破壊⑤
夕暮れの田舎道を、美琴と並んで歩いている。
彼女の方が少し背が高い。そのことがふと気になるけれど、
隣に彼女の横顔があるだけで、不思議と心が静かになっていく。
「美琴? 本当に、俺でよかったの?」
「……そう言ったでしょ? 今日は、拓海のための時間」
何度見ても信じられない。こんなに綺麗で若い女の人が、
お金も地位もない、自分のような平凡な男の隣を歩くなんて。
本当に、俺のことを――見てくれているのか?
それとも。
彼女は誰かの命令で、ここにいるのだろうか。
誰かに身体を預けて、何かと引き換えに、何かを受け取っている――
それが現実であっても構わない、それでも俺を選んでくれたらと、
素直に、その全てを受け入れられるのか。
理想ばかりを押しつけて、
彼女の“全て”を見ないふりをしているだけじゃないのか。
そんな事を考えている内に、
気づけば、縁日の灯を抜け、小さな社の前に立っていた。
「ここ、知ってる?」「……うん、ある程度は」
「ふふっ。見たことあるって顔をしてたもん」
軽くからかわれて、顔が熱くなる。
小さな頃、両親に手を引かれて来た記憶がうっすらあるだけ。
友達もいなかった俺が祭りに来るわけもなく、
今でもさみしい子供と同じような俺が、
賽銭箱に小銭を投げ入れ、意味もわからないまま手を合わせた。
今は、隣に美琴がいる。
そっと横を見れば、目を閉じて祈っている彼女の横顔が、
あまりにも美しく綺麗で、ただ見つめていた。
「何、お願いしたの?」 「健康かな……美琴は?」 「拓海との結婚」
冗談のように笑ったその顔が、
あまりに綺麗で、嘘だと言われても信じたくなかった。
「本当に?」 「……あはは。嘘だよ。こんな女、イヤでしょ?」
なんて答えればいいのか、うまく言葉が出ない自分が……
「冗談?」 「うふふ……」 「はあ……驚かせんなよ、美琴」
「お参り終わったし、どうする? どこに行く? どこがいい?たっくん」
ついさっきのはにかんだ笑顔が嘘だったように、
またいつもの軽やかな声で、彼女の優しい顔が戻ってくる。
「まだ決めてないけど……」 「じゃあ、出店で遊ぼ? 拓海」
射的をやると言い出したのは美琴だった。
「アハハ、下手くそー。ミコちゃん貸して」
「たっくん最後だよ……その上。ちょっと右、そこ、そう、上っ……」
背中越しに、美琴が身体を預けてくる。
彼女の体温が、言葉よりもずっと心に響いてきた。
一生、この時間が続けばいいのに――
そんな、甘えた祈りを必死に心の奥でつぶやいていた。
パン。
しかし、商品に玉が当たったのに、景品はびくともしない。
「ご主人、残念だったねぇ。
こんな美人の奥さんが、沢山応援してくれてたのにナ」
「もぉお……たっくんのヘタクソ」 「ごめん、ミコちゃん」
――とても楽しかった。
今まで生きてきた中で、一番、幸せを感じた時間だった。
でも、それはすぐに壊れた。
「美琴ちゃん。祭りはこいつと来てたの?」
聞き覚えのある声。振り返ると、集荷場で見た若い男が立っていた。
「……」
美琴は視線を逸らす。
その顔には、わずかな怯えと、なにかを諦めたような影が見えていた。
「先輩。この女、お金さえ出せば誰にでも抱かれるんスよ。
でも……誰から聞いたんですか?いやぁ、マジで上手くやってますよね。
今度使うときは、ちゃんと予約を入れて、順番を守ってくださいよ?」
静かな夏の夜が、ゆがんでいく。
そんな酷いことを美琴が言われているのに、俺は動けなかった。
もちろん、手や声さえも出ない。
ただ、情けない顔を彼女に向けることしかできなかった。
「なあ美琴。明日空いてる? また抱かせてくれよ。
……お前の身体、忘れられない奴がいっぱいいてさ。
今度も、ちゃんと複数の客を用意してやるから。また稼ごうぜ、な?」
美琴が、美しく笑う。
だがそれは、あまりにも強すぎて、痛々しくなるような笑顔だった。
「アンタさぁ……フラれたからって、言いがかり?
今日は、彼と遊ぶって言ったよね。
しかもたった数回、ヤらせてやっただけで彼氏気取りしないでよ。
本当に気持ち悪い、いやぁ本当にキモい男よね。」
声を張って、怒鳴り返す美琴。
その言葉は、相手の神経を逆なでするように計算されていた。
「気持ち悪い?振られた?お前なぁあ」
「さっさと包茎治してから出直して来いっての。短小の粗チンくん」
見られている。この小さな街の誰かに、きっと。
それでも彼女は、俺をかばって大声で叫んでくれた。
「美琴……」 「ちょっと、たっくん……」 「逃げるな、美琴おおぉ」
俺は何もできない。何も持っていないけど――
せめてこの手だけは、絶対に離さないと、
彼女の手を強く握り、夏の夜のざわめきから逃げ出していた。
破壊⑤




