黒く広がる。
厨房の方からは、スープの匂いと、
焼きかけのパンの、香ばしさが入り混じって漂ってきた。
食事をしていた客たちは、まず胡散臭い黒衣の男を見て、
次いで、その両脇を固める場違いなほどに美しい女達へ顔を向ける。
だが、どう見ても不釣り合いな組み合わせだと気付くと、
噂が本当だと気づき、二人と目が合うのを避けた。
「奥の席が空いていますね」
リアが低く告げる。
男がテーブルに腰を下ろすと、
ミアが当然のように右隣へ座り、リアも反対側へ腰を下ろした。
こうして二人に挟まれる形で、いつもの食事が始まる。
「はいよ、朝飯。追加が欲しけりゃ言っておくれ」
やがて三人に慣れた店員が、手際よく皿を置いた。
固く焼かれた黒パン、具の少ない野菜スープ、
申し訳程度の、ベーコンが一切れずつ。
「たっぷり払ってくれるなら、何でも用意するよ」
店員が何時ものように、そう言い残して戻っていくと、
ミアがパンを手に取って眉をひそめた。
「固っ。これ、武器にできそうなんだけど」
「そうですね。投擲すれば、ゴブリン程度なら気絶させられそうです」
リアが真面目な顔で頷き。男は静かにスープを口へ運ぶ。
スープの塩気は薄く、野菜は煮えすぎて形を保っていないが、
男の顔は嬉しそうに微笑んでいた。
「リーダー、パン。こっちの柔らかいところあげるから交換しよ。
あたし、固いのでも平気だし。いいよな?」
ミアは自分のパンで比較的ましな部分をちぎり取り、
当然のように皿へ移し、男の食べかけ部分へ手を伸ばす。
「私のベーコンは差し上げますね。
代わりに、苦手なお野菜は、私がいただきます」
リアもベーコンをそっと男の皿へ乗せると、
食べかけの野菜を自分の器へ移そうとしている。
どちらも、さりげない仕草を装っているが、
視線は男の気持ちを向けてもらおうと、妖しく揺れていた。
男は二人の顔を見てから、低く何かを告げる。
それでも、さらに手を伸ばそうとする二人。
リーダーは、無言で手を押さえた。
「ちょっと――」
「でも――」
不満そうな声が重なり、二人は大人しくなるが、
少したつとまた、張り合うように言い合いが続く。
何度止めても、何かをしようとする二人に、男はパンを裂き、
まずミアへ、次いでリアへと分けて置くと、残りを自分の皿へ。
二人は顔を見合わせ、何か言いたげに黙る。
その表情を見た男は、低く、しかし有無を言わせぬ声。
「……自分のを食べろ」
「……もう。そういうとこ、ずるいんだよ、リーダー」
ミアは一瞬きょとんとしたあと、頬を赤くしてぎこちなく笑う。
「はい。いただきます」
リアも耳の先をかすかに赤くしながら、静かに微笑んだ。
三人はしばらく黙ってパンをかじり、スープを啜り、
食堂のざわめきの中で、静かな時間がゆっくり流れていった。
小汚い宿屋の、質素な朝食。
だが、その卓を囲む思いは言葉にならないのか。
男は何も言わずに食べ終えると、スプーンを静かに戻した。
その仕草ひとつで、既に食べ終えていたミアとリアは席を立つ。
椅子が重い音を立てて引かれ、
巨体が立ち上がると、ローブコートの裾が揺れた。
「今日もギルドだよね、リーダー」
ミアが弾む声で立ち上がり、すかさず横へ回り込み、
当然のように浅黒い腕が、男の右腕へ絡まっていく。
「早く行きましょう」
リアも静かに席を立つと、男の左腕を掴んだ。
三人が並んで食堂から出てると、ミアが遠慮なく身体を寄せる。
「ちょ、ちょっと、ミア。朝から近すぎます!」
それを見たリアが眉をひそめ、声を荒げる。
「何よ、いいじゃん。でも、リアだって近いよね?」
ミアはからかうように笑い、さらに身体を預けていく。
脇から腰へと続くラインを、男の一段と腕に押し付け、
歩くたびに、肩まで続く金髪で彼に触れた。
それを見ていたリアは、呆れたように小さくため息をつき、
視線を床へ落としたまま目を細める。
「……人目があります。せめて街では控えてください!」
「じゃ、街を出たら、もっとくっついていい?」
ミアが嬉しそうに笑い、いったん離れた身体が、またすぐに近づく。
「そういう意味ではありません。はしたないということよ、ミア!」
リアはきっぱりと言い捨てるが、腕を掴んだ手は落ち着かない。
三人が外に出ると風は冷たく、通りにはすでにそれなりの人。
行商人の押す荷車、鎧姿の冒険者、仕事へ急ぐ労働者たち。
石畳には靴音に混じって馬蹄や車輪の音が響く。
その中を、ひときわ目立つ三人が歩いていた。
真ん中には、黒衣を纏った、太りすぎて禿げ上がった中年男。
背は低いわけではないが、太さのせいで脚は短く見え、
歩幅は重く安定し、丸太のような腕と厚い首。
脂の浮いた髪は乱れ、無精ひげが顎に影を落としていた。
その両脇には長身の美女が二人。
金髪の女は浅黒い肌に光を反射させながら、堂々とした足取りで、
革鎧が身体にぴたりと沿い、腕を振るたび胸元が揺れる。
腰に下げた双剣の柄が、歩調に合わせてコツコツと音を立てた。
銀髪の女は、腰まで届く髪を高く束ねた長身のエルフ。
深緑の防具が風を含み、身体のラインを浮かび上がらせ、
背負った長弓と矢筒は、ほとんど音を立てずに揺れていた。
だが、通りすがる者は、嬉しそうな態度までは見ない。
「……あれ、奴隷商じゃねえか? それとも商人か?」
太った黒衣の男の雰囲気と手にした錫杖が、
周囲に違和感と恐れを振りまいていく。
「二人とも、とんでもねえ美人だぞ……やっぱり金か?
あの豚みたいな神官くずれ、奴隷商でもして稼いでんだな」
「しかもあれ、“黒衣の悪徳神官”って、やつじゃねえか?」
ひそひそ声が背後から追いかけてきた。
ミアの眉がぴくりと動き、琥珀色の瞳が声の主へ向きかける。
だがその瞬間、リーダーがほんのわずかに彼女の方へ顔を向け、
何も言わず、表情も変えない。ただ、見ただけ。
「……ちぇっ」
舌打ちを飲み込むようにミアは前を向き直り、
その代わりに男の腕へと、いっそう強く身体を押し付けた。
「やめなさい、ミア!」
リアが窘める声は穏やかだが、指先は男の腕に食い込み、
エメラルドの瞳には同じ苛立ちが渦巻いていた。
「……分かってるよ。でもさ、いつまでも言わせておくの?」
「……本当のことを説明したら、女が増えます」
リアが引き攣った笑みを浮かべ、静かに答える。
「それは、絶対にダメじゃん」
ミアは満足そうに頷き、うっとりとした表情で男を見上げ、
そこへ、リアまでもが、負けじと強く腕を組んでくる。
二人に組まれたせいか、リーダーの歩幅が急に大きくなり、
驚いた二人は思わず顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべた。
食事




