↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスオーバー  作者: 連鎖
黄昏
73/141

破壊⑤

 夕暮れの田舎道を、美琴と並んで歩いている。


 彼女の方が少し背が高い。そのことがふと気になるけれど、

 隣に彼女の横顔があるだけで、不思議と心が静かになっていく。


「美琴? 本当に、俺でよかったの?」

「……そう言ったでしょ? 今日は、拓海のための時間」


 何度見ても信じられない。こんなに綺麗で若い女の人が、

 お金も地位もない、自分のような平凡な男の隣を歩くなんて。


 本当に、俺のことを――見てくれているのか?


 それとも。


 彼女は誰かの命令で、ここにいるのだろうか。


 誰かに身体を預けて、何かと引き換えに、何かを受け取っている――


 それが現実であっても構わない、それでも俺を選んでくれたらと、

 素直に、その全てを受け入れられるのか。


 理想ばかりを押しつけて、

 彼女の“全て”を見ないふりをしているだけじゃないのか。


 そんな事を考えている内に、

 気づけば、縁日の灯を抜け、小さな社の前に立っていた。


「ここ、知ってる?」「……うん、ある程度は」

「ふふっ。見たことあるって顔をしてたもん」


 軽くからかわれて、顔が熱くなる。


 小さな頃、両親に手を引かれて来た記憶がうっすらあるだけ。


 友達もいなかった俺が祭りに来るわけもなく、


 今でもさみしい子供と同じような俺が、

 賽銭箱に小銭を投げ入れ、意味もわからないまま手を合わせた。


 今は、隣に美琴がいる。


 そっと横を見れば、目を閉じて祈っている彼女の横顔が、

 あまりにも美しく綺麗で、ただ見つめていた。


「何、お願いしたの?」 「健康かな……美琴は?」 「拓海との結婚」


 冗談のように笑ったその顔が、

 あまりに綺麗で、嘘だと言われても信じたくなかった。


「本当に?」 「……あはは。嘘だよ。こんな女、イヤでしょ?」


 なんて答えればいいのか、うまく言葉が出ない自分が……


「冗談?」 「うふふ……」 「はあ……驚かせんなよ、美琴」


「お参り終わったし、どうする? どこに行く? どこがいい?たっくん」


 ついさっきのはにかんだ笑顔が嘘だったように、

 またいつもの軽やかな声で、彼女の優しい顔が戻ってくる。


「まだ決めてないけど……」 「じゃあ、出店で遊ぼ? 拓海」


 射的をやると言い出したのは美琴だった。


「アハハ、下手くそー。ミコちゃん貸して」

「たっくん最後だよ……その上。ちょっと右、そこ、そう、上っ……」


 背中越しに、美琴が身体を預けてくる。

 彼女の体温が、言葉よりもずっと心に響いてきた。


 一生、この時間が続けばいいのに――

 そんな、甘えた祈りを必死に心の奥でつぶやいていた。


 パン。


 しかし、商品に玉が当たったのに、景品はびくともしない。


「ご主人、残念だったねぇ。

 こんな美人の奥さんが、沢山応援してくれてたのにナ」


「もぉお……たっくんのヘタクソ」 「ごめん、ミコちゃん」


 ――とても楽しかった。

 今まで生きてきた中で、一番、幸せを感じた時間だった。


 でも、それはすぐに壊れた。


「美琴ちゃん。祭りはこいつと来てたの?」


 聞き覚えのある声。振り返ると、集荷場で見た若い男が立っていた。


「……」


 美琴は視線を逸らす。

 その顔には、わずかな怯えと、なにかを諦めたような影が見えていた。


「先輩。この女、お金さえ出せば誰にでも抱かれるんスよ。  

 でも……誰から聞いたんですか?いやぁ、マジで上手くやってますよね。

 今度使うときは、ちゃんと予約を入れて、順番を守ってくださいよ?」


 静かな夏の夜が、ゆがんでいく。


 そんな酷いことを美琴が言われているのに、俺は動けなかった。

 もちろん、手や声さえも出ない。


 ただ、情けない顔を彼女に向けることしかできなかった。


「なあ美琴。明日空いてる? また抱かせてくれよ。  

 ……お前の身体、忘れられない奴がいっぱいいてさ。  

 今度も、ちゃんと複数の客を用意してやるから。また稼ごうぜ、な?」


 美琴が、美しく笑う。


 だがそれは、あまりにも強すぎて、痛々しくなるような笑顔だった。


「アンタさぁ……フラれたからって、言いがかり?  

 今日は、彼と遊ぶって言ったよね。

 しかもたった数回、ヤらせてやっただけで彼氏気取りしないでよ。

 本当に気持ち悪い、いやぁ本当にキモい男よね。」


 声を張って、怒鳴り返す美琴。

 その言葉は、相手の神経を逆なでするように計算されていた。


「気持ち悪い?振られた?お前なぁあ」

「さっさと包茎治してから出直して来いっての。短小の粗チンくん」


 見られている。この小さな街の誰かに、きっと。

 それでも彼女は、俺をかばって大声で叫んでくれた。


「美琴……」 「ちょっと、たっくん……」 「逃げるな、美琴おおぉ」


 俺は何もできない。何も持っていないけど――


 せめてこの手だけは、絶対に離さないと、

 彼女の手を強く握り、夏の夜のざわめきから逃げ出していた。



 破壊⑤

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。